マグネシウムの多い食品が心筋梗塞のリスクを低下

 魚や大豆などの食品に含まれるマグネシウムを多く摂取している人は、心筋梗塞などを発症するリスクが3~4割低いという調査結果を、国立がん研究センターなどがまとめました。マグネシウムを多く含む魚や果物、野菜、豆類、海藻などをよく食べることが望ましいといいます。


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マグネシウム摂取量が増えるほどリスクが低下

 「JPHC研究」は日本人を対象に、さまざまな生活習慣と、がん・2型糖尿病・脳卒中・心筋梗塞などとの関係を明らかにする目的で実施されている多目的コホート研究です。「食事からのマグネシウム摂取量と虚血性心疾患発症との関連」研究は、国立がん研究センターと国立循環器病研究センターが共同で実施したものです。

 今回の研究では、岩手、秋田、長野、沖縄、茨城、新潟、高知、長崎に在住していた、1995年と98年に45~74歳だった男女8万5,293人を対象に、約15年追跡して調査し、食事からのマグネシウム摂取量と虚血性心疾患との関連を調べました。

 カリウム、カルシウム、マグネシウムなどのミネラルは必須栄養素で、これらを多く摂取すると脳卒中や虚血性心疾患の予防に有効であることが報告されていますが、日本人を対象とした研究は少ない。研究チームは、食事からのマグネシウム摂取量を、アンケート調査の結果から5等分(Q1~5)に分け、循環器疾患(脳卒中および虚血性心疾患)発症率を比較しました。調査期間中に4,110人が脳卒中を、1,283人が虚血性心疾患を発症しました。解析した結果、虚血性心疾患の発症リスクは、男女とも、食事からのマグネシウム摂取量が増えるほどリスクが低下する傾向がみられました。


男性で虚血性心疾患の発症リスクが34%低下

 ただし、マグネシウムを多く摂取している人は、ナトリウム、カルシウム、カリウムなどのミネラルも多く摂取している傾向があり、マグネシウムのみが影響しているかは判別できないので、研究チームは、ナトリウム、カルシウム、カリウムの摂取量を調整した分析を実施しました。

 その結果、男性では、食事からのマグネシウム摂取量がもっと少ないグループに比べ、もっとも多いグループで、虚血性心疾患の発症リスクが34%低いという結果になりました。女性では、摂取量が一番少ない群に比べ、摂取量が中間の群で有意差がみられ、虚血性心疾患の発症リスクが39%低いという結果になりました。

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マグネシウムは血糖値と脂質値に影響

 過去の研究では、食事でマグネシウムが足りないと虚血性心疾患の発症リスクが高まることが報告されています。マグネシウムの欠乏は、血圧上昇、血糖代謝低下、動脈硬化促進、脂質代謝異常など、虚血性心疾患の要因と関連しています。

 動物実験では、高マグネシウム食を与えると血糖値と脂質値が下がるという結果になりました。これらはマグネシウムを摂取することが、循環器疾患の予防に効果的であることを示しています。研究チームは、「マグネシウムは魚、果物、野菜、大豆に多く含まれ、これらの食品を多く摂取することで、循環器疾患の予防が期待できる」とまとめています。多目的コホート研究の先行研究でも、魚、野菜・果物、大豆製品の摂取により、循環器疾患の発症リスクの低下が報告されています。

(保健指導リソースガイドより)

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胃がんの多い日本人 原因はピロリ菌が作るタンパク質

 日本人には胃がんが多いが、その背景にはピロリ菌が作るタンパク質の結合様式の違いがある――そんな研究結果を9月20日、東京大学の研究グループが発表しました。これまでも胃がんの発症にはピロリ菌への感染が関わっていると考えられており、日本を含む東アジア諸国と欧米のピロリ菌には発がん性の強さに違いがあったが、その原因は分かっていませんでした。今回の研究で、東アジアと欧米のピロリ菌には生産するタンパク質の構造に違いがあり、それが発がん性の高さの違いにつながっていることが判明したといいます。

 ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)は、ヒトの胃粘膜にすみつく病原細菌で、感染すると胃潰瘍(いかいよう)や萎縮性胃炎を引き起こすほか、胃がんの発症原因にもなるといわれています。研究グループによると、発がんの過程にはピロリ菌が作り出す「CagA」(キャグエー)というタンパク質が関わっており、これがヒトの胃細胞に侵入して「SHP2」という酵素と結び付くことで、SHP2が異常に活性化し、細胞のがん化が促進されるとしています。


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 中でも日本を含む東アジアにまん延するピロリ菌が生み出すCagAは、欧米型CagAに比べてがん発症への影響が強いとされていたが、両者の違いがどのようにして生まれるかは分かっていなかったといいます。


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 今回研究グループは、2種のCagAを原子レベルで分析し、アミノ酸残基の違いによる立体構造の違いが発がん活性に影響していることを解明。欧米型の持つアスパラギン酸残基よりも東アジア型の持つフェニルアラニン残基の方が、よりCagAとSHP2の結合を安定化させるといいます。また、この安定した結合が胃細胞のがん化を強力に誘導するとしています。


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 今回の研究は、胃がん発症のメカニズムの科学的な解明に役立つほか、胃がんの予防や早期治療の開発などにもつながる可能性があるといいます。研究成果は、米国の科学誌「Cell Reports」(オンライン版)に9月19日付(アメリカ東部時間)で掲載されました。


http://release.nikkei.co.jp/attach_file/0457530_01.pdf


(ITmedia News、日経速報より)

アルカリ石けんが「悪玉菌」の勢力をのばす!?

 人間が一生を共にするパートナー。それが「細菌」です。私たちは、オギャーと産声を上げる前に母親の産道などで細菌と出合います。この瞬間に、消化管や口の中、皮膚などに細菌を棲まわせます。

 細菌が最も多くいるのが腸で、その数は100兆~1000兆個。人体を構成する細胞が約60兆個ということは、腸の中だけで細胞の数よりはるかに多い細菌がいるわけです。腸内細菌は、悪玉菌の感染を予防したり、免疫活性を上げたり、人間が消化できない栄養分を消化したり、さまざまな役目を果たしています。人間と細菌は、まさに「共栄共存」の関係です。


行き過ぎた除菌・抗菌は健康に悪影響を

 これほど慣れ親しんでいる細菌ですが、日本人には「たくさんの菌がいるのは汚い」という先入観が植え付けられています。テレビからは「除菌」「抗菌」グッズのコマーシャルが繰り返し流れてきます。生まれたときから私たちは、多種多様な菌と共に暮らしてきたはずなのに……。

 「行き過ぎた除菌・抗菌は健康に悪影響を与える」と警鐘を鳴らす細菌学者や医師は多く、「清潔すぎる環境に育った子どもは免疫の発達が弱く、アレルギー性疾患になりやすい」などの研究報告があります。身近な細菌について、ら私たちが誤解していることが多いようです。



洗いすぎると汚くなる

 科学技術の進歩で、人間の体に棲む細菌の研究が急激に進んでいます。1950年代に腸内細菌の培養研究が進み、どのような構成をしているかが明らかになってきました。しかし、腸内細菌のほとんどが酸素を嫌うため、培養できる細菌はほんの数割に過ぎませんでした。

 ところが1990年代に入って「遺伝子解析」の技術が進展し、2000年代には「メタゲノム解析」で一括して遺伝子情報を調べられるようになりました。そのおかげで、培養困難な腸内細菌が発見されるようになったのです。こうしてアメリカやヨーロッパなど各国で腸内細菌の研究が進められ、続々と論文が発表されています。

 こうした研究の結果、人間の腸や口の中、皮膚、鼻など、体の穴という穴すべてに棲む細菌たちは、互いに勢力争いをしたり、一致団結したりしながら、複雑なネットワークを作っていることがわかってきました。

 たとえば皮膚。「ばい菌をやっつけよう!」と殺菌消毒成分を含む石けんで体を洗っている人は少なくありません。ところが、実はこれが皮膚の細菌に悪影響を与え、「バリア機能」を低下させているといいます。

 皮膚の表面には「皮膚常在菌」がいます。その数は、手の表面の皮膚で1平方センチ当たり約1000個といわれています。皮膚常在菌には、善玉菌である「表皮ブドウ球菌」と悪玉菌の「黄色ブドウ球菌」などがあります。

 表皮ブドウ球菌は、皮脂や汗をエサにして、皮膚の表面を弱酸性に保ちます。こうして、アルカリ性を好む黄色ブドウ球菌やカビなどの繁殖を防いでいるのです。

 ところが、殺菌消毒成分を含む石けんで体を洗うと、皮膚常在菌が洗い流されます。石けんはアルカリ性であるため、皮膚の表面もアルカリ性に傾きます。そして悪玉菌が勢力を伸ばすというわけです。


細菌も人間社会と同様に「バランス」が大事

 日常よく耳にする「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」という言葉を最初に使ったのは、腸内細菌学のパイオニアである東京大学名誉教授の光岡知足氏です。光岡氏は、腸内細菌の生態系である「腸内フローラ」は人間社会の縮図のようだと語ります。

 人間社会はさまざまなタイプの人がいることでバランスが保たれています。悪がはびこれば社会は腐敗しますが、すべての悪を排除しようとする「排他主義」では全体の調和が崩れます。

 腸内フローラも、「善玉菌が2割」あれば、大多数の日和見菌も安定し、悪玉菌からの影響を受けにくい。人間社会と同様、「悪玉さえ追っ払ってしまえばいい」という単純な勧善懲悪では、腸内フローラの調和が崩れます。善玉菌を一定の割合に保つことが重要です。

(Health Pressより)

感謝を捧げる者、我を讃えん(BWV17)

 三位一体主日後第14主日の今日聴く日曜カンタータは、1726.9.22ライプツィヒで初演された「ルードルシュタット歌詞集」に基づくカンタータです。その特徴は第1部と第2部の冒頭で旧約・新約の聖句をそれぞれ引用して対比しています。


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 当日の福音書聖句は、イエスによる癩病人の癒やしについて語っています。癒やされた10人のうち、戻ってきて感謝をしたのは、世間から疎んじられているサマリア人だけでした。このカンタータは感謝の問題を掘り下げています。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、サンドリーヌ・ピオー(S)、ボグナ・バルトシュ (A)、クリストフ・プレガルディエン(T)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。





感謝を捧げる者、我を讃えん(BWV17)

1.合唱

Wer Dank opfert, der preiset mich,

感謝のいけにえを捧げる者、その者は私をほめたたえる、

und das ist der Weg, daß ich ihm zeige das Heil Gottes.≪

そしてそれが道である、私がその者に神の救いを示すそのことである。

2.レチタティーヴォ(アルト)

Es muß die ganze Welt ein stummer Zeuge werden

全世界が物言わぬ証しとなるにちがいない

von Gottes hoher Majestaet,

いと高き神の御稜威(みいつ)についての証しと、

Luft, Wasser, Firmament und Erden,

空、水、蒼穹(おおぞら)そして大地、

wenn ihre Ordnung als in Schnuren geht;

それらの秩序が計り縄で計ったように正しく保たれているならば;

ihn preiset die Natur mit ungezählten Gaben,

自然は、神がその懐に備えられたところの

die er ihr in den Schoß gelegt,

数えきれない賜物をもって、神を誉め讃え、

und was den Odem hegt,

そして全て生きとし生けるものは、

will noch mehr Anteil an ihm haben,

なおのこと神に心を寄せようとする、

wenn es zu seinem Ruhm so Zung als Fittich regt.

彼らが神の栄光を讃えようとして翼のように舌を動かすたびに。

3.アリア(ソプラノ)

Herr, deine Güte reicht, so weit der Himmel ist,

主よ、あなたの慈しみはあまねく天に及び、

und deine Wahrheit langt, so weit die Wolken gehen.

あなたの真実(まこと)は雲の行く手に広がります。

Wüßt ich gleich sonsten nicht, wie herrlich groß du bist,

いかにあなたが大いなる方であるのかを、

たとえ私が知らなかったとしても、

so könnt ich es gar leicht aus deinen Werken sehen.

私はそれをあなたの御業からいともたやすく知ることができたでしょう。

Wie sollt man dich mit Dank davor nicht stetig preisen?

いかに人はそのことに感謝をもって常にあなたを誉め讃えずに

いられないことでしょうか?

da du uns willt den Weg des Heils hingegen weisen.

あなたはまた私たちに救いの道を示してくださるのですから。

4.レチタティーヴォ(テノール)

Einer aber unter ihnen, da er sahe, daß er gesund worden war,

しかしそのうちのひとりは、自分がいやされたことを知り、

kehrete um und preisete Gott mit lauter Stimme und fiel auf sein

Angesicht zu seinen Füßen und dankete ihm,

大声で神をほめたたえながら帰ってきて、

イエスの足もとにひれ伏して感謝した。

und das war ein Samariter.≪

これはサマリヤ人であった。

5.アリア(テノール)

Welch Übermaß der Güte

何と身に過ぎた慈悲を

schenkst du mir!

与えてくださることでしょう!

Doch was gibt mein Gemüte dir dafür?

しかしいったい私の心根はあなたに何をお返しするのでしょうか?

Herr, ich weiß sonst nichts zu bringen,

主よ、私は捧げるべきものを何も知りません、

als dir Dank und Lob zu singen.

ただあなたに対して感謝と讃美を歌う以外には。

6.レチタティーヴォ(バス)

Sieh meinen Willen an, ich kenne, was ich bin:

私の思いをご照覧あれ、私は自分が何ものかを知っています。

Leib, Leben und Verstand, Gesundheit, Kraft und Sinn,

肉体、生命そして思慮分別、健康、活力そして五感、

der du mich läßt mit frohem Mund genießen,

それらはあなたが与えてくださったもの、

私の口が喜びの声を上げるもので、

sind Ströme deiner Gnad, die du auf mich läßt fließen.

あなたの恵みあふれる流れ、私の上に降り注がせてくださる流れです。

Lieb, Fried, Gerechtigkeit und Freud in deinem Geist

聖霊における、愛、平和、正義そして喜びは

sind Schätz, dadurch du mir schon hier ein Vorbild weist,

それによってすでに天にあるものの写しをわたしたちに

示してくださっているところの宝物です、

was Gutes du gedenkst mir dorten zuzuteilen

すなわち、あなたが天においていかに良いものを私に分かち与えようとし

und mich an Leib und Seel vollkommentlich zu heilen.

そして私の身と魂に全き救いを与えようとしておられるのかを

示しておられるのです。

7.コラール

Wie sich ein Vatr erbarmet

まるで父親が

übr seine junge Kindlein klein:

彼の幼子たちを慈しむように、

So tut der Herr uns Armen,

そのように主は私たちを憐れんでくださる、

so wir ihn kindlich fürchten rein.

私たちが子どものように無邪気に主を畏れるならば。

Er kennt das arme Gemächte,

主はこの哀れな被造物を知り給う、

Gott weiß, wir sind nur Staub.

神は、私たちがただの塵に過ぎないことを知っておられる。

Gleich wie das Gras vom Rechen,

あたかも熊手のもとにある草、

ein Blum und fallendes Laub,

一輪の花、そして落ち行く木の葉が、

der Wind nur drüber wehet,

風がその上をただ一吹きすると、

so ist es nimmer da:

それだけでもはや消え去ってしまう、ちょうどそのように:

also der Mensch vergehet,

そのように人は過ぎ去り、

sein End, das ist ihm nah.

その終わり、それは彼の間近に来ていることを。

                      対訳:葛の葉より

ルカによる福音書 17,11-19

イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。ある村に入ると、らい病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と言った。イエスはらい病を患っている人たちを見て、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と言われた。彼らは、そこへ行く途中で清くされた。その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。そこで、イエスは言われた。「清くされたのは十人ではなかったか。他の九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか。」それから、イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」

音声アシスタントが人類にもたらす「悪夢のような未来」

 アマゾンとマイクロソフトは両社の音声アシスタント、「アレクサ(Alexa)」と「コルタナ(Cortana)」が年内に相互連携して使えるようにすると発表しました。この提携は両社にウィンウィンの結果をもたらす話であるとされています。アレクサはWindows 10搭載のデスクトップPCやラップトップへのアクセスを得ることになります。コルタナ側はアマゾンの音声スピーカーへのアクセスを得られます。


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 今回の提携に際しアマゾンのジェフ・ベゾスは同社のアレクサが将来的には、アップルのSiriや、グーグルのグーグルアシスタントと会話する未来も考えていると述べました。しかし、具体的な交渉はまだ進んでいないといいます。

 アップルは同社の音声アシスタントスピーカー、「Homepod」を今年後半にリリースの予定ですが、Siriを他社製品と連携させる考えはないといいます。全てのデータを自社に取り込みたいと願うグーグルには、また別の考えがあるようです。

 アマゾンとマイクロソフトが提携を発表した同じ日に、グーグルは同社の音声アシスタントがソニーやパナソニック、オンキヨー等のブルートゥーススピーカーでも利用可能になるとアナウンスしました。ソニーはただちに、アップルのHomepodのほぼ半額のAIスピーカーの発売を宣言しました。ソニーのデバイスはグーグルアシスタントを通じ、LGやGEらが発売する家電製品との連携が可能になります。

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 音声アシスタント分野への注目が高まるなかで、ニュースメディア「Wired」はこのテクノロジーがもたらす、悪夢のような未来に言及しました。職場から疲れきって帰宅すると、アレクサのスピーカーがアマゾンプライムで始まった新しいTV番組について話はじめ、冷蔵庫のミルクが残り少ないから、ホールフーズで買うように呼びかけます。

 その横から、グーグルの音声アシスタントが、本日の注目ニュース20本の読み上げを開始し、洗濯物が出来上がっていることや、ユーチューブの人気動画を知らせようとします。それらの情報を全て聞いた後、ラップトップを開くとコルタナが同じ情報をまた一から全部、あなたに教えようとするのです。

 これが現実になるとしたら悪夢と呼ぶしかありません。しかし、テック業界の大手はユーザーの時間を奪うことに必死だし、それは既にスマホへのテキストメッセージでの通知で行われています。音声アシスタントが同じことをやろうとするのは、自然な流れなのです。

 テクノロジー業界は一致団結して、ユーザーに音声で呼びかける試みを開始しました。これは考えようによっては、旧約聖書に描かれた「バベルの塔」の逸話を想起させます。ノアの大洪水ののち、同じ言葉を話すノアの子孫らは力を合わせ、天に届くほどの高い塔を作ろうとしました。しかし、人々の傲慢さに怒った神は、言語を混乱させ、人々を各地に散らして塔の完成を妨げました。バベルとはヘブライ語で「混乱」を意味する言葉です。バベルの塔という言葉は、人間の傲慢さに対する戒めや、実現不可能な計画を意味するものとして用いられています。

(Forbesより)