神のみ旨が常に実現しますように(BWV111)

 この曲は公現後第3主日のために作られ、1725. 1.21ライプツィヒで初演されましたが、教会暦ではこの日は毎年巡ってきません。

 1725年は、BACHライプツィヒ2年目のいわゆるコラール年間で、この曲もその一つです。 


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 使われたコラールは、BWV73にも用いられたブランデンブルク辺境伯アルブレヒト神信頼コラールです。この日の福音書の内容は「癩病人の癒し」と中風に苦しむしもべが癒やされるエピソードですが、台本には引用されていません。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、リサ・ラーソン(S)、アネッテ・マルケルト(A)、クリストフ・プレガルディエン(T)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。




 

神のみ旨が常に実現しますように(BWV111)

1.合唱

Was mein Gott will,das g'scheh allzeit,     

神のみ旨が常に実現しますように。

Sein Will,der ist der beste;            

神のみ心は最善のものです。

Zu helfen den'n er ist bereit,           

神は固く神を信じる者を

Die an ihn glauben feste.            

助けようといつも備えておられます。

Er hilft aus Not,der fromme Gott,       

義なる神は苦難の時に助けて下さり

Und zuechtiget mit Massen:           

また時にやさしくこらしめて下さいます。

Wer Gott vertraut,fest auf ihn baut,      

神を信頼し神によって固く立つ者を

Den will er nicht verlassen.           

神はお見捨てになりません。

2.アリア(バス)

Entsetze dich,mein Herze,nicht,        

うろたえるな、私の心よ、

Gott ist dein Trost und Zuversicht       

神はあなたの慰め、また拠り所、

Und deiner Seele Leben.             

あなたの魂の命です。

Ja,was sein weiser Rat bedacht,         

そうです、神の賢い配慮の定めには

Dem kann die Welt und Menschenmacht    

この世も人の力も

Unmo glich widerstreben.             

逆らうことはできないのです。

3.レチタティフ(アルト)

O Toerichter! der sich von Gott entzieht   

愚かな人よ。神を避けて、

Und wie ein Jonas dort              

ヨナのように遠くへ、

Vor Gottes Angesichte flieht;          

神のみ前から逃げて行く人よ。

Auch unser Denken ist ihm offenbar,      

私たちの思いは神の前に明らかであり、

Und unsers Hauptes Haar            

私たちの髪の毛もすべて

Hat er gezahlet.                  

数えられているのです。

Wohl dem,der diesen Schuetz erwaehlet    

幸いな人よ。

Im glaeubigen Vertrauen,             

希望と忍耐によって神の約束の言葉を

Auf dessen Schluss und Wort          

目のあたりにできると

Mit Hoffnung und Geduld zu schauen.      

信じ信頼して神の守りを選び取る人は。

4.アリア(二重唱・アルト・テノール)

So geh ich mit beherzten Schritten,      

だから私は足取りも軽く進む。

Auch wenn mich Gott zum Grabe führt.   

たとえ神が私を墓へと導かれるとしても。

Gott hat die Tage aufgeschrieben,       

神は私の日を数えておられるのだから、

So wird,wenn seine Hand mich ruehrt,     

神のみ手が私をとらえる時、

Des Todes Bitterkeit vertrieben.         

死の苦い味も取りのぞかれるのです。

5.レチタティフ(ソプラノ)

Drum wenn der Tod zuletzt den Geist      

死がついに来て、私の霊を

Noch mit Gewalt aus seinem Koerper reisst,  

無理やり肉体から引き離す時、

So nimm ihn,Gott,in treue Vaterhaende!     

ああ、神よ、真実の父のみ手に私の霊を 

Wenn Teufel,Tod und Suende mich bekriegt   

受け入れて下さい。悪魔と死と罪が私を

Und meine Sterbekissen              

責めたて、私の死の床が戦いの場となる時、

Ein Kampfplatz werden muessen,         

ああ、助けて下さい、あなたにあって、

So hilf,damit in dir mein Glaube siegt!      

私の信仰が勝利しますように。

O seliges,gewuenschtes Ende!           

おお、待ち望みし至福の終わりの時よ。

6.合唱

Noch eins,Herr,will ich bitten dich,      

もう一つ、主よ、お願いがあります。

Du wirst mir's nicht versagen:        

あなたは拒絶なさらないでしょう。

Wenn mich der boese Geist anficht,     

悪の霊が私を誘惑する時、

Lass mich doch nicht verzagen.        

どうぞ私を臆させないで下さい。

Hilf,steur und wehr,ach Gott,mein Herr,    

み名の栄光のために私を助け、支え、

Zu Ehren deinem Namen.            

守ってください、私の主なる神よ。

Wer das begehrt,dem wird's gewahrt;     

切に求める者は願いをかなえられます。

Drauf sprech ich froehlich:Amen.        

だから私は喜んでアーメンと歌います。

                       対訳:川端純四郎


マタイによる福音書 第8章 1~13

 イエスが山を下りられると、大勢の群衆が従った。すると、一人の重い皮膚病を患っている人がイエスに近寄り、ひれ伏して、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。イエスが手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち、重い皮膚病は清くなった。イエスはその人に言われた。「だれにも話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めた供え物を献げて、人々に証明しなさい。」

 さて、イエスがカファルナウムに入られると、一人の百人隊長が近づいて来て懇願し、「主よ、わたしの僕が中風で家に寝込んで、ひどく苦しんでいます」と言った。そこでイエスは、「わたしが行って、いやしてあげよう」と言われた。すると、百人隊長は答えた。「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また、部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」 イエスはこれを聞いて感心し、従っていた人々に言われた。「はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。言っておくが、いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」そして、百人隊長に言われた。「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように。」ちょうどそのとき、僕の病気はいやされた。

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いと高きところには神に栄光あれ(BWV191)

 今日は降誕祭です。この曲はBACHが1743-1746年頃のクリスマス初日の礼拝で初演したラテン語教会音楽で、旧バッハ全集では教会カンタータに分類し、それを踏襲したバッハ作品主題目録番号や新バッハ全集でも教会カンタータに分類しています。しかしハンス・ヨアヒム・シュルツェとクリストフ・ヴォルフが20世紀末に編纂した「バッハ便覧」では、初めて教会カンタータとは別の「ラテン語教会音楽」の項目に移されました。



 この曲が演奏されるクリスマス初日の礼拝では、厩での誕生とともに、羊飼い達の前に天使の軍団が降臨し、救い主の誕生を継げて唱和するルカ福音書第2章1-14節が朗読されます。天使の軍団の歌は「天のいと高きところには神に栄光あれ、善意の人には地に平和あれ」で締めくくられます。


 アイバーズ・タウリンズ指揮、ターフェルムジーク・バロック管弦楽団、アン・モノイオス (S)、マシュー・ホワイト (CT) 、コリン・エインズワース (T)の演奏でお聴きください。





いと高きところには神に栄光あれ(BWV191)

1.合唱

Gloria in excelsis Deo.

グロリヤ 高き 天(あめ)なる 神に

Et in terra pax hominibus

地に 平和

bonae voluntatis.

主の 民に あれや

2.二重唱 (ソプラノ,テノール)

Gloria Patri et Filio et Spiritui sancto.

グロリヤ 父に み子に 聖(きよ)き み霊に

3.合唱

Sicut erat in principio et nunc et semper

初めに ありしごと 今も 後も

et in saecula saeculorum, amen.

後の 世も とわに アーメン

対訳:大村恵美子


ルカによる福音書 2,1-14

 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。

身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちにマリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

ああいかにはかなく、いかに空しき (BWV26)

 今日聴く日曜カンタータは、1724.11.19、三位一体主日後第24主日にライプツィヒで初演されたミヒャエル・フランクの同名のコラールによるコラール・カンタータです。

 コラールは、この世の虚しさを13節ににわたって列挙したもので、歌詞作者はこのコラールの最初と最後の節を冒頭合唱と終結コラールに使い、2~12節の内容をアリアとレシタティーヴォに編集しました。




 BACHの数あるカンタータのなかでも比類なき傑作といわれる作品で、「儚さ」と「虚しさ」の意味が増幅されて行きます。30年戦争のもたらした荒廃と悲惨、人の魂を襲った厭世思想が全編を覆っています。しかしBACHはその物哀しいコラールを両端に配し美しい作品に仕上げています。

 なお内容は当日の福音書章句と直接の関係はありません。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、リサ・ラーソン(S)、アネッテ・マルケルト(A)、クリストフ・プレガルディエン(T)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。但しこの動画は、BWV 125、BWV 178 が続きます。





ああいかにはかなく、いかに空しき (BWV26)

1.合唱

Ach wie flüchtig, ach wie nichtig

はかなく むなしき

Ist der Menschen Leben!

地なる いのち

Wie ein Nebel bald entstehet

靄(もや)と 立ちのぼり

Und auch wieder bald vergehet,

また 消え去りゆく

So ist unser Leben, sehet!

そを とくと 悟れ

2.アリア (テノール)

So schnell ein rauschend Wasser schießt,

流れ 走る 水の ごと

So eilen unser Lebenstage.

われらが 日々も とく 過ぎゆく

Die Zeit vergeht, die Stunden eilen,

時は 去り 駆け抜けゆき

Wie sich die Tropfen plötzlich teilen,

ゆくてには 奈落の 淵(ふち)

Wenn alles in den Abgrund schießt.

すべてを 呑みつくす

3.レチタティーヴォ (アルト)

Die Freude wird zur Traurigkeit,

喜びは 悲しみに

Die Schönheit fällt als eine Blume,

花は うつろいゆく

Die größte Stärke wird geschwächt,

勢いは しぼみ

Es ändert sich das Glücke mit der Zeit,

時と ともに 変わり果つ

Bald ist es aus mit Ehr und Ruhme,

栄えも ただ つかのま

Die Wissenschaft und was ein Mensche dichtet,

人の わざも 墓に 入りて

Wird endlich durch das Grab vernichtet.

ついには 滅び去らん

4.アリア (バス)

An irdische Schätze das Herze zu hängen,

はかなき 宝に 心 寄せよと

Ist eine Verführung der törichten Welt.

世は 誘(いざの)う

Wie leichtlich entstehen verzehrende Gluten,

肉の 思いは 燃えあがり

Wie rauschen und reißen die wallenden Fluten,

けがれの 洪水は さか巻きて

Bis alles zerschmettert in Trümmern zerfällt.

すべてを 襲い 荒らしつくす

5.レチタティーヴォ (ソプラノ)

Die höchste Herrlichkeit und Pracht

栄えの きわみも

Umhüllt zuletzt des Todes Nacht.

果ては 死の 闇に

Wer gleichsam als ein Gott gesessen,

安き 座に ある 人も

Entgeht dem Staub und Asche nicht,

ちり 泥(ひじ)と ならん

Und wenn die letzte Stunde schläget,

終わりの 鐘 鳴りて

Daß man ihn zu der Erde träget,

土に もどる さだめ

Und seiner Hoheit Grund zerbricht,

とうとき 人も また

Wird seiner ganz vergessen.

忘れ去らるべし

6.コラール

Ach wie flüchtig, ach wie nichtig

はかなく むなしき

Sind der Menschen Sachen!

人の 世 すべて

Alles, alles, was wir sehen,

見る もの 過ぎ去る

Das muß fallen und vergehen.

主を 畏(おそ)るる 者

Wer Gott fürcht', bleibt ewig stehen.

とどまらん とわに

                    対訳:大村恵美子


マタイによる福音書 9,18-26

イエスがこのようなことを話しておられると、ある指導者がそばに来て、ひれ伏して言った。「わたしの娘がたった今死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」そこで、イエスは立ち上がり、彼について行かれた。弟子たちも一緒だった。

すると、そこへ十二年間も患って出血が続いている女が近寄ってきて、後ろからイエスの服の房に触れた。

「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思ったからである。

イエスは振り向いて、彼女を見ながら言われた。「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。」そのとき、彼女は治った。

イエスは指導者の家に行き、笛を吹く者たちや騒いでいる群衆を御覧になって、

言われた。「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。

群衆を外に出すと、イエスは家の中に入り、少女の手をお取りになった。すると、少女は起き上がった。

このうわさはその地方一帯に広まった。


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 今年の教会歴の最終日をもちまして、およそ4年にわたり教会歴に合わせて聞いてきた、BACHの教会カンタータのブログを終わりにします。私自身聴き込みが足りなかった教会カンタータを、ブログを書くために、じっくり聴くことが目的でもありました。歌詞の内容や、初演された当日朗読された福音書を知ることで、教会カンタータの素晴らしさを深く知ることができました。

 今まで器楽曲を中心に聴いてきたBACHですが、今では教会カンタータの方が主要な作品だと思えるようになりました。なお、取り上げなかった教会カンタータが数曲残っていますので、教会歴に合わせて随時更新する予定です。

 また、対訳の歌詞の検索を通じて、プロの演奏家からメールを頂いた時は、とても感激しました。後日、東京で行われたミニコンサートの案内を頂き、素晴らしい演奏のあと演奏家にもお会いすることができました。

 なお今後は毎日の更新ではなく、新しい話題や、予定している海外旅行などをテーマに、随時ブログを更新したいと思っています。

 また、お二人の方が毎日”拍手”してくださることが、ブログを約4年間続けてこられた理由でもあります。拙いブログですが、閲覧本当にありがとうございます。

われは貧しき者、われは罪のしもべ(BWV55)

 三位一体主日後第22主日に聴くカンタータは、1726.11.17ライプツィヒで初演されたテノール独唱カンタータです。


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 当日の福音書聖句は「兄弟を限りなく許しなさい」の教えで、天国を「決算の時」に譬え、主人に多額の負債を負った下僕が、自分に僅かな負債のある同僚を許さなかったために、主人の怒りにふれて獄に下されたことを物語っています。


 マルセル・ポンセール指揮、イル・ガルデリーノ、ヤン・コボウ(T)の演奏ででお聴きください。





われは貧しき者、われは罪のしもべ(BWV55)

1.アリア(テノール)

Ich armer Mensch, ich Sündenknecht,

わたしは哀れな人間、罪のしもべ、

Ich geh vor Gottes Angesichte

神の御前に

Mit Furcht und Zittern zum Gerichte.

お裁きのために畏れふるえながら参ります。

Er ist gerecht, ich ungerecht.

神は義であり、わたしは不義です。

Ich armer Mensch, ich Sündenknecht!

わたしは哀れな人間、罪のしもべ。

2.レチタティーヴォ(テノール)

Ich habe wider Gott gehandelt

わたしは神に逆らってきた

Und bin demselben Pfad,

そして神がわたしに示された

Den er mir vorgeschrieben hat,

神の道に

Nicht nachgewandelt.

従って歩いては来なかった。

Wohin? soll ich der Morgenröte Flügel

わたしはどこへ。曙の翼を駆って

Zu meiner Flucht erkiesen,

海の果てまで

Die mich zum letzten Meere wiesen,

逃れるべきか、

So wird mich doch die Hand des Allerhöchsten finden

しかし至高者の御手は、そこでもわたしを見出し

Und mir die Sündenrute binden.

わたしに罪を罰する鞭を備えられる。

Ach ja!

ああ、そうなのだ。

Wenn gleich die Höll ein Bette

たとえ地獄が

Vor mich und meine Sünden hätte,

わたしとその罪のために床をしつらえようとも、

So wäre doch der Grimm des Höchsten da.

至高の神の怒りがそこにあるだろう。

Die Erde schützt mich nicht,

この世はわたしを守らずに、

Sie droht mich Scheusal zu verschlingen;

おぞましいわたしを呑み込むと脅す。

Und will ich mich zum Himmel schwingen,

たとえわたしが天まで飛んでいっても、

Da wohnet Gott, der mir das Urteil spricht.

そこには神が居られ、わたしに判決を下される。

3 .アリア(テノール)

Erbarme dich!

あわれみたまえ。

Lass die Tränen dich erweichen,

涙が御心を和らげますように、

Lass sie dir zu Herzen reichen;

涙が御心に届きますように。

Lass um Jesu Christi willen

イエス・キリストに免じて

Deinen Zorn des Eifers stillen!

あなたの激しいお怒りが静まりますように。

Erbarme dich!

あわれみたまえ。

4 .レチタティーヴォ(テノール)

Erbarme dich!

あわれみたまえ。

Jedoch nun

しかし今

Tröst ich mich,

わたしは安堵している、

Ich will nicht für Gerichte stehen

わたしは裁きの庭に行くのではなく

Und lieber vor dem Gnadenthron

むしろ恩寵の御座の前の

Zu meinem frommen Vater gehen.

わが聖なる父の御前に行きたい。

Ich halt ihm seinen Sohn,

わたしは父にその御子と、

Sein Leiden, sein Erlösen für,

御子の受難と、あがないとを示そう、

Wie er für meine Schuld

御子がわたしの罪のために

Bezahlet und genug getan,

どれだけの代償を払われ充分なことをされたかを。

Und bitt ihn um Geduld,

そして父に忍耐を願おう、

Hinfüro will ich's nicht mehr tun.

今より後、もう罪は犯さないからと。

So nimmt mich Gott zu Gnaden wieder an.

だから神よ、わたしをまた御恵みのもとに受け入れてください。

5.合唱

Bin ich gleich von dir gewichen,

たとえわたしはあなたから離れても、

Stell ich mich doch wieder ein;

再び戻って参ります。

Hat uns doch dein Sohn verglichen

あなたの御子はわれらをあがなわれた、

Durch sein Angst und Todespein.

その恐怖と死の苦痛によって。

Ich verleugne nicht die Schuld,

わたしは罪を否定しないが、

Aber deine Gnad und Huld

あなたのめぐみと愛は、

Ist viel größer als die Sünde,

わたしが常にみずから感じる

Die ich stets bei mir befinde.

罪を超えてはるかに大きい。

                      対訳:松浦 純


マタイによる福音書第18章 23-35

そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。

決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れてこられた。

しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。

家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。

その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。

ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。

仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。

しかし、承知せず、その中間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。

仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。

そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。

私がお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』

そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。

あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」

『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」

われ固く信ず(BWV188)

 ピカンダーのテキストによって書かれた三位一体主日後第21主日のカンタータは、不完全な形で伝承され、初演は1728年または1729年と言われています。

 冒頭のシンフォニアはチェンバロ協奏曲ニ短調(BWV1052)のフィナーレが転用されていますが、一部が伝えられるのみで、チェンバロ協奏曲から復元されています。




 当日の福音書聖句はイエスが、再びガリラヤのカナに行き、役人カペナウムの病気の息子を癒やす話ですが、ピカンダーの台本では神への信頼が救いをもたらすことを多角的に説くもので、説話への言及は行われていません。


 カイ・ヨハンセン指揮、シュティフトムジーク・シュトゥットガルト、リディア・ヴィネス・カーティス(A)、アンドレアス・ウェルラー(T)、イェンス・ハーマン(B)の演奏動画でお聴き下さい。





われ固く信ず(BWV188)

1 .シンフオニア

2 .アリア(テノール)

Ich habe meine Zuversicht

私はこの身の信頼を

Auf den getreuen Gott gericht,

まことある神へと向けた。

Da ruhet meine Hoffnung feste.

そこで私の希望は堅く安らぐのだ。

   Wenn alles bricht, wenn alles fällt,

 すべてが砕け、すべてが倒れ、

   Wenn niemand Treu und Glauben hält,

 信実と信仰をもっ者がいなくなるときでさえ、

   So ist doch Gott der allerbeste.

 なお神は最良のものなのだから。

3 .レチタティーヴォ(バス)

Gott meint es gut mit jedermann,

神は誰のこともよくはからってくださる、

Auch in den allergrößten Nöten.

この上ない困苦の時でさえ。

Verbirget er gleich seine Liebe,

神は愛をお隠しになることもあるが、

So denkt sein Herz doch heimlich dran,

心ではひそかに、そのことを考えておられる、

Das kann er niemals nicht entziehn;

けっして愛なしではいられないのが神なのだ。

Und wollte mich der Herr auch töten,

主が私に死を与えられることもあるだろう。

So hoff ich doch auf ihn.

それでも私は、主に望みをかける。

Denn sein erzürntes Angesicht

なぜなら、その怒れる表情は

Ist anders nicht

じつはほかならぬ

Als eine Wolke trübe,

天の黒雲に等しいからだ。

Sie hindert nur den Sonnenschein,Damit durch einen sanften Regen

雲がやさしい雨を降らせてこそ、

Der Himmelssegen

天の祝福は

Um so viel reicher möge sein.

ますます豊かになりうるのだ。

Der Herr verwandelt sich in einen grausamen,

主が残酷なお方に姿を変えるのは、

Um desto tröstlicher zu scheinen;

ますます慰め豊かにあらわれるためだ。

Er will, er kann's nicht böse meinen.

主は悪を欲せられぬ、それはあり得ぬこと。

Drum lass ich ihn nicht, er segne mich denn.

だから私は主を離しません、私を祝福してくださるまでは。

4 .アリア(アルト)

Unerforschlich ist die Weise,

究めがたいのはそのあり方です、

Wie der Herr die Seinen führt.

主が自分に従う者たちをいかに導いてくださるかの。

  Selber unser Kreuz und Pein

 私たちの十字架と苦痛さえ

  Muss zu unserm Besten sein

 必ずや私たちのこの上なきものとなり、

  Und zu seines Namens Preise.

 御名の讃美へと化すのです。

5 .レチタティーヴォ(ソプラノ)

Die Macht der Welt verlieret sich.

この世の勢威は失われます、

Wer kann auf Stand und Hoheit bauen?

誰が身分と地位に頼れるでしょうか?

Gott aber bleibet ewiglich;

神はしかし、永遠にとどまるのです。

Wohl allen, die auf ihn vertrauen!

神に依り頼むすべての者は、幸いなるかな。

6 .コラール

Auf meinen lieben Gott

私のいとしい神を

Trau ich in Angst und Not;

私は不安と苦境の中で信頼する。

Er kann mich allzeit retten

神は私をいつでも助け出せるのだ、

Aus Trübsal, Angst und Nöten;

艱難、不安、もろもろの困苦から。

Mein Unglück kann er wenden,

私の不幸も神にかかれば一転する、

Steht alls in seinen Händen.

すべてが御手のうちにあるからには。

                       対訳:磯山 雅


ヨハネによる福音書 4章 47-54

この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞き、イエスのもとに行き、カファルナウムまで下って来て息子をいやしてくださるように頼んだ。息子が死にかかっていたからである。

イエスは役人に、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と言われた。

役人は、「主よ、子供が死なないうちに、おいでください」と言った。

イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰っていった。

ところが、下っていく途中、僕たちが迎えに来て、その子が生きていることを告げた。

そこで、息子の病気が良くなった時刻を尋ねると、僕たちは、「きのうの午後一時に熱が下がりました」と言った。

それは、イエスが「あなたの息子は生きる」と言われたのと同じ時刻であることを、この父親は知った。そして、彼もその家族もこぞって信じた。

これは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた、二回目のしるしである。