便利なショートカット

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 PCの操作ではキーボードのショートカットを使うといろいろと便利です。入力以外はマウスを使っている方が多いと思いますが、マウスより簡単で便利なショートカットが沢山あります。以下Windows7のキーボードショートカットの表です。


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 これを全部覚えるのは大変なので一度目を通し、便利だと思うものから憶えていくと良いと思います。特にWindowsロゴキーは色々な使い方ができるので、憶えると結構便利です。例えばWindowsロゴキー+Breakでエクスペリエンス インデックスが表示されるので、ショップなどでPC選びをするときに一発で性能が分かります。

 PCの電源を切る時、最近のキーボードにはPowerキーがあるので、これを押せばPCがシャットダウンされます。ノートPCでPowerキーがない場合はAlt+F4を押すとシャットダウンの画面が表示されるのでEnterを押せばシャットダウンされます。Alt+F4は実行中のソフト、Wordでもブラウザーでも終了するときに使えます。右上の×印(閉じるボタン)にポインターを合わせる必要がないので私は多用しています。 写真のキーボードにはSleepキーがありますが、Windowsロゴキーを押してから→を2回押し、右端のEnterを押せばスリープになります。
 他にも色々ありますので、探して見てください。

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醜い車

 ヨーロッパでは時々奇妙な形の車が出現します。その代表がフィアット ムルティプラです。

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 イギリスのコラムニストに世界一醜いクルマと認定されたり、変な顔、ぶさいくなどといろいろ批判されました。そのインテリアも奇妙なデザインです。


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エアコンの吹き出し口が顔の形で、耳まであります。


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座席はすべてバケットシート

 

 全幅はトヨタ アルファードよりも広い1,875㎜、全長は4,005㎜でホンダ フィット位です。短くて幅の広い車です。座席は全て独立式で、どの席も運転席と同じで快適だそうです。

 しかしアントニオ・ガウディもビックリのこのデザイン、運転席が片側に寄りすぎて使い勝手も悪くイタリアでも成功作とはいえなかったそうです。その後のモデルチェンジで普通のミニバンになってしまいました。日本にも300台程度輸入されたので見た方もいると思います。使い勝手よりは話題性を優先させた車です。

 日本にもかなり変わったデザインの車があります。それは日産のジェークです。


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イメージ

 

 若者がかっこいい、かっこいいと言っているので、従来の車と異なるものを求めているのでしょう。万人に受け入れられるとは思いませんが、グッドデザインとはいえなくても、奇妙なな車も存在価値はあるのでしょう。赤いデュークが走っていると、とても目立ちます。目立ちたがり屋には好かれそうです。車名をJUKEではなくてJOKEにしたら、もっと受けたかもしれません(笑)。

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ボンネットの両側の三角形のライトはハイビーム?


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 ハンドブレーキが助手席に付いています。やはり変です。助手席にミニスカートの女性を乗せたら、車を止めた時に太もも近くに左手が伸びてきて、ドキッとするかも。それも計算済みだとしたら素晴らしいデザインです。

後期高齢者

 今日1月29日、めでたく後期高齢者の仲間入りをしました。人生ですから何時かは後期になります。高齢者の中の後期ですから、いわば人生の末期です。末期がいつまで続くかはこれからの生き方と深い関係があると思っています。何もできなかった人生ですが、好奇心だけは人一倍強く、今でもあまり変わっていません。新しいことには興味があるし、新しいことを覚えるのは楽しいことです。毎日同じことを繰り返していたら、ただ生き延びているにすぎません。

 後期高齢者になって後期高齢者とは何かNETで検索してみました。

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概要

 本制度は、国民の高齢期における適切な医療の確保を図るため、医療費の適正化を推進するための計画の作成及び保険者による健康診査等の実施に関する措置を講ずるとともに、高齢者の医療について、国民の共同連帯の理念等に基づき、前期高齢者に係る保険者間の費用負担の調整、後期高齢者に対する適切な医療の給付等を行うために必要な制度を設け、もって国民保健の向上及び高齢者の福祉の増進を図ることを目的とする(第1条)。

高齢化の進展等による財政負担の増加に対応するため、これまで被保険者の年齢や窓口負担等の引き上げ等を行うなど制度改正を行ってきたが、高齢者医療費がなおも増え続ける状況にあって、財政負担を抑制することがこの制度創設の主目的だとされている。ただし政府は「財政的な配慮が先行しているのではなく、後期高齢者の健康状態、ケアのあり方が前提である」としている。

これまでの制度と大きく異なる点としては、「老人保健法」による老人医療制度では他の健康保険等の被保険者資格を有したまま老人医療を適用していたのに対し、後期高齢者医療制度では適用年齢(75歳以上)になると、現在加入している国保や健保を脱退させられ、後期高齢者だけの独立した医療制度に組み入れられるという点や、徴収方法が年金からの天引きが基本となっていることが挙げられる。また、一つの病名によって1か月の医療費が決められる「包括制」や、新たに設けられた診療報酬なども挙げられる。

 厚生労働省のHPを読んでも、頭の良い官僚が考えた内容を完全に理解するのは結構大変です。私同様脳細胞が劣化している後期高齢者のすべてが、これを完全に理解し納得しているとは思えません。以前のように治療費が無料になるわけでもないし、1割の自己負担は前期高齢者の時と変わりません。

 後期高齢者と言う言葉も初めは年寄りを侮辱した言葉として国民の顰蹙を買いましたが。官僚どもは全く人間性の欠如した知能犯ですがら、何を言われようとも、暫くすればどうせ熱が冷める国民性を承知の上で、政治家も含め政治の混乱の中で誤魔化し通してしまいました。実に天晴です。

 個人的なことを言えば、今後命にかかわる重大な疾患が発覚しても、私は延命治療を望んではいません。治療後元気であと数十年生きられるならば治療も良いかもしれませんが、殆どは数年後に死を迎えます。

 お金をかけて治療しても何の意味もありません。儲かるのは医療機関と特定の医師だけです。

BACHの現代性

 BACHは300年前の音楽ですから、古臭い音楽だと思っている方も多いと思います。私も中学生のころ聞いた印象が、そうでした。しかし高校生時代に夢中になった音楽の中で、BACHは別格でした。時代を超えたとても知的とも思える音楽でした。


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 例えば平均律クラヴィーア曲集第2巻第20番 イ短調 BWV889 前奏曲を聞いてみてください。

 PCで作ったものですが、音符動きを組み合わせた面白い動画です。



 何だかつまらない音楽だと思ってくださって結構です。でもこれが300年前に作曲されたとはとても信じられません。まるで現代音楽です。BACHほど音楽の可能性を追求した作曲家は他にはいません。当時の大衆にもなかなか理解できない音楽でした。一方、イタリア協奏曲のような大衆受けする曲も作っています。

 モーツアルトなどの天才と言われる作曲家は皆そうですが、若いときにもう完成した作品を発表していました。ウオルト ディズニーの映画ファンタジーで有名なトッカータとフーガ ニ短調 BWV 565はBACH22歳のときの作品だと言われています。

 トン コープマンの演奏で聞いてみてください。(動画は途中までしかありません)



※ その後の研究でこの作品はBACHの作ではないとの説もありまが真偽の程は分かりません。


 未完の作品「フーガの技法」は、未だに何の楽器で演奏する為に作曲されたかさえも分かっていません。多分BACHにとっては、それは後で考えれば良いことだったのだろうと思います。BACHの頭の中は、われわれ凡人には想像すらできない音楽の世界が広がっていたのだと思います。

 「フーガの技法」はBACH最後の作品として知られていますが、フーガとは一つの主題を、後続する他の声部が追いかける形式の曲をいいます。この曲ではそのフーガの様々な形態が示され、単純な主題から18曲が生み出されています。対位法(コントラプンクトゥス)の1~4は、主題をそのままの形で追いかける基本形の「単純フーガ」と、主題の音形を上下反転させた転回主題による「転回フーガ」から成っています。この後にはより複雑なフーガやカノン、3重フーガが続き、大作を形成しています。この曲は他に例を見ない緊密な構築性と創造性によって、クラシック音楽の金字塔と言われています。

 グスタフ レオンハルトのチェンバロでその中のコントラプンクトゥス13をお聞きください。

デファクトスタンダード

 収穫逓減という言葉があります。経済用語ですが、学問はあえて難しい表現をします。実は簡単なことを言っているだけなのです。

 例えば1キログラムの種をある一定面積の土地に作付けすることで、1トンの作物が収穫できるとします。同じ場所に倍の2キログラムの種をまけば、収穫も2トンになると期待されるかもしれません。しかし、ここに収穫逓減が発生し、種を1キロ増やしても、収穫できる量の増加は1トンよりも少なくなります。例えば、収穫量は0.5トンしか増えません。合計1.5トンになります。

 これは市場原理にも当てはめることができます。農作物でなくとも、市場に出回り公共、企業、生活に必要なほとんどの商品は、一つの会社だけではなく多数の会社が参入し、品質と価格競争がなされています。いわば自由経済の仕組みです。ここでも収穫逓減と同じ原理が働きます。土地が市場で収穫が利益です。

 それでも最初に発明開発した企業や個人が、他社にまねされることを防ぐために、特許と言う制度もあります。逆に複数の企業が、価格の下落を防ぐために、同様の商品を一定の価格で販売することを目的に協定することも、独占禁止法によって禁じられています。


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 ところが、この原理に当てはめることのできない企業が出現しました。それがWindowsのマイクロソフト社です。Windowsは今や世界のデファクトスタンダードになってしまいました。デファクトスタンダードとはJIS、DIN、ISOなどの標準化機関等が定めた規格ではなく、市場における競争や広く採用された「結果として事実上標準化した基準」を指します。

 今や世の中の殆どのものがWindowsベースで動いています。ライバルと言われてきたアップル社のOSを使うのは、デザイナーや音楽関係、映画やTV等の映像関係などほんの一部だけです。個人ではパソコンからスマホやタブレットに移行して、Androidなどが使われ始めてきましたが、やはりWindowsの独占的状態が続いています。ここでは収穫逓減が発生しないのです。マイクロソフトの創業者ビル ゲイツは、あっという間に世界一の大金持ちになりました。

 しかもマイクロソフト社の巧妙なところは、Windowsという問題の多いOSを数年ごとに改良と称し、新しいOSに移行させ、膨大な利益を貪っています。

 一方アップル社からはスティーブ ジョブズの発案により、携帯電話やパソコンに代わるものとしてiPod、iPadが発売になりましたが、あっという間に他社がここに参入し、アップル社の独占とはなりませんでした。価格競争も激化し、収穫逓減と同じ原理が働いています。

 個人的にも時々Windowsにうんざりすることがありますが、これを捨ててしまうと、今の自分の生き方を大幅に修正しなければならなくなります。私の場合は脳の老化防止が目的です。

百瀬晋六

 百瀬晋六といっても、よほどのカーマニアでないと知らないと思います。百瀬晋六は東京帝国大学工学部航空学科を卒業し、中島飛行機株式会社に入社。戦闘機のエンジンの設計・改造(高高度用過給機の追加)に従事し、敗戦後財閥解体に伴い、富士自動車工業(株)に入社し、1949年に航空機技術を生かしたモノコック構造リアエンジンバス「ふじ号」を開発。その後の日本のバス設計に大きな影響を与え、富士自動車工業を引き継いだ富士重工業が、その後大手バスボディメーカーとして発展する基礎を築きました。


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スバル360

 1955年からは、スバル360の開発を主導し1958年に発売された同車は、軽量な車体による当時としては画期的な動力性能・航空機の車輪に使われるトーションバー サスペンションによるソフトな乗り心地・極限まで煮詰められたスペースユーティリティによる良好な居住性など、時代を先取りした人間優先の設計思想により、軽自動車の設計に新しい可能性を切り開き、1970年まで12年間継続生産されました。また1961年には、キャブオーバー軽商用車スバルサンバーを開発、基本設計はそのままでモデルチェンジを繰り返し、2012年まで生産されました。赤帽という軽トラの宅配業者はほとんどこの車を使っています。これも大株主がトヨタ自動車になった為、生産中止に追い込まれました。(駆逐されました)


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スバル1000

 本格的乗用車として1966年にスバル1000の開発を主導。「水平対向エンジン縦置き前輪駆動方式」という、今のスバルの基本駆動方式のルーツを持つスバル1000が誕生しました。スバル1000は、、当時トヨタや日産など大メーカーが諦めざるを得なかったFF車両を実現させたことによって多くの自動車メーカーのFF方式への関心を高めたのみならず、外国のアルファスッド、シトロエンGSの開発に多大の影響を与えといわれます。スバル1000のためにベアリングメーカーNTNと共同で開発開発されたダブル・オフセット・等速ジョイントの成功により、1970年代からの世界的な小型車のFF化への潮流が決定的になりました。百瀬晋六という優れた技術者がいたからこそ今の富士重工は存在するといっても間違いではないと思います。

 その後スバル1000は、スバル ff-1、レオーネ、レガシィと継続して現在に至るわけですが、その間、日産、GM、トヨタと大株主が変わり、そのたびに富士重工のポリシーが左右され、スバル1000以降決定的な名車が誕生していません。

 以下、百瀬晋六の言葉が語り継がれています。

「P-1でFRをやったが、そのときに感じたのはいかにも非合理的なパワートレーンだということだ。駆動力をフロントのエンジンからプロペラシャフトでリアデフに持っていき、さらにドライブシャフトを経てタイヤに伝えるという駆動経路の長さ。しかも長いプロペラシャフトはやっかいな振動源にほかならない。人を乗せるための乗用車に採用する合理性はない。それに対してRRやFFは、部品点数が少なく、乗員のためのスペースを圧迫することのない、合理的な駆動方式だ」

すきやばし次郎

 今や寿司は世界的な食品になりました。ロサンゼルスに行ってもあちらこちらに寿司店があります。しかも大変混んでいます。私の食べに行った店の職人はタイ人で、寿司は力いっぱい握ってあり、形は寿司でも日本で寿司の修業をしたとは思えません。外国人はそんなことはあまり気にしないのでしょう。

 「二郎は鮨の夢を見る」というアメリカ人監督のデビッド・ゲルブが制作したドキュメンタリー映画があります。小野二郎さんが店主を務める「すきやばし次郎」は、「ミシュランガイド東京」で5年連続の三ツ星を獲得し、ヒュー・ジャックマン、ケイティー・ペリーら世界のセレブも訪れる名店として知らています。


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 しかしこの寿司屋は完全予約制で、メニューは20貫のみ、酒その他の肴は一切出しません。価格は3万円。寿司なのに、あるいは寿司だから非常に高価です。店主の小野次郎さんは大正14年(1925年)生まれですから、もう90歳になります。食を究めた職人に技が集約されているのでしょう。

 しかしミシュランにしてもアメリカの映画監督にしても、世界的なすしブームに便乗し、かなり過大評価しているような気がします。食べに行った人たちも口をそろえて絶賛していますが、築地で仕入れた最高級のネタで握った寿司ですから旨いのは当たり前です。店主を神様扱いするのはどうかと思います。

 私は寿司の歴史を調べたわけではありませんが、懐石料理と違い、江戸前の寿司は、もともと簡単に食べられ、ある程度時間が経っても腐りにくい食品だったように思います。酢は腐敗を防ぎ、ネタも昔はまぐろの漬けや酢漬けのこはだが多く使われていました。私の子供のころは、トロはあまり食べられていませんでした。当時寿司は懐石料理に比べたら、それほど高級食品ではなかったように思います。

 アメリカで寿司ブームが起こったのは、肉食中心のメタボの反動で健康食品として、魚が取り上げられたのが寿司ブームに繋がったのだと思います。ヨーロッパとは違い、アメリカの食べ物の不味さは、旅行者がみな口をそろえて言います。彼らは開拓民で、満腹だけが目的の食生活ですから、食文化は日本の方が遥かに上です。不味いのは、彼らは味覚音痴だからです。味覚の悪いコックが作った料理が旨いわけはありません。寿司を有り難がって食べるアメリカ人も、本当は味などあまり分からないのです。また、アメリカの寿司は必ずサビ抜きで出ます。サビ抜きで食べるのがアメリカ流です。これでは寿司の旨い不味いを語る資格はありません。
 私は物珍しさにLAの寿司屋に一度だけ行ってみましたが、寿司は日本でしか食べない方が良いと思います。ハワイの回転寿司も最悪でした。すきやばし次郎に行かなくても、評判の良い寿司屋で、必ず上寿司を注文しましょう。並だったら他の物を食べたほうがましです。

灼熱の魂

 先日のブログで、「映画の話題は少し休憩します。」と書いたのですが、もう一つどうしてもブログで取り上げたい映画があり、気になっていました。それが「灼熱の魂」です。レバノン生まれの劇作家ワジディ・ムアワッドの戯曲「焼け焦げるたましい」(映画の原題:Incendies 火事)で 2003年映画化され、ドゥニ・ヴィルヌーヴが脚色と監督を務めました。


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 この映画の批評に以下のものがありました。無断で掲載させていただきます。

 「2時間11分間、ただただ圧倒されるばかりの映画だった。戦争を生み出す相互の憎悪、内戦を泥沼化させる憎しみの連鎖、その憎しみの時代を生き抜いた”歌う女”と呼ばれるテロリスト、そして彼女を見舞うギリシャ悲劇をも凌駕する凄惨な悲劇、そして、最後の最後に明かされる”歌う女”の慈母の如き無限の愛と浄化。これはなんという映画だろうか。こんな物凄い映画はおそらく生涯に数回しか出会えないだろう。それほど凄みを感じさせる作品である。」(管理人は不明)

 

 原作が戯曲で、もちろんフィクションなのですが、レバノン生まれの作家ワジディ・ムアワッドは、我々が接してきた外国文学の領域では、想像もできない世界を描いています。プロットも込み入っていて、映像は今流行りの時間軸が前後する構成なので、注意して観ないと混乱するかもしれません。観る時は集中して見てください。よく分からないまま結末を迎えると衝撃が薄れてしまいます。見直した場合も結末を知っているので同様です。

 ある評論家が、戦争がないと価値ある芸術は生まれないと発言していました。問題発言ではありますが、この映画も、レバノンの内戦から生まれた悲劇です。映画として大傑作かどうかは別にして、私も強い衝撃を受けました。さらにこの方の文章には次のことが書かれていました。

 「このくらいの作品になるとレビューを書くことすら困難だ。どこから書き始めたらいいのか、その時点ですでに迷ってしまう。この映画について書くことは、人間の戦争の歴史について書くことであり、宗教紛争について考察することであり、民族紛争について分析する作業だからだ。いわばそれは、人間の歴史を俯瞰する作業にも等しい。」

さらに

 「憎しみの連鎖は何も生み出さない。憎悪の連鎖は破壊しかもたらさない。だから、どこかで誰かが”憎しみの連鎖”を断ち切るしかない。無謀な試みであっても、いつか誰かが断ち切らねばならない。」

 この作品は数十年に一度の大傑作だ。端倪すべからざる偉大な作品だ。

※ 端倪すべからざる(たんげいすべからず)=物事の始めと終わりが見えず、その全貌が測り知れない。

 他人のブログを紹介するだけになってしまいましたが、私の筆力では、とてもこの映画のことは書けません。ただ衝撃が大きかったので、どうしてもブログで取り上げたかった映画です。ある人は「凄い映画を見てしまった」と書いていました。これも見ない方がよい映画かも知れません。

Fontek Reseach

 フォンテック リサーチのことを知っているのは、オーディオマニアの中でも、ごくごく一部の方だけです。

 フォンテック リサーチとは、かつてスタックスという音響メーカーでヘッドフォンの開発をしていた丹羽久雄が独立して作った、コンデンサー型ヘッドフォンの専業メーカーです。開発、製造から販売まですべて丹羽久雄一人で行っていました。当時の朝日新聞家庭欄でも紹介されたことがあります。1975年頃設立し1995年頃に病気のため製造を中止しました。僅か二十数年の会社でした。実は丹羽久雄は私の義兄なのです。


1977年6月25日の朝日新聞の記事


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minifon A-4 Mk2

 

 私も一時、商品の運搬などを手伝っていたこともありますので、丹羽と話す機会も多く、今、丹羽のことを一番知ってるのは親族では私だけです。とはいっても、私はオーディオの専門家でもないし、オーディオマニアでもないので、専門的なことは語る資格はありません。

 なぜ、今さら20年以上前のヘッドフォンを話題にするかと言えば、実はブログを通じて現在でもフォンテック リサーチのミニフォンを愛用している方がいることが分かったからです。しかもその評価は驚くべきもので、私が言葉にする前に下記の内容をお読みください。


 それにしても、この音の凄さときたら、身体で受ける低音がないにもかかわらず、そういう不満を感じるどころか、耳や頭にくる刺激で十分満足させられてしまいます。やや腰高に録音されたソース、これはモニタースピーカがツインウーファーだったり、大口径で反応が遅い場合にありがちな、スピーカで付着するキャラクターを差し引いて録音しているものです。例えば、Casiopea の FOUR BY FOUR などが、他の CD とは低音が異なるバランスになっていて、前述したようなスピーカで聴くことを想定しているのでしょう。そういうソースでも、”Custom made M”で聴くと腰高にならないのです。スピーカでは、再生が難しいその下の帯域が十分延びているだけでなく、応答が速いため、その帯域が上の低域を支えているのです。ですから、応答が遅れて膨らんだ大型スピーカの低音とは異なる、生の迫力を感じます。この音と同じクオリティーを出すためには、何億という金を掛けた建築物とそれに埋め込まれた特注のドライバーを持ってしてでも勝るかどうかわからないほどです。

注:Custom made Mとは、この方が丹羽に特注したミニフォンです。

 

 丹羽は2001年5月に他界しましたが、20年以上前に作られた製品が、現在でもこれほど高く評価されていることに驚き、早速ブログの管理人と連絡をとりました。管理人のメールアドレスが公開されていない為、この件をブログのコメント欄に書いたところ、これを読んだ別のミニフォンの愛用者から私に連絡があり、またまた大変驚きました。この方とはその後メールで交流があり、私の持っている初期型のミニフォンと、この方の所有している最終モデルとの比較などをして頂くことになり、明日お会いすることになりました。

 当時の丹羽に言わせれば、自分は音楽愛好家なのに、どのスピーカーで聞いても満足できず、仕方がないから自ら作るしかなかったと言っていました。例えば音の情報を詳しく知ろうとすれば、耳を傾けるという言い方の通り、頭を90度回転させ、音のする方に片耳を向けると圧倒的に情報量が多くなることは、御存じの通りです。腕時計のカチカチ音を確かめる時、時計を耳に当てるのと全く同じです。それだったら音楽もすべての情報を直接耳に入れれば、もっと音楽が楽しめる筈だという発想がヘッドフォン開発のきっかけだったように思います。ただこの聴き方だと情報量は豊かですが、音楽が頭の中心で聞こえます。そこで最終的にはクロスフィード方式による前方定位を研究し製品化しました。(私には技術的なことは分かりません)

 コンデンサー型と通常のスピーカーとの差異については別の機会に書いてみたいと思いますが、「スピーカーは音楽を汚す事夥しく一切聴かない」というのが丹羽の口癖でした。家にはテレビやラジオなど音の出るものは一切置きませんでした。これは意地でもあったと思います。

 丹羽は研究のため自らの全財産を開発につぎ込み、姉の経済的苦労は大変だったようです。フォンテック リサーチは利益をもたらすのが目的の会社ではなかったのです。常に開発し続けていました。言い方を変えれば道楽です。よくHomo ludensという言葉を口にしていました。しかしこの研究により20数年後にも数名の愛用者がいるという事実に、私は嬉しくもあり、羨ましい思いです。道楽もここまでくれば本望です。
P.S. これは暫く前に書いた原稿で、ブログとして公表するかどうか迷っていたのですが、ある方からフォンテックのことや丹羽のことをブログに書いてほしいという要望があったので、姉には事後承諾ということでアップロードしました。

車のフロントビュー比較

 中学生になった時、通学路が第2京浜国道沿いで、ここを走る乗用車を見るのが毎日の楽しみでした。その頃から車のデザインにとても興味を持ちました。まだ、国産車が殆ど走っていない時代でした。当時日本経済新聞には外車の広告がよく載っていました。その写真を切り抜きスクラップブックまで作りました。この興味は今でも変わりません。もう一度職業が選べれば、インダストリアル デザインが一番やりたかった仕事です。
 車のフロントビューは、いわば車の顔。どうしても人や動物の顔を連想します。ヘッドライトはやはり目です。車選びのかなり重要なファクターになります。いわばメーカーのアイディンティーでもあります。
 世界のメーカーで一番確立されているのはBMWでしょう。キドニーグリルといわれる2つ並んだラジエター・グリルが腎臓(kidney)のように見えることから名付けられこの顔は、だれが見てもBMWだと分かります。

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BMW 435 i

 他のメーカーでは最近のフォルクスワーゲンは比較的統一がとれています。ベンツもまずまずでしょう。
 日本のメーカーはどこも迷走しています。特にトヨタはバラバラ。最近やたらと派手で下劣なデザインが目立ちます。色といい形といい、話題性が目的なのは見え見えです。このピンクのクラウンは暴走族が乗ったら一番似合います。私は恥ずかしくて乗れません。

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トヨタ クラウン

 車は人に見せるのが目的ではないのですが、しかし乗っている人の人格が反映されます。私は目立たない外観の車がが好きです。愛車のB4は納車の時からフロントグリルを2.0GTのものに交換してもらいました。光ったものが嫌いだからです。

B4front.jpg2500cc.jpgBL9のフロントグリル                    愛車のフロントグリル
 
 4代目レガシィはのデザインで最後まで決まらなかったのがフロントのデザインだったと聞いています。最後はイタリアの工業デザイナー エンリコ・フミアに依頼したといわれますが、車全体のデザインもフミアの手が入っていると言われています。しかし飛行機を正面から見たようなフロントグリルは、好きになれません。スバルは最近発表したレヴォーグ以前までこのデザインを続けましたが評判が良くなかったのでしょう、レヴォーグ以降、次期レガシィーも3本線の入った平凡なデザインになりました。
 HONDAはグリルとヘッドライトを一体化させたデザインで統一をとろうとしていますが、まだ確立されていません。でも日本のメーカーの中では一番まとまっています。東京モーターショーで発表されたS660は軽にしてはなかなかのデザインですが、ミドシップエンジンなのに、どうしてフロントグリルがあるのでしょうか。フロントグリルがないとデザインがまとまらないのでダミーだとしたらお笑いです。
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HONDA S660 コンセプト

 マツダは口を大きく開いたようなフロントグリルで統一させようとしていますが、少し下品な感じがします。これはもともとは、プジョーのパクリなのです。プジョーは下品ではないですが(笑)。

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マツダ ロードスター
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プジョー407クーペ

 日産も親会社ルノーとの関係で定まっていません。日産独自のものとルノー風のものが混在しています。三菱も統一がとれていません。
 フロントビューは世界の一流のカーデザイナにとっても最も難しい部分です。BMWのキドニーグリルも決して優れたデザインではありません。少し古風で全体との統一は今ひとつです。
 イタルデザインのジュジャーロは運転しているとフロントよりも、リヤービューの方が目立つという逃げの発言をしています。対向車のことを忘れた近視眼的な見方です。車はまずフロントビューです。新型車が発表になるとまず見るのはフロントビュー、そのあとは全体のプロポーション、最後にリヤービューです。