不倫にまつわる5つの歴史

 私たち人間は、男女問わず生物学的にも社会的にも、複数の相手と愛し合うことができる生き物です。以下、人類が繰り返してきた「不倫」に関する豆知識です。


1.生物にとってパートナー以外との性交渉は日常茶飯事


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 哺乳類の中で、一夫一婦制=単婚を取っている種は全体のわずか3%とされています。一方、鳥類は種全体の90%が社会的に単婚とされていますが、性的には極めて乱脈であり、多重交尾やつがい外交尾は日常茶飯事だそうです。一夫一婦制を取っている29種の鳥のうち、種によっては、ヒナの70%以上が妻の浮気の子というデータも出ています。生物の世界では「不倫」は当たり前なのだそうです。

 多くの動物の交尾は数秒〜数十秒程度しかかからないので、人間のようにわざわざ人目を忍んでホテルに行ったり、時間差で退社したり、温泉旅行に行ったりする手間もかかりません。パートナーの見ていない隙、縄張りの外の藪の中で、サッと済ますことができます。


2.一夫多妻制は“ファンタジー”実は全然うらやましくない!


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 一夫多妻制の社会を「複数の女性と公然とセックスできる理想的な社会」と思っている男性も多いと思いますが、それは完全な誤りです。

 一夫多妻が認められている社会の多くでは、実際に複数の妻を持っている男性は、全体の5〜10%にすぎません。言い換えれば、「ごく一部の社会的地位の高い男性や経済的に裕福な男性が、大半の女性を独り占めしてしまう社会」「大多数の男性は、1人の相手も見つけられず、生涯にわたって独身を余儀なくされる社会」です。多くの男性にとっては、受難以外の何物でもありません。

 また、一夫多妻制にすれば浮気や不倫はなくなる、と思っている人も多いのですが、それも誤りです。2番目の妻と結婚する前に交際している期間中は、事実上の不倫です。不倫もまた一夫多妻制と同様に「伝統的」なものであり、文化や婚姻の形態にかかわらず存在しつづけるものである、と述べる歴史学者もいます。


3.メディアによって大衆娯楽化


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 実は「不倫」という言葉が現在のような意味で使われるようになったのは、比較的最近です。1957年に三島由紀夫の小説『美徳のよろめき』が出版された際は「よろめき」という言葉が流行りました。1983年にTBSのテレビドラマ『金曜日の妻たちへ』が人気を博し、既婚者の婚外での恋愛やセックスを表す意味での「不倫」という言葉が世間的にも定着しました。

 「浮気」という軽い言葉では表現したくないが、「純愛」と呼ぶのも無理があるので、それなりに誠実な関係であることが感じられる、良くも悪くも曖昧な言葉として「不倫」が用いられたのでしょう。

 1993年の日本テレビのドラマ『ポケベルが鳴らなくて』では、主人公と不倫相手の女性が当時浸透期だったポケベルで連絡を取り合う様子が描かれていました。以降、不倫のために用いられるツールは、ポケベルから携帯電話、出合い系サイト、スマホ、SNSと進化していきます。

 この数十年間、不倫はメディアによって喚起され、大衆娯楽として消費され続けています。しかし、不倫に対する個人的・社会的な防衛策が確立していない中で、ドラマや小説のネタとして不倫を消費し続ける社会は、お世辞にも健全とは言い難いでしょう。


4.恋愛が「発明」されたきっかけは不倫だった!?


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 ヨーロッパにおいて「恋愛は12世紀の発明」と言われていますが、そのベースは不倫でした。キリスト教の道徳観の支配下で、性の乱れが問題視されていた時代、純粋な恋愛を歌う「トゥルバドゥール」と呼ばれる吟遊詩人たちが登場しました。彼らは、身分の高い既婚の貴婦人たちに惹かれ、憧れました。

 これらの愛は、報われることは決してありません。しかし、それゆえに熱く燃え上がるのです。このような恋愛は、「騎士道恋愛」「宮廷風恋愛」と名づけられました。騎士にとって恋愛は、自分に試練を課し、困難を乗り越えて精神を高めていく行為でした。この騎士道恋愛が西欧的恋愛の原型です。つまり「不倫」が根底にあります。恋愛の母は不倫なのです。


5.拷問しても不倫は撲滅できなかった


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 歴史的な視点から見ると、古今東西の社会で不倫を禁止・撲滅するために様々な試みが行われたものの、それらの大半が失敗に終わってしまったことがわかります。

 婚外セックスに対しては、洋の東西を問わず、離婚や共同体からの追放だけでなく、性器切除、手足や耳鼻の切断、公開の鞭打ち刑、石打ちによる死刑、絞首刑、銃殺、水死刑、火刑などなど、目を覆いたくなるような残虐な刑罰が行われてきましたが、それでも不倫に走る人は後を絶ちませんでした。不倫の情熱や衝動は、法律も宗教も社会規範も軽々と飛び越えてしまうのです。

(原典:はじめての不倫学  坂爪 真吾著……TABIRABOより)
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3度目のロサンゼルス個人旅行

 一昨年にロサンゼルス旅行を計画し、9月に行く予定でしたが、夏の暑さで体調が優れず断念してしまいました。もう一つのの理由は、円安政策で、しかも原油が高騰し、安いチケットが入手できなかったからです。

 ところが最近の原油価格の下落で、燃油サーチャジの追加料金がかからなくなったため、航空券も安く入手できるようになりました。最安値は5月のゴールデンウイーク後で、羽田国際空港発のアメリカン航空及びデルタ航空のチケットが4万円台で購入できます。

 どちらも深夜便ですが、ロサンゼルス到着時刻を考えて1時間早く到着するデルタ航空を選びました。料金の内訳は以下の通りです。

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 国内でも連休中は沖縄まで5万円位しますから、この価格でロザンゼルスが往復できるのは驚きです。

 以前の計画ではエアバスB380に一度乗ってみたくて、シンガポール航空で行く予定でしたが、成田空港よりも羽田空港の方が交通の便がよく、自宅からおよそ1時間で国際線旅客ターミナルに着きます。デルタ航空の機材はBowling767で226席の双発の比較的コンパクトなジェット機です。



 チケットが購入できたので、レンタカー及びホテルも予約しました。いつも旅行会社の世話にならないので、PCを使って2時間位で旅行の準備が整いました。アメリカ旅行ですから、もちろんESTAの申請も済ませました。あとは国際運転免許証が必要なのですが、国際運転免許証習得の代わりとして、運転免許証の翻訳証を作成するサービスがあります。日本運転免許証の翻訳文書として使えます。ただし翻訳証は発行日から90日間有効で、同一レンタカー会社でしか使えません。これも郵送で手配でき、費用も安いので、わざわざ運転免許センターに行かなくて済みます。

 今回は約1週間の滞在なので、航空券よりも現地滞在費のほうが高くつきます。5年前の円高の時は一泊5,000程度で宿泊できた安いモーテルでも、円安ドル高のために今では8,000位します。Hampton Inn のような少し良い所に泊まりたかったのですが、食事無しで15,000なので、6泊で税込み10万円を超えてしまいます。下流老人なので一番安いSuper 8 Torrance LAX Airport Areaに宿泊することにしました。



 トーランスはロサンゼルス空港から南に16Km程のところにあり、空港から15分くらいで着きます。到着が18時過ぎなので、近いホテルを選びました。この場所から北に真っすぐ行けば、ロサンゼルス市内、ハリウッド、ユニバーサルスタジオにも行けます。また東に向かえばロングビーチ、サンセットビーチ、ニューポートビーチへも行け、結構便利なところです。

 まだ1ヶ月以上先の話ですが、旅行先からも毎日欠かさずブログを更新する予定です。

われは生きて汝を楽しません、わが心よ(BWV 145)

 復活祭第3日目に聴くこの曲は、1729.4.19ライプツィヒで初演されたと推測されていますが、直接伝承されたものではなく、19世紀初頭に作成されたスコアによって伝えられています。全曲で10分以内で演奏される短いカンタータです。

(1725年の作品は現存しません)


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 作詞はピカンダーで、いわゆる「ピカンダー年巻」の第1曲になります。ピカンダーとは本名はクリスティアン・フリードリッヒ・ヘンリーツィで、本職は公務員ですが、「マタイ受難曲」や「コーヒーカンタータ」の台本作者でもあります。

 当日の福音書の朗読箇所は、復活したイエスがエルサレムで弟子たちの前に現れたことを述べたルカ福音書です。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ&合唱団、ヨハネッテ・ゾマー(S)、クリストフ・プレガルディエン(T)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。




われは生きて汝を楽しません、わが心よ(BWV 145)


1 .アリア(二重唱)テノール:イエス、ソプラノ:魂

イエス

Ich lebe, mein Herze, zu deinem Ergötzen,

わが心よ、わたしが生きるのは、あなたを喜ばせるため。

Du lebest, mein Jesu, zu meinem Ergötzen,

わがイエスよ、あなたが生きるのは、わたしを喜ばせるため。

イエス

Mein Leben erhebet dein Leben empor.

わたしの生命があなたの生命を高く引き上げる。

Dein Leben erhebet mein Leben empor.

あなたの生命がわたしの生命を高く引き上げる。

両者

Die klagende Handschrift ist völlig zerrissen,

訴えの証書は完全に破棄された

Der Friede verschalt ein ruhig Gewissen

平和は良心の安らかさを生み

Und öffnet den Sündern das himmlische Tor.

罪人たちに天国の扉を開く。

2 .レチタティーヴォ(テノール)

Nun fordre, Moses, wie du willt,

モーセよ、思うさま求めなさい、

Das dräuende Gesetz zu üben,

威嚇する律法を行使しろと、

Ich habe meine Quittung hier

わたしはこの証文に

Mit Jesu Blut und Wunden unterschrieben.

イエスの血と傷で署名した。

Dieselbe gilt,

その効力とは、

Ich bin erlöst, ich bin befreit

わたしが贖われ、解放され

Und lebe nun mit Gott in Fried und Einigkeit,

いまこそ神との平和と一致を得て生きること、

Der Kläger wird an mir zuschanden,

訴える者はわたしのところで自滅する、

Denn Gott ist auferstanden.

神は復活されたのだから。

Mein Herz, das merke dir!

わが心よ、そのことを憶えていなさい。

3 .アリア(バス)

Merke, mein Herze, beständig nur dies,

わが心よ、このことだけを常に銘記していなさい、

Wenn du alles sonst vergisst,

たとえあなたが他の全てを忘れても、

Dass dein Heiland lebend ist;

あなたの救い主は生きておられるということを。

Lasse dieses deinem Gläuben

このことがあなたの信仰の

Einen Grund und Feste bleiben,

堅い基礎であり続けるように、

Auf solche besteht er gewiss.

その上にこそ信仰は堅くあり続ける。

Merke, meine Herze, nur dies.

わが心よ、このことだけを銘記していなさい。

4 .レチタティーヴォ(ソプラノ)

Mein Jesus lebt,

わがイエスは生きておられる、

Das soll mir niemand nehmen,

わたしからそれを奪える者はいない、

Drum sterb ich sonder Grämen.

だからわたしは死んでも悲しくない。

Ich bin gewiss

わたしは確信し

Und habe das Vertrauen,

信頼を置いている、

Dass mich des Grabes Finsternis

墓の暗闇がわたしを

Zur Himmelsherrlichkeit erhebt;

天の栄光へと高めることを。

Mein Jesus lebt,

わがイエスは生きておられる、

Ich habe nun genug,

だからわたしは満ち足り、

Mein Herz und Sinn

この心と思いは

Will heute noch zum Himmel hin,

今日にも天に昇りたい、

Selbst den Erlöser anzuschauen.

みずから救い主を拝むために。

5 .コラール

Drum wir auch billig fröhlich sein,

だからわれらも喜んでよい、

Singen das Halleluja fein

ハレルヤを上手に歌い

Und loben dich, Herr Jesu Christ;

主イエス・キリストよ、あなたを賛美します。

Zu Trost du uns erstanden bist.

あなたはよみがえり、われらの慰めとなる。

Halleluja!

ハレルヤ。

                       対訳:磯山 雅


ルカによる福音書 24,36-47
 こういうことを話していると、イエスご自身が彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った。そこで、イエスは言われた。「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」こう言って、イエスは手と足をお見せになった。彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物があるか」と言われた。そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って、彼らの前で食べられた。イエスは言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、(あなたがたはこれらのことの証人となる。)

われらと共に留まりたまえ、はや夕べとなれば(BWV6)

 復活祭第2日に聴くこのカンタータは、1725.4.2ライプツィヒで初演されました。

 レンブラントの一連の絵で有名なこの情景は、ルカ福音書の中にあり、復活祭第2日目の礼拝で朗読されます。この日のために書かれた現存するカンタータは他にBWV66がありますが、このBWV6は夕暮れの詩情豊かな情景を彷彿とさせる表現によって忘れがたい印象を与えています。


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レンブラント エマオの晩餐


 「エマオのキリスト」の物語が告げるのは弟子たちがこの出来事を通じてキリストの復活を信じ、受難と死の意味の理解へと導かれたことですが、カンタータの歌詞では、夕暮れを光が闇に移行する時としての「夕暮れ」に注目し、「光」としてのイエスに「留まり給え」の願いを投げかけています。


 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮、コレギウム・ヴォカーレ・ゲント&オーケストラの演奏会録画でお聴きください。歌手はドロテー・ブロツキー・ミールズ(S)、ダミアン・ギヨン(CT)、トーマス・ホッブズ(T)ペーター・コーイ(B)です。第2曲で名手マルセル・ポンセールのオーボエ・ダ・カッチャの演奏も聞けます。




われらと共に留まりたまえ、はや夕べとなれば(BWV6)

第1曲 合唱

Bleib bei uns,

どうか私たちのところに留まって下さい、

denn es will Abend werden,

もう夕暮れが迫っておりますし、

und der Tag hat sich geneiget.

太陽も傾いてきましたので。

第2曲 アリア(アルト)

Hochgelobter Gottessohn,

いと高き祝福された神の御子よ、

laß es dir nicht sein entgegen, 

どうか拒まないで下さい、

daß wir itzt vor deinen Thron

私たちが今、あなたの玉座の前に

eine Bitte niederlegen:

差し出そうとしているたったひとつの願いを。

Bleib, ach bleibe unser Licht,

ここに、ああ、私たちの光として留まって下さい、

weil die Finsternis einbricht.

暗闇が迫ってきましたから。

第3曲 コラール(ソプラノ)

Ach bleib bei uns,

ああ、私たちのもとに留まって下さい、

Herr Jesu Christ,

主イエス・キリストよ、

weil es nun Abend worden ist,

もはや日は暮れてしまいました。

dein göttlich Wort, das helle Licht,

どうかあなたの聖なる御言葉が澄んだ光となり、

laß ja bei uns ausloschen nicht.

消えることなく私たちとともにありますように。

In dieser letzt'n betrübten Zeit

こうして世の終わりの悲しみの時を生きている

erleih uns, Herr, Beständigkeit, 

私たちに、主よ、耐え忍ぶ力を授けて下さい。

daß wir dein Wort und Sacramentど

うか私たちがあなたの言葉と愛の模範とを

rein b'halten bis an unser End.

最後まで清く保ち続けることができますように。

第4曲 レチタティーヴォ(バス)

Es hat die Dunkelheit

重苦しい暗黒が

an vielen Orten überhand genommen.

いたる所にのしかかってきた。

Woher ist aber dieses kommen?

いったいどこからこんなものが湧いてきたのか。

Bloß daher,

それはただ、

weil sowohl die Kleinen als die Großen

子供から大人まで誰もかもが、

nicht in Gerechtigkeit

正義をわきまえて

Drum hast du auch

神であるあなたの前を歩もうとせず、

den Leuchter umgestoßen.

キリストの示した愛の模範に従わないためなのだ。

vor dir, o Gott, gewandelt

それゆえ、あなたもまた

und wider ihre Christenpflicht gehandelt.

彼らを照らす燭台を取りのけてしまった。

第5曲 アリア(テノール)

Jesu, laß uns auf dich sehen,

イエスよ、あなたに目を向けさせて下さい、

daß wir nicht

そうすれば私たちは

auf den Sündenwegen gehen.

罪びとの道を歩まずに生きてゆけるでしょう。

Laß das Licht

光となった

deines Worts uns helle scheinen

あなたの言葉が私たちの上に明るく輝くなら、

und dich jederzeit treu meinen.

いつもあなたを心から信じてゆけるでしょう。

第6曲 コラール(合唱)

Beweis dein Macht, Herr Jesu Christ,

あなたの力を現して下さい、主イエス・キリストよ、

der du Herr aller Herren bist;

あなたこそすべての主に勝る真実の主であると。

beschirm dein arme Christenheit,

あなたに従う弱いキリスト者たちの信仰を保護し、

daß sie dich lob’ in Ewigkeit.

永遠にあなたを賛美させて下さい。

対訳:小林英夫訳


ルカによる福音書 24,13-35
 ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいてきて、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やりとりしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人クレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするために引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻ってきました。そして、天使が現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く予言者たちの言ったこと全てを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセと全ての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその中間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

復活祭オラトリオ「来たれ、急げ、そして走れ、急げる足よ」 BWV 249

 復活祭とは、処刑されたイエス・キリストが死後3日目に復活したことを記念する日でイースターとも言います。 復活祭は春分の後の最初の満月の日の次の日曜日で、キリストが甦ったことを記念し、春の自然の甦りを祝うお祭りです。復活の象徴の卵を食べたり、ペインティングした卵を贈り合ったりして、盛大に祝います。

 


 オラトリオとカンタータの違いを簡単に言えば、劇的な内容を持つが演劇的には演じないオーケストラ付きの声楽曲がオラトリオで、カンタータは劇的な内容を持たないオーケストラ付きの声楽曲です。

 BACHがライプツィヒのトマス・カントルに就任して2年目の1725.4.1に初演されたこの復活祭オラトリオは、羊飼いのカンタータと呼ばれる祝賀カンタータ(BWV202)の歌詞を入れ替え、レチタティーヴォを新たに書きなおして、復活祭オラトリオとして作り上げました。


 ジョン・エリオット・ガーディナー指揮、イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏会録画でお聴きください。歌手はハンナ・モリソン(S)、メグ・ブレイグル (MS)、ニコラス・ムルロイ(T)、ピーター・ハーベイB)で2013年の演奏録画です。





復活祭オラトリオ「来たれ、急げ、そして走れ、急げる足よ」BWV 249


第1曲:シンフォニア

第2曲:アダージョ   

第3曲:合唱と二重唱

 合唱

Kommt, eilet und laufet, ihr flüchtigen Füße,

来たれ、急げ、そして走れ、急げる足よ、

Erreichet die Höhle, die Jesum bedeckt!

イエスを覆う洞穴に至るまで。

 二重唱(テノール、バス)

Lachen und Scherzen Begleitet die Herzen,

笑いと冗談が心に伴う、

Denn unser Heil ist auferweckt.

我らの救い主は目覚められた。

第4曲:レチタチーフ

 アルト

O kalter Männer Sinn! Wo ist die Liebe hin,

おお冷たき男らの心よ、愛はどこに行った。

Die ihr dem Heiland schuldig seid?

救い主の恩を思う愛はどこに。

 ソプラノ

Ein schwaches Weib muss euch beschämen!

か弱き女はあなた方を恥じます。

 テノール

Ach, ein betrübtes Grämen

ああ、悲しみの極み。

 バス

Und banges Herzeleid

そして気がかりな心の痛みが。

 テノール、バス

Hat mit gesalznen Tränen

苦き涙と

Und wehmutsvollem Sehnen

哀切のあこがれで

Ihm eine Salbung zugedacht,

あの方に塗油を施したのだ。

 ソプラノ、アルト

Die ihr, wie wir, umsonst gemacht.

あなたがたもまたわれら同様、なすすべもなく。

第5曲:アリア(ソプラノ)

  Seele, deine Spezereien

魂よ、おまえの香料は

Sollen nicht mehr Myrrhen sein.

もはや没薬(もつやく)ではない。

Denn allein Mit dem Lorbeerkranze prangen,

月桂冠の輝きのみが

Stillt dein ängstliches Verlangen.

おまえの切なる願いを満たそう。

第6曲:レチタチーフ

 テノール

Hier ist die Gruft

ここに墓穴がある。

 バス

Und hier der Stein,Der solche zugedeckt.

そしてここに穴を塞ぐ石がある。

Wo aber wird mein Heiland sein?

だが私の救い主はどこに。

 アルト

Er ist vom Tode auferweckt!

あの方は死から目覚められた。

Wir trafen einen Engel an,Der hat uns solches kundgetan.

私達が会った天使がそう告げたのです。

 テノール

Hier seh ich mit Vergnügen

喜ばしくも私はここに

Das Schweißtuch abgewickelt liegen.

御汗を拭った布が丸めて置かれているのを見ます。

第7曲:アリア(テノール)

Sanfte soll mein Todeskummer,

わが死の苦しみは和らいで、

Nur ein Schlummer,

ただの眠りとなりましょう、

Jesu, durch dein Schweißtuch sein.

イエスよ、あなたの御布によって。

Ja, das wird mich dort erfrischen

まことにそれは私を元気づけ

Und die Zähren meiner Pein

私の苦痛の涙は

Von den Wangen tröstlich wischen.

慰めるように 頬を洗う。

第8曲:レチタチーフとアリオーソ(ソプラノ、アルト)

Indessen seufzen wir

しかし私たちはため息をつく

Mit brennender Begier:

燃える思いで。

Ach, könnt es doch nur bald geschehen,

ああ、どうかただすぐに、

Den Heiland selbst zu sehen!

救い主に自らお会いできれば。

第9曲:アリア(アルト)

Saget, saget mir geschwinde,

言っておくれ、私にはやく、

Saget, wo ich Jesum finde,

言っておくれ、どこでイエスが見つかるか、

Welchen meine Seele liebt!

心から愛するイエスを。

Komm doch, komm, umfasse mich;

おいで下さい、どうか、私を抱いて下さい。

Denn mein Herz ist ohne dich

私の心はあなた無しには

Ganz verwaiset und betrübt.

全く孤独で悲しみに沈むから。

第10曲:レチタチーフ(バス)

Wir sind erfreut,

私たちは嬉しい、

Dass unser Jesus wieder lebt,

私たちのイエスが生き返り、

Und unser Herz,

はじめは悲しみに融け流れた

So erst in Traurigkeit zerflossen und geschwebt

我らの心が、

Vergisst den Schmerz

苦しみを忘れ

Und sinnt auf Freudenlieder;

喜びの歌を思うのが。

Denn unser Heiland lebet wieder.

我らの救い主が蘇られたのだから。

第11曲:合唱 とアレグロ

Preis und Dank

称賛と感謝よ

Bleibe, Herr, dein Lobgesang.

留まりたまえ、主よ、あなたの誉め歌よ。

Höll und Teufel sind bezwungen,

地獄と悪魔は屈服し、

Ihre Pforten sind zerstört.

彼らの城門は陥落した。

Jauchzet, ihr erlösten Zungen,

喜び歌え、救われた舌よ、

Dass man es im Himmel hört.

天国にも聴こえるように。

Eröffnet, ihr Himmel, die prächtigen Bogen,

開け、天国よ、輝けるアーチを、

Der Löwe von Juda kommt siegend gezogen!

ユダの獅子は勝ち誇りて昇る。

                    対訳:樋口隆一


マルコによる福音書 16章 1-8

  安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。 そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。 彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。 ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。 墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。 さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」 婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。

詩篇第51番『わが罪を拭い去りたまえ、いと高き神よ』BWV1083

 26歳の若さで死の床にあったイタリアの作曲家、ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージが書き上げた『スターバト・マーテル』は、透明で至純な美しさに満たされた哀切きわまりない名作ですが、これを晩年のBACHがドイツ語版に仕立て、さらに細かな変更を加えて編曲したのがこの詩篇第51番『わが罪を拭い去りたまえ、いと高き神よ』BWV1083です。

 スターバト・マーテル(悲しみの聖母)とはわが子イエス・キリストが磔刑となった際、母マリアが受けた悲しみを思う内容ですが、BACHはその曲に懺悔の詩編をあてています。


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ジョバンニ・ベッリーニ 「ピエタ」


 BACHの行った変更は、まず主調をヘ短調とし、歌詞を旧約聖書の詩篇第51番に変更、さらに第12曲と第13曲の順番を入れ替え、第2ヴァイオリンとヴィオラのパートを加筆、声楽パートのリズム、装飾音、アーティキュレーションなどの細部にも手を加えるといったもので、いってみればシンプルな『スターバト・マーテル』を、より教会風で聴き栄えのする雰囲気に仕上げています。

 

 ディエゴ・ファソリス指揮、イ・バロッキスティの演奏会の録画でお聴きください。ファソリスらしアクセントをつけたメリハリのある演奏です。




詩篇第51番『わが罪を拭い去りたまえ、いと高き神よ』BWV1083

I: Versus 1
Tilge, Höchster, meine Sünden. deine Eifer laß verschwinden, laß

mich deine Huld erfreun.
神よ。私の罪を吹き飛ばしてください。厳しい熱情によって今ぬぐいさっ

てください。御神の手の中で安らぎを与えてください。
II:Versus 2
Ist mein Herz in Missetaten und in große Schuld geraten, wasch es

selber, mach es rein.
罪の行いと自責の念で私の心は押しつぶされています。どうぞ洗い清めて

ください。
III: Versus 3
Missetaten, die mich drücken, muß ich mir itzt selbst aufrücken;

Vater, ich bin nicht gerecht.
罪の行いは私を押しつぶしそうです。天の父の前で認めます。

私は罪を犯しました。
IV. Versus 4
Dich erzürnt mein Tun und Lassen, Tun und lassen mußt du hassen,

weil die Sünde mich geschwächt.
私の行いと罪から守ってください。行いと罪の当然の結果に苦しみ、私は

弱っています。
V: Versus 5
Wer wird seine Schuld verneinen oder gar gerecht erscheinen? Ich

bin doch ein Sündenknecht.
自分の罪の結果を拒否することができるだろうか。自分が正しかったと思

うことができるだろうか。真実は、私は罪の奴隷となっています。
Versus 6
Wer wird, Herr, dein Urteil mindern oder deine Strafe hindern? Du

bist recht, dein Wort ist recht.
主よ。誰があなたの裁きから逃れ、地獄から隠れることができるであろう

か。あなたは公正なお方であなたのことばは公正です。
VI: Versus 7
Sieh, ich bin in Sünd empfangen, Sünden hab ich hier begangen,

seit daß ich geboren ward.
ああ、罪の中で私は身ごもられ、生まれた時から罪の行いをしてきまし

た。
VII: Versus 8
Sieh, du willst die Wahrheit haben, die geheimen Weisheitsgaben

hast du selbst mir offenbart.
ああ、あなたは真実を与えられました。全ての隠された智恵の賜物は真実

によってはっきりされます。
VIII: Versus 9
Wasche mich doch rein von Sünden, daß kein Makel mehr zu finden,

wenn der Isop mich besprengt.
私をそむきの罪から清めてください。唯一つの汚れも見つからないよう

に、私をヒソップで清めてください。
IX: Versus 10
Laß mich Freud und Wonne spüren, laß mich fröhlich triumphieren,

wenn das Kreuz mich hart bedrängt.
喜びと楽しみを感じさせてください。十字架によって完成された勝利の歌

を歌わせてください。
X: Versus 11
Schaue nicht auf meine Sünden, tilge sie, laß sie verschwinden.

Geist und Herze mache neu.
私の間違いを見ないでください。それを吹き飛ばし、消してください。心

と魂を新しくしてください。
Versus 12
Stoß mich nicht von deinen Augen, und soll fort mein Wandel

taugen,o, so steh dein Geist mir bei.

あなたのビジョンから私をはずさないでください。聖霊様のお働きによっ

て私の行いはよくなります。
Versus 13
Gib, o Höchster, Trost ins Herze, heile wieder nach dem Schmerze,

rüst mich aus mit deinem Geist.
私の心を慰めで満たし、困難の中 完全に修復してください。私を聖霊様

の力によってお守りください。
Versus 14
Denn ich will die Sünder lehren, daß sie sich zu dir bekehren und

nicht tun, was Sünde heißt.
全ての罪びとがそうであるように、私も変えられ、二度と同じ間違いをし

ないように願います。
Versus 15
Laß, o Tilger meiner Sünden, alle Blutschuld gar verschwinden. daß

mein Loblied, Herr, dich ehrt.
私の間違いを破壊してくださる方、罪を消してください。私は主に向かっ

て賛美を捧げます。
XI: Versus 16
Öfne Lippen, Mund und Seele, daß ich deinen Ruhm erzähle, der

alleine dir gehört.
私のくちびると口と霊を開け、私が唯一の神がしてくださったことを伝え

ます。
XII: Versus 17
Denn du willst kein Opfer haben, sonsten brächt ich meine Gaben;

Rauch und Grand gefällt dir nicht.
生贄をあなたは捜しておられません。私は主への捧げものを持っていきま

す。煙と火によって満足されません。
Versus 18
Herz und Geist, voll Angst und Grämen, wirst du, Höchster, nicht

beschämen, weil dir das dein Herze bricht.
心と魂はあなたを恐れています。至高のお方、混乱されないでください。

あなたの心をわける原因になります。
XIII: Versus 19
Laß dein Zion blühend dauern, baue die verfallnen Mauern, alsdann

opfern wir erfreut.
シオンが永遠にあり、繁栄しますように。落ちた塔をもう一度建て直して

ください。私達は喜びを捧げます。
Versus 20
Alsdann soll dein Ruhm erschallen, alsdann werden dir gefallen

Opfer der Gerechtigkeit.
そしてあなたの栄光が響きます。そして真の義の子としての喜びを御前に

捧げます。
XIV:Amen

アーメン

ヨハネ受難曲(BWV245)

 今日は教会暦の聖金曜日で、復活祭前の金曜日にキリストの受難と死を記念する日です。プロテスタントの教会でもこの日は特別な典礼を行います。16世紀以降、ドイツのルーテル派教会では一年のうちでもっとも重要な日で、聖餐を受けるべき日とされ、受難曲などが教会で演奏されてきました。

 受難曲は、新約聖書のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書に基づくイエス・キリストの受難を描いた音楽で、BACHは聖金曜日のためにすべての福音書に基づく受難曲を作曲したと言われますが、現存するのはマタイ受難曲とヨハネ受難曲のみで、マルコ受難曲は歌詞のみ残され、音楽は失われてしまいました。


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サルバドール・ダリ「十字架の聖ヨハネのキリスト」部分


 今日はヨハネ受難曲(BWV245)を聴くことにします。BACHがライプツィヒのトーマス・カントルに着任して初めて迎える聖金曜日、1724.4.7に初演されました。この年の2月13日の礼拝を最後に、カンタータの作曲を休止してこの受難曲の作曲に充てたといいます。その後、少なくとも3回、ヨハネを改訂しつつ再演しています。現在の演奏は1749年稿で行われています。なお、ヨハネ受難曲の台本は誰の手によるものか判明していません。


 フランスのカウンター・テナーで指揮者のラファエル・ピションが2005年に設立したアンサンブル・ピグマリオンの演奏会の録画でお聴きください。歌手はレイラ・クレア(S)、ダミアン・ギヨン(CT)、ウェルナー・グーラ(T、福音史家)、エミリアーノ・ゴンザレス・トロ(T)、コンスタンチン・ウルフ、ベネディクト・アーノルド (B)です。



ヨハネ受難曲の筋書き

 裏切り者の使徒ユダが、ユダヤ教の祭司や兵士たちを引き連れてイエスのところへやって来るところから始まります。最初からイエスの身に危険が及ぶ場面です。そしてイエスが「誰を探して いるのか」と問い、捕まえる者たちが「ナザレのイエスだ」と言うと、イエスは「それは私だ」と答えます。それから使徒ペテロが剣を振り回して抵抗し、祭司の手下の耳を切り落としますが、イエスが諌めます。

 イエスは捕まって縛られ、ユダヤ教の大祭司のところへ連れて行かれます。そしてその先で、同行していたペテロが女中に「あなたもあの人の弟子の一人ですか」と聞かれ、違うと答えます。それからイエスは平手打ちを食らう一方、ペテロは三回目のイエス否認の直後に鶏が鳴くのを聞いて、イエスの予言を思い出して激しく泣きます。

 その後イエスはローマの総督ピラトのところに連れて行かれ、「おまえはユダヤ人の王か?」と聞かれます。神の国について人々に教えを説いてきたからです。イエスは「この世の国の王ではない」と答えますが、ユダヤ教徒たちのある者はイエスを聖書が予言するキリストとは認めず、自分たちの権威を失墜させないために彼を抹殺したかったので、イエスがユダヤの王を自称していると主張していたのです。当時ユダヤ州はローマ帝 国の支配下にあり、王はローマ皇帝(ティベリウス)以外にあり得なかったため、ユダヤの王だと自称すれば罪になるということなのです。やりとりが詳しく述べられ、ピラトは裁きたくないのに処刑へとなだれ込んで行きます。バラバのエピソードが語られ、そして十字架にかけられます。


ヨハネ受難曲 第一部 歌詞対訳

ヨハネ受難曲 第二部 歌詞対訳

“食べる順番”でダイエット、会席料理は理にかなった先人の工夫

 確実に体重を落としたいのなら、運動だけでは難しいというのが、今のダイエットの常識です。肥満の原因は、食後の血糖値の過剰な上昇が中性脂肪の蓄積を招くことも広く知られるようになりました。

 そこで現在流行しているのが、糖質制限などの血糖値のコントロール。しかし食べたいものを我慢するのはつらく、極端な食事制限をしてダイエットに成功したとしても、ストレスを溜めてリバウンドしては元も子もありません。そこで、いつものメニューでも、食べる順番で痩せるというダイエット法も注目されています。

 野菜を米飯より先に食べると、食物繊維の働きによって、小腸で糖の吸収が穏やかになり、血糖値の急上昇が抑えられることは知られていました。この科学的根拠が昨年12月、欧州糖尿病学会機関誌『Diabetologia』(電子版)に学術論文として掲載されました。


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「ご飯が最後」が糖の吸収を穏やかにする

 この研究発表をしたのは、関西電力医学研究所のグループ。食事の「食べる順番」を調整して、米飯の前に肉や魚を摂ると、胃の運動が緩やかになり、食後の血糖値の急上昇を改善できることがわかったといいます。つまり、同じメニューであっても、食べる順番を意識することで、糖尿病や心血管疾患の予防などにつながる可能性が示されたのです。

 研究グループは2型糖尿病の患者12人と健康な10人を被験者として、米飯を先に食べた場合と、魚(サバの水煮)か肉(牛肉の網焼き)を米飯の15分前に食べた場合について、それぞれ食後4時間までの血糖値の変動を調べました。

 すると糖尿病患者も健康な人も、血糖値の上昇率は「米飯を先」に食べた場合比べて、「魚を先」に食べた場合が約3割、「肉を先」に食べた場合が約4割低くなり、血糖値の変動が緩やかになりました。

 さらに、肉・魚どちらの場合も「インクレチン」という消化に関わるホルモンが、食後30分で通常の約2倍分泌していました。この影響を受けて胃の動きが緩やかになったため、米飯が消化されて小腸で吸収されるまでの時間が約3倍にも長くなっていたといいます。

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 今回の研究で、「最初に野菜、次に肉や魚、最後に米飯という順番にすれば、より効果的に血糖値を抑えられることがわかった」と、矢部大介副所長(糖尿病学)は述べています。近年、提唱されてきた「食べる順番ダイエット」に、より医学的な裏付けができたと考えられます。


会席料理の順番が理想的

 「食べる順番ダイエット」は、和食の代表である会席料理にも通じているといいます。研究グループによると「食物繊維の豊富な先付け(前菜)に始まり、タンパク質や脂質の供給源として 向付(刺身)、 鉢物(焼き物)などがふるまわれ、最後に米飯や果物が供される会席は、食後血糖の上昇を抑制するための古来の創意工夫」だという。和食のヘルシーさの根拠がまたひとつ示されたといえるかもしれなません。

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 では体重を落としたい人は食事をどう食べるといいのか? 定食では、先に汁物を飲んで空腹を落ち着かせてから、野菜・きのこ・海藻などの副菜に箸を付け、肉や魚の主菜をいただき、最後に米飯や麺という順序で食べるのが効果的。

 丼物でも汁物やサラダを食べてから、丼の具に半分ほど手を付け、最後に残りの具でご飯をいただくことで、「食べる順番ダイエット」を実践できます。

 そして大切なのは、食事途中で満腹感が得られるように、よく噛んでゆっくり時間をかけて食べること。最後に回したご飯が食べきれなくなったら、さっと食事を切り上げてしまいましょう。それにより無理なく“食べすぎ”も回避できるはずです。

(HealthPressより)

ディエゴ・ファソリス & イ・バロッキスティ

 ディエゴ・ファソリスはスイス生まれのオルガンニストで指揮者です。チューリッヒ音楽学校で作曲家でありオルガン奏者でもあるハンス・フォーレンヴァイダーに学び、イタリアのクレモナで古楽をオルガニストのミカエル・ラドゥレスクに教えを受けました。1998年からイアタリアのバロックアンサンブル、イ・バロッキスティの指揮者を務めています。


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 また、1995年スイスにも古楽アンサンブル・ヴァニタスを設立し、BACHのカンタータの演奏も手がけています。

 ファソリスの演奏は、ドイツ的構築と伝統的で普遍性を持ちつつスピード感があり、常に新鮮な印象を与え続けてています。


 最初にブランデンブルク協奏曲第3番ト長調(BWV1048)を演奏の録画でお聴きください。特に第3楽章は、今まで聴いたことのない鮮烈ともいえるアクセントとテンポの速い演奏に少し驚くかもしれません。



 トリオ・コンチェルトともいわれるフルート、ヴァイオリン、チェンバロのための協奏曲イ短調(BWV1044)は、速いテンポと強烈なアクセントが印象的です。



 管弦楽組曲第2番ロ短調(BWV1067)は動画を見ながらお聴きください。チェンバロを演奏しながらの指揮は、トン・コープマンの乗り乗り感とは対照的なキビキビした演奏です。



 オランダ中心の古楽演奏を聴いてきた感覚からすると、ファソリスの演奏スタイルはアゴーギクはもちろん、強弱以外のアーティキュレーションさえも拒絶するように思えます。メンバーの演奏テクニックも含めて素晴らしい演奏なのですが、なぜか聴く方も緊張感を強いられているようで長時間聴いていると少し疲れます。

 次の動画でブランデンブルク協奏曲が全曲聴けます。


がんリスクを下げる? 5つの食べもの

 がんを防ぐ究極の食べ物は、今のところ見つかっていいませんが、がん予防の鍵となるのは、栄養価の高い食品をバランス良く食べることです。

 なかでも、ここで紹介する5つの食品は効果が高いと考えられています。健康にいいだけでなく美味しい食べ物ばかりです。ぜひ毎日の食事に取り入れましょう。


芽キャベツ、ケール、カリフラワーなど


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 「カリフラワーなどアブラナ科の野菜は、結腸がんのリスクを減らす可能性がある」とシアトルのフレッド・ハッチンソンがん研究センター・がん予防プログラム副部門長ジョアンナ・ランペ博士は述べています。消化する時に生成されるイソチオシアネートと呼ばれる化合物が、がん細胞が自滅するよう働きかけたり、発がん物質の処理や除去を助けたりするそうです。


コーヒー


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 コーヒーは、脳腫瘍や口腔がん、咽頭がんのリスクを減らす可能性があると言われていますが、それは抗酸化物質とポリフェノールに層状効果によるものだと考えられています。学術誌「Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention」に掲載された研究では、1日に5杯以上のコーヒーまたは紅茶を飲むと、グリオーマや脳腫瘍の発生リスクが減る可能性があることが明らかになりました。

 また別の学術誌「American Journal of Epidemiology」に掲載された研究によれば、1日に4杯以上のコーヒーを飲む人は、飲まないもしくは時々飲む人と比較して口腔がんや咽頭がんのリスクが49%低いことが観察されました。


ギリシャヨーグルトやカッテージチーズ、スムージー


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 キーワードはカルシウムです。牛乳やヨーグルトにはカルシウムがたくさん含まれています。医学誌「アナルズ・オブ・インターナル・メディシン」に掲載された約20万人の女性を対象とした研究では、食事やサプリメントで多くのカルシウムを摂取する女性は、結腸がん発生のリスクが30%低かったといいます。

 また、別の研究でも、1日に800〜1000mgのカルシウムを摂取する女性の結腸がんリスクは、1日に400〜500mgの女性と比較して約28%低かったそうです。

 カルシウムにどんな抗がん作用があるのか専門家たちも正確にはわかっていませんが、1つの可能性としては、細胞分裂が制御不能になるのを防止する可能性が指摘されています。ただし、カルシウムの大量摂取は前立腺がんのリスクを増加させる可能性もあるので、男性は気をつけた方がよさそうです。


イタリア料理や地中海料理


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 昔ながらのイタリア料理や地中海料理にたくさん使われるニンニクに、抗がん作用があると考えられています。ニンニクががんを予防するというと、迷信のように聞こえるかもしれなません。しかし研究で、ニンニクやタマネギなど、ネギ属の野菜をたくさん摂取すると、胃がんや結腸がん、腸がん、膵臓がんさらには頭頸部がんのリスクが減る可能性が示されています(がんの原因物質生成を抑止する効果があると考えられています)。

 どれくらいの量を摂取すれば効果があるのかはわかっていませんが、世界保健機関のガイドラインによると、1日1片から始めるのが良いそうです。それで多いと感じる場合は、ニンニクをすりおろし、熱を加える前の段階で野菜炒めに加えます。次第に慣れていくでしょう。


トマト


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 医学誌「Journal of the National Cancer Institute」に掲載された研究によると、トマトやトマト製品(ソースやペーストなど)をたくさん摂取すると、肺がんや胃がん、さらに膵臓がん、結腸がん、直腸がん、食道がん、口腔がん、乳がん、頸がんのリスクを押し下げる可能性があります。

 アメリカ・イリノイ州立大学の食品科学・人間栄養学部でトマトの研究をしているジョン・アードマン博士は、抗酸化作用を持つリコピンが最も効果的な成分ですが、それ以外にも抗がん作用をもつ成分が含まれていると話します。アードマン博士は週に2〜4個の摂取を勧めています。

(The Huffington Post より転載)