汝ら、自らをキリストの徒と名乗る者たちよ(BWV164)

 今日聴く日曜カンタータは1725.8.26ライプツィヒで初演されました。ワイマール時代の詩人ザーロモ・フランクの台本を用いているため、ワイマール時代の作とされたこともありますが、音楽の様式からして、ライプツィヒでの新作であることは確実とされています。




 当日の福音書章句で、イエスはファリサイ派の律法学者の質問に答えて、永遠の命を得るためには主を愛し、隣人を愛せと述べます。そして隣人愛を実践したのがなんと仇敵のサマリア人であったという大胆な例を持ち出し、律法学者の差別意識にくさびを打ち込みます。フランクの台本はこの記事を密接に踏まえ、キリスト者に警告し、隣人愛をさまざまに勧めたあと、恵みへの確信を表明します。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、ヨハネッテ・ゾマー(S)、ボグナ・バルトシュ(A)、クリストフ・プレガルディエン(T)クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。





汝ら、自らをキリストの徒と名乗る者たちよ(BWV164)

1.アリア(テノール)

Ihr,die ihr euch von Christo nennet,

キリストに属する者と名乗る者たちよ、

Wo bleibet die Barmherzigkeit,

キリストに属する者の目印である            

Daran man Christi Glieder kennet? 

憐れみはどこに残っているのか。

Sie ist von euch,ach,allzu weit.

お前たちから、それは、あまりに遠く離れている。

Die Herzen sollten liebreich sein,

心は愛に満ちていなければならないのに、

So sind sie harter als ein Stein.

石よりも硬くなっている。

2.レチタティーヴォ(バス)

Wir hoeren zwar,was selbst die Liebe spricht:

私たちは愛なる方の言葉を聞いている。

 Die mit Barmherzigkeit den Naechsten hier umgangen, 

憐れみをもって 隣り人に接する人は、

die sollen vor Gericht Barmherzigkeit erlangen.

審判の日に 憐れみを得る、と。

Jedoch,wir achten solches nicht! 

それなのに、私たちはそれ心に止めないのだ。

Wir hoeren noch des Naechsten Seufzer an!

私たちには今も隣人の嘆きが聞こえる。

Er klopft an unser Herz;doch wird's nicht aufgetan!

彼は私たちの心の扉を叩く、しかし戸は開かれない。

Wir sehen zwar sein Haenderingen,

私たちは彼が絶望に手をよじるのを見ている、

sein Auge,das von Traenen fleusst;

涙にあふれる彼の目を見ている、

doch lasst das Herz sich nicht zur Liebe zwingen.

しかし心は愛へと強制されない。

Der Priester und Levit,

そばを通り過ぎる 祭司とレビ人こそ、

der hier zur Seite tritt,

愛を失った キリスト者たちの姿だ。

sie tun,als wenn sie nichts von fremdem

彼らは、まるで他人の困窮など

Elend wussten,

何も知らないかのようにふるまっている。

sie giessen weder Oel noch Wein ins Naechsten Wunden ein. 

彼らは、隣人の傷に オリヴ油もブドー酒も注がない。

3.アリア(アルト)

Nur durch Lieb und durch Erbarmen

愛と憐れみによつてのみ

Werden wir Gott selber gleich.

私たちは神ご自身と等しくなる。

Samaritergleiche Herzen

あのサマリア人に等しい心は、

Lassen fremden Schmerz sich schmerzen

他人の痛みを自分の痛みとし、

Und sind an Erbarmung reich.

憐れみに富んでいる。

4.レチタティーヴォ(テノール)

Ach,schmelze doch durch deinen Liebesstrahl

ああ、あなたの愛の光で

des kalten Herzens Stahl,

この冷たい心の鋼鉄を溶かして下さい。

dass ich die wahre Christenliebe,

私が真のキリスト者の愛を、私の救い主よ、

mein Heiland,taeglich uebe,

日々に実践できるようにして下さい。

dass meines Naechsten Wehe,

私の隣人の苦しみを、

er sei auch,wer er ist,

その人がだれであっても、

Freund oder Feind,

友であれ敵であれ、異教徒であれ

Heid oder Christ,

キリスト者であれ、

mir als mein eignes Leid zu Herzen allzeit gehe!

私自身の苦しみとして心に常に感じることができるようにして下さい。

Mein Herz sei liebreich,sanft und

私の心が愛に満ち、柔和でやさしい心になりますように。

そうすれば、私の中で心は

dein Ebenbild.

あなたの似姿に変貌するだろう。

5.アリア(二重唱、ソプラノ、バス)

Haenden,die sich nicht verschliessen,

閉ざされない手に

Wird der Himmel aufgetan.

天は開かれる。

Augen,die mitleidend fliessen,

共に苦しんで涙する目に

Sieht der Heiland gnaedig an.

救い主は恵みのまなざしを向ける。

Herzen,die nach Liebe streben,

愛に励む心に

Will Gott selbst sein Herze geben.

神はご自身の手を差し出される。

6.コラール

Ertoet uns durch dein Guete,

あなたの慈しみによって私を死なせ、

Erweck uns durch dein Gnad;

あなたの恵みによって私を甦らせて下さい。

Den alten Menschen kraenke,

古い人を滅ぼし、

Dass der neu' leben mag

新しい人として、

Wohl hier auf dieser Erden,

この地上で

Den Sinn und all Begehrden

心と願いと思いのすべてを

Und G'danken hab'n zu dir.

あなたに向けて生きることができますように。

                      対訳:川端純四郎


ルカによる福音書10章25~37節

 それから、イエスは弟子たちの方を振り向いて、彼らだけに言われた。「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ。言っておくが、多くの預言者や王たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」

 すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」

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心せよ、汝の敬神いつわりならざるか(BWV179)

 三位一体主日後第11主日に聴くカンタータは、1723.8.8ライプツィヒ第1年巻に初演されました。7月に初演されたBWV105に共通する厳しい音調の作品です。




 偽善を戒め、福音書聖句における徴税人へのへりくだりを範とせよと説く歌詞は、教訓的ですが、BACHはその歌詞を凝った和声、緊密なポリフォニーで強調しています。しかし後半のおける憐れみの情念への集中は、単なる教義を超えた見事な潤いをこの作品に与えています。


 ジョン・エリオット・ガーディナー指揮、イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏会録画でお聴きください。歌手はマグダレーナ・コジェナー(S)、マーク・パッドモア(T)、ステファン・ロージュ(B)です。





心せよ、汝の敬神いつわりならざるか(BWV179)


1.合唱

Siehe zu, dass deine Gottesfurcht nicht Heuchelei sei,

「心せよ、お前が神を畏れることが偽善とならぬように。

und diene Gott nicht mit falschem Herzen!

そして神に仕えよ、偽りの心をもたずに!」

2.レチタティーヴォ(テノール)

Das heutge Christentum

今日のキリスト教界は、

Ist leider schlecht bestellt:

残念ながら悪い状態にある。

Die meisten Christen in der Welt

世のあらかたのキリスト者は

Sind laulichte Laodicäer

なまぬるいラオディキア人であり

Und aufgeblasne Pharisäer,

高慢なファリサイ人なのだ。

Die sich von außen fromm bezeigen

彼らは外目にはいかにも信仰深く見え

Und wie ein Schilf den Kopf zur Erde beugen,

葦のように深々 と頭を下げるが

Im Herzen aber steckt ein stolzer Eigenruhm;

心には、尊大な名誉欲が巣食っている。

Sie gehen zwar in Gottes Haus

彼らはなるほど神の家に行き

Und tun daselbst die äußerlichen Pflichten,

そこでうわべの義務を果たす。

Macht aber dies wohl einen Christen aus?

だがそれだけで、キリスト者と言えるだろうか?

Nein, Heuchler könnens auch verrichten.

いや!偽善者だってそのくらいのことはできる。

3.アリア(テノール)

Falscher Heuchler Ebenbild

不実な偽善者の姿には

Können Sodomsäpfel heißen,

ソドムのりんごく虫こぶ)という言葉がぴったりだ。

Die mit Unflat angefüllt

それは汚臓に満たされながらも

Und von außen herrlich gleißen.

外目には派手な光を放っている。

Heuchler, die von außen schön,

外目に美しい偽善者は

Können nicht vor Gott bestehn.

神の前に立っことはできないのだ。

4.レチタティーヴォ(バス)

Wer so von innen wie von außen ist,

内目も外目も変わらない者こそ

Der heißt ein wahrer Christ.

真のキリスト者と呼ばれる。

So war der Zöllner in dem Tempel,

神殿の徴税人もそうだった。

Der schlug in Demut an die Brust,

彼は謙虚に胸を打ち、

Er legte sich nicht selbst ein heilig Wesen bei;

みずからを聖なる者とはしなかったのだ。

Und diesen stelle dir,

この者をお前の

O Mensch, zum rühmlichen Exempel

おお人よ、ほむべき模範として

In deiner Buße für;

繊悔するがいい。

Bist du kein Räuber, Ehebrecher,

お前が盗賊や姦淫者でなく、

Kein ungerechter Ehrenschwächer,

不正な恥知らずでもないとしても、

Ach bilde dir doch ja nicht ein,

ああ、それでも思いこむな、

Du seist deswegen engelrein!

それゆえ自分は天使のごとく清らかだ、などと!

Bekenne Gott in Demut deine Sünden,

神に対しへりくだって自分の罪を告白せよ、

So kannst du Gnad und Hilfe finden!

そうすればお前は、恵みと助けを見出せるのだ!

5.アリア(ソプラノ)

Liebster Gott, erbarme dich,

いとも親愛なる神よ、憐れんでください。

Lass mir Trost und Gnad erscheinen!

私に慰めと恵みをあらわしてください!

   Meine Sünden kränken mich

   私の罪が私を傷つけます、

   Als ein Eiter in Gebeinen,

   四肢に生ずる膿のように。

   Hilf mir, Jesu, Gottes Lamm,

   助けてください、イエス、神の小羊よ、

   Ich versink im tiefen Schlamm!

   私は深い泥の中に沈んでいるのです!

6.コラール

Ich armer Mensch, ich armer Sünder

私は哀れな人間、哀れな罪人として

Steh hier vor Gottes Angesicht.

ここ、神の眼前に立っています。

Ach Gott, ach Gott, verfahr gelinder

ああ神、ああ神よ、もっとやさしく扱って

Und geh nicht mit mir ins Gericht!

私を裁きの場に引き出さないでください!

Erbarme dich, erbarme dich,

憐れんでください、憐れんでください、

Gott, mein Erbarmer, über mich!

神よ、憐れみ主よ、私のことを!

                     対訳:磯山 雅


ルカによる福音書 18章 9-14

 自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人に対しても、イエスは次のたとえを話された。「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイの人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」

主よ、汝の眼は信仰を顧みたもう(BWV102)

 三位一体主日後第10主日に聴くカンタータは、726年8月25日にライプツィヒで初演された、ルードルシュタットのテキストを用いたる第3年巻のカンタータです。当日の福音書章に基づいて、悔い改めないものに対する強い叱責の内容になっており、不協和音や減7度・増4度などが多用される厳しい調子で一貫しています。


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 BACHの音樂は言葉の意味と形象を掘り下げ、絵画的印象を与えます。「修辞学的作曲法」の典型が見られるカンタータです。後にこのカンタータの3つの楽章は小ミサ曲に転用されました。


 ピーテル・ヤン・ベルダー指揮、ジェズアルド・コンソート・アムステルダム、の演奏で、協会での録画でお聴きください。高画質の録画です。最初と最後に、パイプオルガンの演奏があります。





主よ、汝の眼は信仰を顧みたもう(BWV102)

第 1 部
1. 合唱
„Herr, deine Augen sehen nach dem Glauben!

「主よ、あなたは真実をしっかりと見てくださっています!
Du schlägest sie, aber sie fühlens nicht;

あなたが彼らを打たれても、彼らは何も感じません。
du plagest sie, aber sie bessern sich nicht.

あなたが彼らを苦しめても、彼らは改心しません。
Sie haben ein härter Angesicht denn ein Fels

彼らは岩よりも固い顔をして、
und wollen sich nicht bekehren.“

決して考えを改めようとはしないのです。」
2.レチタティーヴォ (バス)
Wo ist das Ebenbild,

神が刻んでくださった
das Gott uns eingepräget,

似姿はどこにいるのか?
wenn der verkehrte Will

間違ったその意志が
sich ihm zuwider leget?

神に逆らったならば。
Wo ist die Kraft von seinem Wort,

御言葉の力はどこにあるのか?
wenn alle Besserung weicht

すべての向上心が
aus dem Herzen fort?

心から消えてしまったならば。
Der Höchste suchet uns

いと高きお方は優しい心で
durch Sanftmut zwar zu zähmen

私たちを導こうとされる、
ob der verirrte Geist

道に迷った霊が
sich wollte noch bequemen;

導きに従おうとするならば。
doch, fährt er fort in dem verstockten Sinn,

だが、霊がかたくなな心のままで居続けるのなら、
so gibt er ihn ins Herzens Dünkel hin.

神は霊を、心の思い上りのままに捨て置くのだ。
3. アリア (アルト)
Weh der Seele, die den Schaden

悲しき魂よ、
Nicht mehr kennt

お前は、自らの破綻を知らずに、
Und, die Straf auf sich zu laden,

自分に罰を招こうとして
Störrig rennt,

強情に走り回る。
Ja von ihres Gottes Gnaden

そうだ、神の恵みから
Selbst sich trennt.

みずから離れていくのだ。
4. アリオーソ (バス)
„Verachtest du den Reichtum seiner Gnade,

「あなたは、神の恵み、忍耐と寛容の
Geduld und Langmütigkeit?

豊かさを侮るのか?
daß dich Gottes Güte zur Buße locket?

知らないのか、神の慈しみがお前を悔い改めに導くことを?
Du aber nach deinem verstockten und

お前は強情で悔い改めを知らない心で
unbußfertigen Herzen häufest dir selbst den

自分自身の中に神の怒りを、怒りの日に向かって
Zorn auf den Tag des Zorns und der Offenbarung

積み上げているのだ。
des gerechten Gerichts Gottes.“
そしてこの時に、神の正しい裁きが示されるのだ。」

第 2 部
5.アリア (テノール)
Erschrecke doch,

恐れなさい、
Du allzu sichre Seele!

安心しきっている魂よ!
Denk, was dich würdig zähle

考えなさい、何がお前にとってふさわしいかを、
Der Sünden Joch.

そして、罪のくびきを数えるのだ。
Die Gotteslangmut geht auf einem Fuß von Blei,

神の寛容さは鉛の足取りのように進む、
Damit der Zorn hernach dir desto schwerer sei.

だからその後のお怒りはお前にとってますます重くなっていくのだ。
6.レチタティーヴォ (アルト)
Beim Warten ist Gefahr,

待つ間にも危険は迫っている。(待っているゆとりはないのだ)
willst du die Zeit verlieren?

お前は、時間を失おうとするのか。
Der Gott, der ehmals gnädig war,

かつて恵み深かった神は、
kann leichtlich dich

今や、やすやすとお前を
vor seinen Richtstuhl führen,

裁きの座に引き出すことができる。
Wo bleibt sodann die Buß?

そうなった時、どこに悔い改めのゆとりができるのだろうか?
Es ist ein Augenblick,

時間と永遠、
der Zeit und Ewigkeit,

肉体と魂を分かつのは
der Leib und Seele scheidet;

一瞬なのだ。
verblendter Sinn, ach kehre doch zurück,

盲目となった(何もわかっていない)心よ、ああ、立ち返りなさい、
daß dich dieselbe Stund

備えなしで、
nicht finde unbereitet.

かの刻を迎えないように!
7.コラール
Heut lebst du, heut bekehre dich,

今日お前は生きている、今日考えを改めなさい、
Eh morgen kommt, kanns ändern sich;

明日が来ない前に、変わることができるのだから。
Wer heut ist frisch, gesund und rot,

今日若くて、健康で紅顔でいても、
Ist morgen krank, ja wohl gar tot.

明日には病気で死ぬかもしれない、
So du nun stirbest ohne Buß,

だから、今お前が悔い改めなしに死ぬならば、
Dein Leib und Seel dort brennen muß.

お前の体と魂は、かの地で焼かれなければならないのだ。
Hilf, o Herr Jesu, hilf du mir,

助け給え、おお、主イエスよ、私を助けてください。
Daß ich noch heute komm zu dir

私が今日のうちにもあなたのところに行き、
Und Buße tu den Augenblick,

すぐに悔い改めが出来ますように、
Eh mich der schnelle Tod hinrück,

急にくる死が私を押し流すその前に、
Auf daß ich heut und jederzeit

私は今日、そしていつでも、
Zu meiner Heimfahrt sei bereit.

自分の故郷への旅立ちの準備をしているのです。

                  対訳:バッハクライス神戸

ルカによる福音書 第19章 41-48

エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。

やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、

お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」

それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、彼らに言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」

毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長、律法学者、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀ったが、

どうすることもできなかった。民衆が皆、夢中になってイエスの話に聞き入っていたからである。

主よ、とがめたもうな(BWV105)

 三位一体節後第9日曜日のために書かれたこのカンタータは、1723年7月25日にライプツィヒで初演された、初年度のカンタータの中の名作です。

 この日の礼拝で採り上げられるルカ福音書に対応して、神の裁きを恐れる罪深き心のありさまを描き、罪の告白とイエスへの信仰に身を委ねてこそ魂の救済が得られることを訴えます。


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 BACHのカンタータのなかでも、その聖書釈義をもっとも具体的に音像化した名作ですが、BACHがこの曲で用いた「コルノ」という楽器について、当時の無弁ホルンではこの曲は殆んど演奏不可能です。今ではディスカントホルンという通常のホルンより1オクターヴ高い楽器で演奏しています。


 フリップ・ヘレヴェッヘ指揮、コレギウム・ヴォカーレ・ゲント及び合奏団、バルバラ・シュリック(S)、ジェラール・レーヌ (CT)、ハワード・クルック(T)、ペーター・コーイ(B)の演奏でお聴きください。





主よ、とがめたもうな(BWV105)

1.合唱

Herr, gehe nicht ins Gericht mit deinem Knecht.

主よ、しもべを裁きにかけないでください。

Denn vor dir wird kein Lebendiger gerecht.

生けるものは一人としてあなたの前に義とされないからです。

2.レチタティーボ(A)

Mein Gott, verwirf mich nicht,

わが神よ、わたしを拒まないでください。

indem ich mich in Demut vor dir beuge,

へりくだって御前に身をかがめるわたしを、

von deinem Angesicht.

あなたの御顔から。

Ich weis, wie gros dein Zorn und mein Verbrechen ist,

私は知っている、いかにあなたの怒りとわたしの罪が大きいか、

das du zugleich ein schneller Zeuge

またあなたがすみやかな証人であり

und ein gerechter Richter bist.

正しい裁き手でもあることを

Ich lege dir ein frei Bekenntnis dar

わたしはあなたに包み隠さず告白し

und sturze mich nicht in Gefahr,

あえて危険には身を投じない、

die Fehler meiner Seele

自らの魂の汚れを

zu leugnen, zu verhehlen!

否定し、隠そうとする危険には!

3.アリア(S)

Wie zittern und wanken

いかにおののき、よろめくことか

der Sunder Gedanken,

罪人たちの思いは、

indem sie sich untereinander verklagen

彼らは一方で互いを責め

und wiederum sich zu entschuldigen wagen.

他方では弁明し合う。

So wird ein geangstigt Gewissen

そうして怖れおののく良心は

durch eigene Folter zerrissen.

自責の念によって引き裂かれる。

4.レチタティーボ(B)

Wohl aber dem, der seinen Burgen weis,

何と幸いなことか、自らの証人を知るものは、

der alle Schuld ersetzet,

この方はすべての罪をあがない

so wird die Handschrift ausgetan,

(罪科の)証書を破棄される

wenn Jesus sie mit Blute netzet.

イエスの血で塗り消されることによって。

Er heftet sie ans Kreuze selber an,

彼はみずからそれらの証書を十字架につけてくださった

er wird von deinen Gutern, Leib und Leben,

あなたの財産、体、そして命のために、

wenn deine Sterbestunde schlagt,

死があなたを訪れるときに、

dem Vater selbst die Rechnung ubergeben.

天の父にとりなしをしてくださる。

So mag man deinen Leib, den man zum Grabe tragt,

そしてあなたの肉体は、墓へと運ばれ、

mit Sand und Staub beschutten,

砂と塵で覆われても、

dein Heiland offnet dir die ewgen Hutten.

あなたの救い主が 永遠の家を開いてくださる。

5.アリア(T)

Kann ich nur Jesum mir zum Freunde machen,

もしイエスが自分の友になってくださるなら、

so gilt der Mammon nichts bei mir.

もはや財貨は私にとって何の価値もない

Ich finde kein Vergnugen hier

私は満ち足りることができない

bei dieser eitlen Welt und irdschen Sachen.

この虚しくはかない世界には。

6.コラール

Nun, ich weis, du wirst mir stillen

今こそ私は知る、あなたが静めてくださることを

mein Gewissen, das mich plagt.

私を煩わせるこの良心を

Es wird deine Treu' erfullen,

あなたの誠が果たすでしょう

was du selber hast gesagt:

あなたが自ら語られたことを。

das auf dieser weiten Erden

すなわち 「この広い地上で

Keiner soll verloren werden,

一人も滅びずに

sondern ewig leben soll,

永遠の命を得ることを

wenn er nur ist Glaubens voll.

神の御子を信じる者が 。

               対訳:バッハクライス神戸


ルカによる福音書 第16章 1-9

イエスは、弟子たちにも次のように言われた。「ある金持ちに一人の管理人がいた。この男が主人の財産を無駄使いしていると、告げ口をする者があった。

そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『お前について聞いていることがあるが、どうなのか。会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない。』

管理人は考えた。『どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。

そうだ。こうしよう。管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。』

そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼んで、まず最初の人に、『わたしの主人にいくら借りがあるのか』と言った。

『油百バトス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい。』

また別の人には、『あなたは、いくら借りがあるのか』と言った。『小麦百コロス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。八十コロスと書き直しなさい。』

主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分お仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。

そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。

人よ、汝によきこと伝えられたり(BWV45)

 三位一体主日後第8主日に聴くカンタータは、1726.8.11ライプツィヒで初演されました。ものみな汝を待てり(BWV187)同じ「ルードルシュタット詩華撰」に基づくカンタータです。同様に2部構成の作品で、第1部の冒頭では旧約聖書からの、第2部の冒頭では新約聖書からの引用が用いられています。


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 当日の礼拝で朗読された福音書聖句は、にせの預言者の到来と善悪を選ぶ神の裁きについて語っています。この箇所にはイエスの教えが持つ厳しさと権威があらわれ、カンタータは全体としてこれを反映した厳しさを感じさせる音楽で、歌詞台本も福音書聖句の中の「主よ、主よ、という者が皆天国に入るのではなく、ただ父の御旨を行うものだけが入るのである」という部分に注目しています。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、ボグナ・バルトシュ(A)、クリストフ・プレガルディエン(T)クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。





人よ、汝によきこと伝えられたり(BWV45)

第1部

1.合唱

Es ist dir gesagt, Mensch, was gut ist und was der

主は 告げぬ よき行ないの 何なるかを

Herr von dir fordert, nämlich: Gottes Wort halten

そは み言葉 まもり 人を 愛し

und Liebe üben und demütig sein vor deinem Gott.

へりくだる こと ならずや

2.レチタティーヴォ (テノール)

Der Höchste läßt mich seinen Willen wissen

神の よみしたもう わざ

Und was ihm wohlgefällt;

告げ知らさる

Er hat sein Wort zur Richtschnur dargestellt,

そは み言葉を まもり

Wornach mein Fuß soll sein geflissen

たゆまず わが足を 進みゆかす

Allzeit einherzugehn

おそれ つつしみ 愛もて

Mit Furcht, mit Demut und mit Liebe

されば かのとき

Als Proben des Gehorsams, den ich übe,

主は われを まことの しもべと

Um als ein treuer Knecht dereinsten zu bestehn.

みとめたまわん

3.アリア (テノール)

Weiß ich Gottes Rechte,

主の さだめよ

Was ist's, das mir helfen kann,  

われを 助くるもの   

Wenn er mir als seinem Knechte

しもべの きびしき

Fordert scharfe Rechnung an.

さばきに 出ずる おり

Seele, denke dich zu retten,

思いみよ なが 救いは

Auf Gehorsam folget Lohn;

主に したごう とき

Qual und Hohn

苦しみ 恥じは そむく ときの

Drohet deinem Übertreten!

むくいと ならん

第2部

4.アリオーゾ (バス)

Es werden viele zu mir sagen an jenem Tage: Herr, Herr,

その日 多くの者 われに 言わん

haben wir nicht in deinem Namen geweissaget,

「主,われら なが み名に よりて予言し

haben wir nicht in deinem Namen Teufel aus-getrieben,

なが み名に よりて 悪鬼を 追い出だしし ならずや,

haben wir nicht in deinem Namen viel Taten getan?

多くの わざを なししに あらずや」

Denn werde ich ihnen bekennen: Ich habe euch noch nie erkannt,

その時 われ 言わん 「たえて 知らず なれらを

weichet alle von mir, ihr Übeltäter!

離れよ われより 悪しきを なす 者らよ」

5.アリア (アルト)

Wer Gott bekennt

まこともて

Aus wahrem Herzensgrund,

主を 言い表わす 者をば

Den will er auch bekennen.

主は 受けたまわん

Denn der muß ewig brennen,

とわの 火に 灼かれん

Der einzig mit den Mund

ただ 口もて

lhn Herren nennt.

主を 呼ぶ者

6.レチタティーヴォ (アルト)

So wird denn Herz und Mund selbst von mir Richter sein,

心と 口は みずから 裁かん

Und Gott will mir den Lohn nach meinem Sinn erteilen:

わが 思いにより 主 むくいたもう

Trifft nun mein Wandel nicht nach seinen Worten ein,

わが 歩みの 主に 背かば

Wer will hernach der Seelen Schaden heilen?

たれか 心 いやし得ん

Was mach ich mir denn selber Hindernis?

おのが 道 閉ざすのみ

Des Herren Wille muß geschehen,

み心 つねに 正し

Doch ist sein Beistand auch gewiß,

主は われを 支え

Daß er sein Werk durch mich mög wohl vollendet sehen.

み手もて わざを 果たさせたもう

7.コラール

Gib, daß ich tu mit Fleiß,

わが つとめを

Was mir zu tun gebühret,

み言葉に 従い

Worzu mich dein Befehl

まことを もて

In meinem Stande führet!

果たさしめたまえ

Gib, daß ichs tue bald,

なすべき とき

Zu der Zeit, da ich soll;

なさせたまえ

Und wenn ich's tu, so gib,

み心に

Daß es gerate wohl!

かのう ごとく

訳詞:大村恵美子


福音書マタイ 7,15-23

「偽預言者に注意しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。

あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。

すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。

良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。」

「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行うものだけが入るのである。

かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか』と言うであろう。

その時、わたしはきっぱりとこう言おう。『あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。』」