新たに生まれしみどり児(BWV122)

 この作品は降誕祭後第1主日、1724.12.31にライプツィヒで初演された、キリスト降誕による救済と新しい年の訪れを祝うキュリアスク・シュネーガス作詞の同名のコラールに基づくたカンタータです。今年は降誕祭後第1主日が巡って来ないので、初演と同じ12.31に聴くことにします。


無題.jpg


 初演された翌日には大規模な新年用のカンタータを控えて、演奏者のの負担を少なくする工夫がなされています。このカンタータの聴きどころは、限定された条件の中で見事な作品を生み出したところにあります。


 1991年ハンガリー、ブダペストに設立されたオルフェオ・オーケストラ、指揮ジェルジ・ヴァシェギの演奏でお聴きください。歌手はエスズター・バログ(S)、ピーター・メーサーロシュ(T)、Domonkos BLAZSÓ(B)です。





新たに生まれしみどり児(BWV122)

第1曲 合唱

Das neugebor’ne Kindelein,

生まれたばかりの幼な子が、

 das herzeliebe Jesulein,

 愛らしい幼いイエスが、

bringt abermal ein neues Jahr,

また新しい年を連れてくる、

 der auserwählten Christenschar.

 選ばれたキリストに従う者たちの群れに。

第2曲 アリア(バス)

O Menschen, die ihr täglich sündigt,

おお、人々よ、日々罪にまみれて暮らす者たちよ、

 ihr sollt der Engel Freude sein.

 天使たちと喜びをともにしなさい。

Ihr jubilierendes Geschrei,

天使たちの喜びの叫び声は、

 das Gott mit euch versohnet sei,

 神があなたたちと和解して下さるという、

 hat euch den süßen Trost verkündigt.

 甘い慰めをあなたたちに知らせているのです。

O Menschen, . . .

おお、人々よ、. . .

第3曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

Die Engel, welche sich zuvor vor euch,

天使たちは、かつてはあなたたちを

 als vor Verfluchten, scheuen,

 まるで呪われた者のように避けていましたが、

erfüllen nun die Luft im höhern Chor,

今や、天上の合唱隊となって空を満たし、

 um über euer Heil sich zu erfreuen.

 あなたたちの救いを喜んでいるのです。

Gott, so euch aus dem Paradies

神は、かつてあなたたちを楽園での、

 aus englischer Gemeinschaft stieß,

 天使にも等しい交わりから追放しましたが

läßt euch nun wiederum auf Erden,

今や再び、地上にあるあなたたちに、

durch seine Gegenwart,

御自身の姿を現わして、

 vollkommen selig werden:

 完全な幸福へと招いておられるのです。

So danket nun mit vollem Munde

それゆえ、言葉を尽くして感謝しなさい、

 vor die gewunschte Zeit im neuen Bunde.

 新しい契約の希望の時が満ちたことを。

第4曲 アリア三重唱(ソプラノとテノール)とコラール(アルト)

-Ist Gott versöhnt und unser Freund,

-神は人間と和解し、私たちの友となった、

O wohl uns, die wir an ihn glauben,

おお、何と幸いなことか、神を信じる私たちは。

-was kann uns tun der arge Feind?

-邪悪な敵とて私たちに対して何ができよう、

sein Grimm kann unsern Trost nicht rauben;

いくら怒っても私たちから慰めを奪えはしない。

-Trotz Teufel und der Höllen Pfort’,

-悪魔も地獄の門も何するものぞ、

ihr Wüten wird sie wenig nützen:

彼らがいかに猛り狂っても無駄なこと。

-das Jesulein ist unser Hort.

-幼いイエスが私たちの盾となったのだから、

Gott ist mit uns und will uns schützen.

神は私たちとともにおられ、私たちを守っている。

第5曲 レチタティーヴォ(バス)

Dies ist ein Tag, den selbst der Herr gemacht,

今日こそ、神御自身がお作りになった日、

 der seinen Sohn in diese Welt gebracht.

 神の御子がこの世に生まれてきた日。

O sel’ge Zeit, die nun erfüllt!

おお、今や幸いの時が満ちる。

O glaubig’s Warten, das nun mehr gestillt!

おお、信じて待つ心が今まさに静められる。

O Glaube, der sein Ende sieht!

おお、信仰はその目的地を見る。

O Liebe, die Gott zu sich zieht!

おお、愛が神を引き寄せる。

O Freudigkeit, so durch die Trubsal dringt

おお、喜びは悲しみを通り抜け、

 und Gott der Lippen Opfer bringt.

 神に唇の捧げ物(讃美の歌)を捧げる。

第6曲 コラール(合唱)

Es bringt das rechte Jubeljahr,

今まさに喜びの年が明ける、

 was trauern wir denn immerdar?

 もはや何を悲しむことがあるだろう。

Frisch auf! itzt ist es Singenszeit,

心をを新たにせよ、今こそは歌うべき時、

 das Jesulein wend’t alles Leid.

 幼いイエスがすべての憂いを除いて下さる、と。

                       小林 英夫 訳


ルカによる福音書 2章 33-40

 父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」 また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。 親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。

スポンサーサイト

神に賛美を、今や年は終わりゆき(BWV28)

 このカンタータは、降誕最後第1主日の1725.12.30、ライプツィヒで初演されましたが、降誕最後第1主日教会暦に現れないことが多いので、今日聴くことにします。

 エールトマン・ノイマイスターの台本によるカンタータで、年の替り目にあたっての神への賛美と感謝を綴っています。


無題.jpg


 この曲の特徴は合唱曲とアリアの位置が逆転され、アリアが曲の冒頭に置かれています。きびきびとした曲想のソプラノのアリアが、美しさの中にあわただしさを秘めて進行する様は、年の瀬というイメージを感じさせます。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、デボラ・ヨーク(S)、ボグナ・バルトシュ(A)、イェルク・デェルミュラ (T)クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。





神に賛美を、今や年は終わりゆき(BWV28)

第1曲 アリア(ソプラノ)

Gottlob! nun geht das Jahr zu Ende,

神に讃美あれ、今や年の瀬を迎えて、

 das neue rücket schon heran.

 新年がすぐそこまで迫っています。

Gedenke, meine Seele d’ran:

静かに思い返しなさい、私の魂よ、

wieviel dir deines Gottes Hände

どれほど多く、あなたのために神の手が、

im alten Jahre Gut’s getan!

 この一年、良いことをして下さったかを。

 Stimm ihm ein frohes Danklied an,

神に喜ばしい感謝の歌を奏でなさい、

so wird er ferner dein gedenken,

そうすれば神はこれからもあなたを心に留め

 und mehr zum neuen Jahre schenken.

 より多くのものを新しい年に下さるでしょう。

第2曲 合唱

Nun lob, mein Seel, den Herren,

さあ、主を讃美せよ、私の魂よ、

 was in mir ist, den Namen sein!

 私の内にあるものはみな、主の名をたたえよ。

Sein Wohltat tut er mehren,

主はその恵みを増し加えて下さる、

 vergiß es nicht, o Herze mein.

 その恩を忘れてはならない、おお、私の心よ。

Hat dir dein Sünd vergeben,

あなたの罪は赦され、

und heilt dein Schwachheit groß,

 あなたの重い病は癒される。

errett dein armes Leben,

あなたの惨めな生命は救いを受け、

nimmt dich in seinen Schoß,

 あなたは主のふところに迎えられる。

mit reichem Trost beschüttet,

主は豊かな慰めを惜しみなく注ぎ、

verjüngt dem Adler gleich,

 鷲のように若返らせて下さる。

Der Kön’g schafft Recht, behütet,

王として正義を行使して、国内の

 die leiden in seinem Reich.

 不正に苦しむ者たちを保護して下さる。

第3曲 レチタティーヴォ~アリオーゾ(バス)

So spricht der Herr:

主はこう言われる。

Es soll mir eine Lust sein,

私は楽しみにしている、

 das ich ihnen Gutes tun soll,

 彼らに良いものを施すことを。

und ich will sie in diesem Lande

私は彼らをこの地に

 pflanzen treulich,

 しっかりと植え付けて、

von ganzem Herzen

心を尽くし、

 und von ganzer Seelen.

 魂を尽くして育てよう。

第4曲 レチタティーヴォ(テノール)

Gott ist ein Quell, wo lauter Gute fleußt;

神こそは泉、まことの慈しみの流れるところ。

Gott ist ein Licht, wo lauter Gnade scheinet;

神こそは光、まことの恵みの輝くところ。

Gott ist ein Schatz, der lauter Segen heißt,

神こそは宝、まことの祝福と呼ばれる御方。

Gott ist ein Herr, der’s treu und herzlich meinet.

神こそは主、信義と誠実を示される御方。

Wer ihn im Glauben liebt,

信仰をもって神を愛し、

 in Liebe kindlich ehrt,

 愛をもって子供のように神を敬い、

sein Wort von Herzen hört,

神の言葉に心から聞き従い、

 und sich von bosen Wegen kehrt,

 悪い道を避けて歩む者に、

dem gibt er sich mit allen Gaben.

神はすべての賜物を贈って下さる。

Wer Gott hat, der mus alles haben.

神を持つ者は、すべてを持っている。

第5曲 二重唱アリア(アルトとテノール)

Gott hat uns im heurigen Jahre gesegnet,

神は今年、私たちを祝福して下さいました、

 das Wohltun und Wohlsein einander begegnet.

 恵みと信仰とが幸福な一致に達するように。

Wir loben ihn herzlich und bitten daneben,

私たちは心を込めて神をたたえ、乞い願います、

 er woll auch ein glückliches Neues Jahr geben.

 新しい年にもまた幸福を下さいますように。

Wir hoffen’s von seiner beharrlichen Güte

私たちは神の確かな慈しみに望みをかけ、

 und preisen’s im voraus mit dankbar’m Gemüte.

 あらかじめ感謝の心を込めて讃美を捧げます。

第6曲 コラール(合唱)

All solch dein Güt wir preisen,

あなたの慈しみのすべてを私たちは讃美します、

 Vater in’s Himmelsthron,

 天の玉座におられる父なる神よ。

die du uns tust beweisen,

あなたは私たちを受け入れて下さいました、

 durch Cristum deinen Sohn,

 あなたの御子であるキリストを通して。

und bitten ferner dich:

そこでさらにお願いいたします、

 gib uns ein friedlich’s Jahre,

 私たちに平和な一年を与えて下さい。

für allem Leid bewahre

すべての憂いから私たちを守り、

 und nähr uns mildiglich.

 優しく私たちを養って下さいますように。

                    訳詞:小林 英夫


ルカによる福音書 2,33-40

 父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています-あなた自身も剣で心を刺し貫かれます-多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。

 親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。

爆食で日本危機、世界の食糧奪い合いに

 総務省統計局の「世界の統計2016」によると15年の世界人口は約73億人。25年には80億人を突破するとみられています。人口増加は労働力が増えて経済を押し上げる要因になりますが、一方で地球上の資源と環境に大きな負荷をかけます。


穀物生産の半分は飼料

 世界の穀物市場をみると13年から生産量が拡大し、3年連続で豊作です。米国の農務省によると、16~17年の世界穀物生産量は25億4249万トンで史上最高を更新する見通しです。4年連続の豊作となれば供給は十分に足りていると見られますが、世界の穀物消費量は今世紀に入ってからほぼ前年を下回ることなく過去最高を記録し続けています。供給は増減産を繰り返しながら伸びてきているのに比べ、需要が均等に伸びています。

 農業は自然の影響を受け、地球温暖化などにより、以前より生産リスクが高まり、供給の推移にバラツキが出てきました。これに対して需要が均等に伸びることで、穀物価格の変動リスクが非常に大きくなりました。最近でも3年連続の豊作を受け、穀物価格は急落。12~13年の値段からみると半値以下になりました。昔は低いレベルで循環的に動いていましたが、ダイナミックに上がったり下がったりします。ますます不安定性を増して、今後需給にショックがあれば瞬間的にオーバーシュートする可能性も考えられます。



肉食文化が人類を圧迫

 中国やインドなど、新興国の経済が発展し、所得が増加したため食生活が豊かになり、肉食が増えています。飼料穀物の拡大の結果、全体の需要が均等に伸びています。畜産物1キロの生産に、その何倍もの飼料穀物が使われます。牛肉なら11キロ。豚肉なら7キロ。鶏肉なら4キロの穀物が必要です。別の言い方をすると穀物の半分は余っているが、それを豊かな人たちが食肉にして食べてしまっています。世界に飽食の人は約20億で、その一方、飢餓で苦しむ人が約10億いるとされています。毎日数万人の人が餓死しています。絶対量というより分配に問題があるといいます。

 異常気象が恒常化した近年では、不測の事態がいつ起こっても不思議ではありません。現在の食糧市場は需給にショックがあると価格が暴騰しやすい状態で、不測の事態になれば高値期待の投機マネーが入ります。すると不安心理で穀物の生産国が自国の食糧を守ろうとして輸出規制を始めます。


食糧は武器という戦略

 米国やEUは、食糧に対して日本と違う認識を持っているといいます。食糧は国を守る重要な安全保障の要で、その認識から先進国では国を挙げて農業を守っています。

1.jpg

 こうした状況の中、日本の食糧事情を眺めてみると不安になります。農林水産省の資料によると15年度の食料自給率(カロリーベース)は39%。基礎食料である穀物の自給率は28%(11年試算)と先進国の中でも際立って低い。輸入額に比べて輸出額が少なく、世界1位の農産物の純輸入国で、安全保障の要を海外に依存している状態です。

 日本の穀物生産量は1千万トン程度。対してイギリスは、人口は日本の半分、国土面積も3分の2ですが日本の倍以上の穀物を生産しています。日本が食糧生産小国で済んでいるのは、年間3千万トンの穀物を輸入しているからです。つまり穀物は不足しています。にもかかわらず、この40年間、国産は過剰といわれてきました。いわば過剰と不足が併存しているのが日本の農業の問題であり特徴です。これが消費者に“食糧は安心”という錯覚を抱かせてしまっています。


高齢者に頼る国内農業

 これまではいくらでも安く良質なものが海外から買えました。しかし、中国やインドなど新興国の需要が拡大し「そんな環境は終わった」といいます。

 改めて国内農業が見直されつつありますが、農業の衰退は止まらず、もはや消費者の期待に応える生産力はありません。農業就業人口は1990年の482万人から10年には260万人に減少。平均年齢は当時で66歳。やめたがっている農家は多いといいます。


もし、輸入ゼロになったら

 野菜や果物は作れるので、なんとかしのぐことはできますが、基礎食糧の穀物が手に入らなくなります。農水省の食料・農業・農村基本計画には、輸入ゼロになったときの食事メニューが載っていますが、イモばっかりで、まるで戦時中の話です。戦時中は甲子園球場がイモ畑になったという逸話があります。現在でも需給ショックの種はいくらでもあり、10年以内に危機的状況に陥っても不思議ではありません。

 対策のひとつは、地産地消、旬産旬消の意識を高めることだと関係者は口をそろえます。地域ごとに循環型のコミュニティーが活性化することで、国内農業を守ることにも繋がります。

(dot.より要約)

最先端のナノ医療で「がん細胞」を撃退

 公益財団法人 川崎市産業振興財団の最先端医療研究施設「ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)」が昨年立ち上がりました。そこで進むのが体内病院(In-Body Hospital)や切らない手術などのナノ医療テクノロジーの研究です。



微小なカプセル型のスマートナノマシンが血液中をパトロール

 「体内病院」とは、耳慣れない言葉ですが。簡単に言えば、微小なカプセル型のスマートナノマシンが血液中をパトロールし、常に体内を監視しながら、病気を検知するや否や、ピンポイントで病巣に狙いをつけ、自動的に治療する仕組です。

 まず、診断と治療に必要な要素技術を組み込んだ機能分子を、ウイルスサイズ(50ナノメートル)のスマートナノマシンに搭載します。スマートナノマシンは、24時間フルタイムで全身の血管中をくまなく巡回しながら、病気の予兆を見つけ、治療を行い、体外に治療情報を直ちに知らせます。つまり、体内の必要な場所で必要な時に必要な診断と治療を行うDDS(ドラッグデリバリーシステム)、それが体内病院です。

 nm(ナノメートル)は、10億分の1メートル。スマートナノマシンは、想像できないほどの超微小なカプセルです。病院に行かなくても、血液中を泳ぎまわるスマートナノマシンが病気を見つけ、治療します。まさにSF映画「ミクロの決死圏」の空想世界が現実になろうとしています。


体内病院メリットとは?

 たとえば、入院せずに通院でき、入院日数を短縮でき、難病に罹っても、日常生活を送りながら治療に専念できます。その結果、医療費の抑制にも貢献できます。つまり、医療にかかる時間、コスト、距離を意識せずに、いつでも・どこでも・誰でも、心理的・身体的・経済的な負担から解放され、自然体で健康に暮らせるスマートライフケア社会を実現する、それがiCONMが掲げる長期的なビジョンです。

 体内病院は、まず親水性と疎水性を備えた優れたナノサイズの高分子カプセル(抗がん剤内包高分子ミセル)をデザインすることから始まります。次に、高分子カプセルで抗がん剤を包む→高分子カプセルで包んだ抗がん剤をがん組織に送り込む→抗がん剤ががん組織を直撃し、副作用を抑えるという流れになります。

 この高分子カプセルの直径は、ウイルスと同じ30~100nmのミクロサイズなので、がん組織を透過して抗がん剤を患部に届けることができます。しかも、高分子カプセルは、がん組織に異物として排除されないように、表面をステルスポリマーと呼ぶ高分子で覆っています。したがって、がん組織に届いた高分子カプセルは、がん組織に向かって抗がん剤をピンポイントで放出できるわけです。

 つまり、がん組織は正常組織よりもph(水素イオン濃度指数)が低いので、phに反応した高分子カプセルが破壊されると、カプセル内の抗がん剤が放たれます。抗がん剤は、がんの細胞膜の中にだけ作用するため、その他の細胞を傷つけず、がん組織を欺いて攻撃する巧みな戦略は、まさにギリシア神話の「トロイの木馬」を彷彿とさせます。

 この高分子カプセルを活用したDDSは、効果が高く、副作用が低いことから、転移したがん、薬物耐性を獲得したがん、薬剤が届きにくい部位にできた難治性のがんやがん幹細胞にも対処できます。現在、抗がん剤を内包した高分子カプセルは、実用化に向けて複数の臨床試験が進行しています。


最終ゴールは診断と治療の両方をこなす薬剤開発の実用化

 このように、体内病院というナノ医療テクノロジーは、実に先駆的な戦略です。しかし抗がん剤を内包した高分子ミセルによるDDSは、究極のスマートナノマシンを実現する第1ステップにすぎません。診断と治療の両方をこなす薬剤の開発が最終ゴールだからです。

 今年5月、iCONM(アイコン)は、東京工業大学、量子科学技術研究開発機構と連携し、がんの悪性度を可視化するナノマシン造影剤を開発しました。

 がん組織内部の低酸素領域は、抗がん剤が届きにくく、放射線治療の効果も低いので、がんが悪性化しやすく、転移しやすいなど、がんの治療抵抗性が極めて強いという特性があります。このようなハンディを克服するべく開発されたのが、ナノマシン造影剤です。がん組織内部の低酸素領域をMRI(核磁気共鳴画像法)によって高感度に検知するナノマシン造影剤は、がん組織の病態を鮮明にイメージング(可視化)できるので、適確な病理診断につながる大きなメリットがあります。

ミセル.png

 つまり、ナノマシン造影剤は、MRI造影効果を持つマンガン造影剤と生体に安全なリン酸カルシウムを合成していることから、がん組織内部のPHの低い環境(PH6.5~6.7)に応答して溶解しやすくなります。

 したがって、ナノマシン造影剤は、血流中の環境(pH7.4)では安定していますが、がん組織内部の低いPHに応じて、ナノ粒子からマンガン造影剤を放出できます。放出されたマンガン造影剤は、がん組織のタンパク質と結合すると、MRIの強度を約7倍に増幅するため、がん組織を高感度に検出できます。

 しかも、ナノマシン造影剤は、生体検査で広く利用されている造影剤と比べて低侵襲なので、体内のあらゆる臓器や組織に適用できるだけでなく、イメージング(可視化)による病理診断技術としての実用化が大いに期待されています。


小惑星探査機「はやぶさ」のようなスマートナノマシンも出現か?

 しかし、体内病院は、もっと先を見ています。ナノマシン造影剤によって抗がん剤をがんの患部に届ける(delivery)のではなく、その場で創る(in situ drug production)研究も進められています。

 たとえば、細胞内の遺伝子に光を当て、遺伝子の機能をコントロールしてタンパク質を創る技術が開発されれば、がん組織やその周辺で抗がん剤を合成できることから、まさにリアルタイムながん治療が可能になるでしょう。

 アルツハイマー病やパーキンソン病などの難治性疾患にも適用を広げる計画もあるといいます。脳の血液脳関門は、異物を侵入させないため、薬剤が届きにくいもですが、ポリオウイルスが血液脳関門を難なくかいくぐって脳に侵入するメカニズムを活用し、脳神経細胞にまで届く薬剤の開発を狙っているといいます。

 つまり、スマートナノマシンが体内をくまなく巡りながら、患部の生体情報を収集する→体内に埋め込んだチップが疾患を判断する→疾患の情報を体外へ無線で発信する→スマートナノマシンが治療を完了して、無事帰還する。こんな小惑星探査機「はやぶさ」のようなスマートナノマシンがデビューするのも、決して夢物語ではないといいます。

 スマートナノマシンなら、細胞の上に抗原タンパク質などを自在に並べられるようになります。このような分子の集積技術など、究極のナノテクノロジーに焦点を当てたiCONM(アイコン)は、医療と工学の共同研究の先駆けとして、世界に類のない先見的なプロジェクトで、「未来の病院は自分の体内にある」といわれています。

 体内病院が実現すれば、健康で未病でも、スマートナノマシンがパトロールしてくれます。何か異変をキャッチすれば、すぐにシグナルが送られて来ます。仮に病気に罹っても、薬が体内で合成され、素早く手を打てます。知らないうちに治療が完了し、元気になっています。こんなスマートライフケア社会がすぐそこまで来ています。

(ナノ医療イノベーションセンターHP、HealthPressより)

見よ、父なる神の大いなる愛を(BWV64)

 今日は降誕祭第3日ですが、BACHがライプツィヒ就任の年1723.12.27のクリスマス第3日は、クリスマスの祝いではなく使徒ヨハネの祝日とされ、このカンタータが初演されました。イエスの愛弟子である使徒ヨハネは、ヨヘネ福音書やヨハネの手紙などを書いたとされています。


john-670.jpg


 歌詞はヨハン・クナウアーのカンタータ集の中のテキストを再編集したもので、イエスへの愛と現世否定との結びつきを表しています。また、BACHは楽譜の表紙に、第1曲の歌詞の出典「ヨハネへの手紙」を書き記しています。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ&合唱団、ドロテア・レッシュマン(S)、ボグナ・バルトシュ(A)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。
 但しこの動画は、65, 66, 67 , 68が続きます。BWV64は17:42迄です。





見よ、父なる神の大いなる愛を(BWV64)

1.合唱

Sehet, welch eine Liebe hat uns der Vater erzeiget,

見よ、いかなる愛を神は私たちに示されたかを、

daß wir Gottes Kinder heißen.

そのため私たちは神の子と称せられる。

2.コラール

Das hat er alles uns getan,

これらすべてのことを神は私たちのためになされた、

sein groß Lieb zu zeigen an.

彼の大きな愛を示すために。

Des freu sich alle Christenheit

そのことにすべてのキリスト教徒よ喜ぼう、

und dank ihm des in Ewigkeit.

そして彼にそのことを永遠に感謝しよう。

Kyrieleis.

キリエライス

3.レチタティーヴォ(アルト)

Geh, Welt! behalte nur das Deine,

去れ、この世よ!おのがものだけを保つが良い。

ich will und mag nichts von dir haben,

私はお前のものなど何も欲しくない。

der Himmel ist nun meine,

いまや天の御国が私のものなのだ、

an diesem soll sich meine Seele laben.

そこにおいてこそ私の魂は命を得る。

Dein Gold ist ein vergänglich Gut,

お前の金銀はつかの間の財産に過ぎず、

dein Reichtum ist geborget;

お前の富は借り物に過ぎない。

wer dies besitzt, der ist gar schlecht versorget.

それを持つ者は、実は恵まれない者である。

Drum sag ich mit getrostem Mut:

それゆえ私は安らかな心でこれを言うのだ。

4.コラール

Was frag ich nach der Welt

どうして私がこの世のことや

und allen ihren Schätzen,

その財宝のことを気にかけようか。

wenn ich mich nur an dir,

私はただ、おおイエスよ、

mein Jesu, kann ergötzen?

あなたのことだけを喜びとなし得るのに?

Dich hab ich einzig mir

ただあなただけを私は

zur Wollust fürgestellt;

無上の喜びとして心に思い描いた。

du, du bist meine Lust:

あなた、あなたこそが私の喜び。

Was frag ich nach der Welt!

どうして私がこの世のことを気にかけようか!

5.アリア(ソプラノ)

Was die Welt

この世が

in sich hält,

おのが内に保つものは、

muß als wie ein Rauch vergehen.

きっと煙のように消え去ってしまう。

Aber was mir Jesus gibt,

しかしイエスが私に与えてくださったもの、

und was meine Seele liebt,

そして私の魂が愛するものは、

bleibet fest und ewig stehen.

いつまでも堅固に消えずに残る。

6.レチタティーヴォ(バス)

Der Himmel bleibet mir gewiß,

天の御国は私にとって常に確かな望み、

und den besitz ich schon im Glauben.

そしてそれは信仰によって既に私のものだ。

Der Tod, die Welt und Sünde,

死も、この世も罪も、

ja selbst das ganze Höllenheer

いやたとえ地獄の軍勢といえども

kann mir, als einem Gotteskinde,

神の子である私の

denselben nun und nimmermehr

魂から、決してそれを

aus meiner Seele rauben.

奪うことはできない。

Nur dies, nur einzig dies

ただこのこと、ただこのことだけが

macht mir noch Kümmernis,

なお私の憂いとなる、

daß ich noch länger soll auf dieser Welt verweilen,

すなわち、なおこの世に生き長らえるべき定めだけが。

denn Jesus will den Himmel mit mir teilen,

それはイエスが天の御国を私と共にしようとされ、

und dazu hat er mich erkoren,

そのために私を選んでくださり、

deswegen ist er Mensch geboren.

そのために人としてお生まれになったからである。

7.アリア(アルト)

Von der Welt verlang ich nichts,

この世にはもはや望むことは何もない、

wenn ich nur den Himmel erbe.

天の御国だけが私のものとなるのならば。

Alles, alles geb ich hin,

すべてを、すべてを私は捧げよう、

weil ich genug versichert bin,

私には確かな頼みがあるのだから、

daß ich ewig nicht verderbe.

私は永遠に滅びることはないと。

8.コラール

Gute Nacht, o Wesen,

さようなら、おおこの世が

das die Welt erlesen,

選び取ったいとなみよ、

mir gefällst du nicht.

それは私にはそぐわない。

Gute Nacht, ihr Sünden,

さようなら、もろもろの罪よ、

bleibet weit dahinten,

遠く後ろに控えていよ、

kommt nicht mehr ans Licht!

もはや光の下に現れるな!

Gute Nacht, du Stolz und Pracht,

さようなら、空しい誇りと華やかさよ、

dir sei ganz, du Lasterleben,

悪徳の生活よ、お前には

gute Nacht gegeben!

きっぱりと別れを告げよう。

                対訳:葛の葉


ヨハネによる福音書 1,1-14

 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。彼は証をするために来た。光について証をするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証をするために来た。その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところに来たが、民は受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

ヨハネによる福音書 21,20-24

 ペトロが振り向くと、イエスの愛しておられた弟子がついてくるのが見えた。この弟子は、あの夕食のとき、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、裏切るのは誰ですか」と言った人である。ペトロは彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。イエスは言われた。「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」それで、この弟子は死なないと言ううわさが兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスは、彼は死なないと言われたのではない。ただ、「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか」と言われたのである。これらのことについて証しをし、それを書いたのは、この弟子である。わたしたちは、彼の証しが真実であることを知っている。

その人は幸いなり(BWV57)

 降誕祭第2日は、当時のライプツィヒに習慣では殉教者聖ステファノの祝日として、キリスト降誕に結びつけて祝われました。BACHはこの日のために3曲のカンタータを書きましたが、今日聴く曲は1725.12.26に初演されました。


pb205470.jpg


 この曲は「魂とイエスの対話曲」で、苦しみに耐えてこの世の生を終え。喜びのうちに天国に入ることが歌われ、ステファノの章句が言及されます。歌詞はワイマール時代のゲオルク・クリスティアン・レームスの歌詞集から取られたものです。


 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮、コレギウム・ヴォカーレ・ゲント&オーケストラ、ヴァシリカ・イェゾフセク(S)、ペーター・コーイ(B)の演奏でお聴きください。





その人は幸いなり(BWV57)

1.アリア(バス)

Selig ist der Mann,der die Anfechtung

「その人は幸いだ、試練を耐え忍ぶ人は。

erduldet;denn,nachdem er bewaehret ist ,

耐え抜いた時には、命の冠を

wird er die Krone des Lebens empfahen.

受けるからだ」

2.レチタティフ(ソプラノ)

Ach! diese suesse Trost

ああ、この甘い慰めは

Erquickt auch mir mein Herz,

私の心をも力づけてくれます。

Das sonst in Ach und Schmerz

さもなければ私の心は悲嘆と苦痛の中で

Sein ewigs Leiden findet

永遠の苦難に沈み

Und sich als wie ein Wurm in seinem Blute windet.

うじ虫のように血の中を、はいまわるだけなのです。

Ich muss als wie ein Schaf

私は無数の恐ろしい狼にかこまれた

Bei tausend rauhen Woelfen leben;

羊のように生きるほかありません。

Ich bin ein recht verlassnes Lamm,

まさに見捨てられた子羊のように

Und muss mich ihrer Wut

狼たちの憤怒と

Und Grausamkeit ergeben.

無惨さに取り囲まれているほかないのです。

Was Abeln dort betraf,

昔アベルの身にふりかかった苦難が

Erpresset mir auch diese Traenenflut.

私にも襲いかかって涙の河をあふれさせます。

Ach! Jesu,wuesst ich hier

ああ、イエスよ、もし私が

Nicht Trost von dir,

あなたの慰めを、今、知らなかったなら、

So muesste Mut und Herze brechen,

勇気も心も砕けてしまって、

Und voller Trauren sprechen:

悲しみのあまり次のように歌うことでしょう。

3.アリア(ソプラノ)

Ich wuenschte mir den Tod,den Tod,

私は死を、死を望みます、もしあなたが、

Wenn du,mein Jesu,mich nicht liebtest,

私のイエスよ、私を愛して下さるのでなければ。

Ja wenn du mich annoch betruebtest,

そうです、もしあなたが私をさらに悲しませる

So haett ich mehr als Hoellennot.

のなら、それは地獄にまさる苦しみです。

4.レチタティフ(バス、ソプラノ二重唱)

(バス=イエス)

Ich reiche dir die Hand Und auch damit das Herze.

私はあなたに手をさしのべさらに心も与えよう。

(ソプラノ=魂)

Ach! suesses Liebespfand,

ああ、甘美な愛の保証よ、

Du kannst die Feinde stuerzen

あなたは敵を倒し

Und ihren Grimm verkuerzen.

敵の怒りを取り除いて下さいます。

5.アリア(バス)

Ja,ja,ich kann die Feinde schlagen,

そうだ、私は敵をうち破り、

Die dich nur stets bei mir verklagen,

いつもお前を私に告発する敵をうち破る。

 Drum fasse dich,bedraengter Geist.

だからしっかりせよ、打ちひしがれた魂よ。

 Bedraengter Geist,hoer auf zu weinen,

打ちひしがれた魂よ、泣くのをやめよ、

 Die Sonne wird noch helle scheinen,

太陽はやがて明るく輝く、

 Die dir itzt Kummerwolken weist.

今はお前には悲しみの雲に隠されているが。

6.レチタティフ(バス、ソプラノ二重唱)

(バス=イエス)

In meiner Schoss liegt Ruh und Leben,

私のふところには安息と命がある、

Dies will ich dir einst ewig geben.

やがてこれは永遠にお前のものだ。

(ソプラノ=魂)

Ach! Jesu,waer ich schon bei dir,

ああ、イエスよ、今すぐにでもおそばに

Ach striche mir

いられたら!ああ、天の風が

Der Wind schon ueber Gruft und Grab,

墓穴と墓石の上を、今、吹き渡るなら、

So koennt ich alle Not besiegen.

どんな苦難にも私は打ち勝つでしょうに。

Wohl denen,die im Sarge liegen

幸いな人です、棺の中で

Und auf den Schall der Engel hoffen!

天使の軍勢を待ち望む人たちは。

Ach! Jesu,mache mir doch nur,

ああ、イエスよ、どうか私にも

Wie Stephano,den Himmel offen!

ステファノのように天を開いて下さい。

 Mein Herz ist schon bereit,

私の心は、すでに、あなたのもとに昇りゆく

Zu dir hinaufzusteigen.

準備ができています。

Komm,komm,vergnuegte Zeit!

来たれ、来たれ、満ち足りた時よ、

Du magst mir Gruft und Grab

お前は私に墓穴と墓石を示し、

Und meinen Jesum zeigen.

そこで私のイエスと会わせてくれるでしょう。

7.アリア(ソプラノ)

Ich ende behende mein irdisches Leben

この世の命をすみやかに終わって、喜びのうちに

Mit Freuden zu scheiden verlang ich itzt eben.

去ることを私は願っています。

Mein Heiland,ich sterbe mit hoechster Begier,

私の救い主よ、熱い憧れと共に

Hier hast du die Seele,

私は死にます。私の魂をお受け取り下さい。

was schenkest du mir?

あなたは何を下さいますか?

8.合唱

Richte dich,Liebste,nach meinem Gefallen

私の愛する者よ、お前の顔を、私の喜ぶ方に向けなさい、

und glaeube,

そして信じなさい、

Dass ich dein Seelenfreund immer und ewig

私が常に変わることなく

verbleibe,

お前の魂の友であり、

Der dich ergoetzt 

お前を喜ばせ

Und in den Himmel versetzt

苦難に責めさいなまれる肉体から

Aus dem gemarterten Leibe.

お前を天に救い出すことを。

                    対訳:川端純四郎


ルカによる福音書 2,15-20

 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事を全て心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰っていった。

マタイによる福音書 23,34-39

 だから、わたしは預言者、知者、学者をあなたたちに遣わすが、あなたたちはその中のある者を殺し、十字架につけ、ある者を会堂で鞭打ち、町から町へと追い回して迫害する。こうして、正しい人アベルの血から、あなたたちが聖所と祭壇の間で殺したバラキアの子ゼカルヤの血に至るまで地上に流された正しい人の血はすべて、あなたたちにふりかかってくる。はっきり言っておく。これらのことの結果はすべて、今の時代の者たちにふりかかってくる。「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる。言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言うときまで、今から後、決してわたしを見ることがない。」

私たちの口が笑いで(BWV110)

 今日は降誕祭です。この日のためのカンタータはクリスマス・オラトリオ以外に4曲残されています。この曲はダルムシュタットの宮廷詩人、ゲオルク・クリスチアン・レームスの詩集「神の心に適う教会の捧げ物」の歌詞を基にした作品で、クリスマスらしい壮大な大作です。1925.12.25にライプツィヒで初演されました。


img_10.jpg


 このカンタータの冒頭の合唱曲には、管弦楽組曲第4番MWV1069の序曲が転用されています。詩篇126「私たちの口を笑いで満たし、私たちの舌を賛美で満たそうではないか」を歌詞とするこの合唱曲は組曲にない2本のフルートが加えられ、華やかな響きを作り出しています。


 ヴィオラ・ダ・ガンバの名手、フィリップ・ピエルロが指揮するリチェルカーレ・コンソートの演奏でお聴きください。歌手はマリア・ケオハネ(S)、カルロス・メナ(CT)、ジュリアン・プレガディエン(T)、ステファン・マクラウド(B)です。





私たちの口が笑いで(BWV110)

1.合唱と重唱(S,A,T,B)

Unser Mund sei voll Lachens,

私たちの口が笑いで、

und unsre Zunge voll Ruhmens.

私たちの舌が賞賛で満たされますように。

Denn der Herr hat Grosses an uns getan.

主が私たちに大いなることをして下さったからです。

2.アリア(T)

lhr Gedanken und ihr Sinnen,

私の思いよ、私の心よ、

Schwinget euch anitzt von hinnen!

踊り立て、今、ここから!

Steiget schleunig himmelan

急いで天に昇り

Und bedenkt, was Gott getan!

神がして下さったことを思いめぐらせ!

Er wird Mensch, und dies allein,

神は人となられた。それは実に

Dass wir Himmelskinder sein.

私たち人間が天の子となるためなのだ。

3.レチタティフ(B)

”Dir, Herr, ist niemand gleich,

「主よ、あなたに並ぶ者はありません。

du bist gross, und dein Name ist gross,

あなたは大いなる方、あなたのみ名は偉大、

und kannst's mit der Tat beweisen."

あなたはそれを行いでお示しになれます」

4.アリア(A)

Ach Herr, was ist ein Menschenkind,

ああ主よ、人間は何ものなのでしょう、

Dass du sein Heil so schmerzlich suchest?

その救いをあなたがそんなにも心にかけて下

Ein Wurm, den du verfluchest,

さるとは。地獄とサタンに取り巻かれた、

Wenn Hoell und Satan um ihn sind;

あなたに呪われた蛆虫です。それでもなおあ

Doch auch dein Sohn, den Seel und Geist

なたの子どもなのです。その魂と霊をあなたは

Aus Liebe seinen Erben heisst.

愛のゆえに跡継ぎと呼んでくださるのです。

5.アリア(二重唱、S,T)

,,Ehre sei Gott in der Hoehe

「いと高きところには栄光、神にあれ、

und Friede auf Erden

地には平和、そして

und den Menschen ein Wohlgefallen!"

人々には主の喜びがあるように」

6.アリア(B)

Wacht auf! ihr Adern und ihr Glieder,

目覚めよ、血管よ、肢体よ!

Und singt dergleichen Freudenlieder,

そして歌え、私たちの神のみ心にかなう

Die unserm Gott gefaellig sein.

喜びの歌を。

Und ihr, ihr andachtsvollen Saiten,

そしてお前たち、祈りに満ちた弦よ、

Sollt ihm ein solches Lob bereiten,

神に賛美を備えようではないか、

Dabei sich Herz und Geist erfreun.

心と霊が共に喜ぶ賛美を。

7.コラール

Alleluja! Gelobt sei Gott!

「アレルヤ!神を賛美せよ!

Singen wir all aus unsers Herzens Grunde;

さあ共に心の底から歌おう!

Denn Gott hat heut gemacht solch Freud,

神は今日、私たちが片時も忘れることのできないような、

Die wir vergessen solln zu keiner Stunde.

そんな喜びを与えて 下さったのだから。」

                         訳詞:川端純四郎


ルカによる福音書 2,1-14

 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。

身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちにマリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

若い血液に「若返り効果」は存在しないことが判明!

 老化を遅らせて若さを保ったり、さらには若さを「取り戻す」ことに対して人類はかなりの執念を燃やしています。過去の研究では若い血を取り入れると自然治癒力が上がることなどが確認されていましたが、実はその説明には誤りがあり、血液そのものには若返り効果がないことが確認されました。

 近年の数々の研究により、若い血液は老化を防ぐ「万能薬」であるという考えが広まりを見せつつありますが、これに待ったをかける研究結果がカリフォルニア大学バークレー校の研究チームによって発表されました。この研究からは、若い個体の血液そのものにアンチエイジング効果が認められないばかりか、年老いた個体の血液には生き物の老化を進める物質が含まれていることも明らかにされています。



 この研究では2通りの実験が行われ、血液が個体に与える影響が確認されています。1つは「若いマウスの血液を年老いたマウスに入れる」というもので、文字どおり「若返りが可能か」と言うことが確認されたのですが、結果は「効果なし」であることが判明。その逆の「年老いたマウスの血液を若いマウスに入れる」という実験を行ったところ、若いマウスの臓器やその他の器官に問題が生じたことがわかりました。ここから、老化を引き起こすのは古い血液に含まれる何らかの物質であり、若い血液から「老化防止物質」が失われることではないことが浮き彫りになってきました。研究に携わったイリーナ・コンボイ教授は「この結果からは、若い血液そのものが薬のような効果を持っているわけではないことがわかります」と語っています。

 2005年、コンボイ教授らの研究チームは、2匹の年齢の違うマウスを「並体結合」と呼ばれる手法で血管をつなぎ、双方の血液が自由に行き来できる環境を作ることで血液が健康に与える実態を調査しました。その結果、年老いた個体の臓器に明らかな修復が見られたことから、血液を交換することで血行に対するよい影響があるものと考えられました。

 そして、この結果が一人歩きすることになったとコンボイ教授は語ります。いわゆる「若返り効果」が若い血液にあるというメディアの報道が実態以上に加熱してしまい、実際の姿がよく理解されないという状況が生じました。コンボイ教授によると、年老いた個体が享受したのは若いマウスの血液だけではなく、若いマウスが持つ肺や肝臓、その他の器官がもたらすよい効果が含まれることが見落とされていたとのこと。

 そこでコンボイ教授は新たに、双方の個体の影響が及ばない状況を作ることで、純粋に血液そのものが持つ効果を測定する手法を取り入れることにしました。その手法を用いて、双方の血液が半分ずつ入れ替えられた状態にしたマウスを1か月間飼育したのち、幹細胞や脳細胞の成長や筋細胞の修復具合など、双方の体に見られる変化を詳細に調査しました。

 すると、年老いた個体のマウスには特に顕著な変化は見られなかったのですが、若いマウスには健康状態の悪化が見られました。それぞれの器官の機能が低下し、特に脳細胞における悪影響が顕著に見られたとのこと。これはつまり、若い血液には若返り効果がなかったことがわかっただけでなく、逆に年老いた血液には若いマウスの健康状態を低下させる働きがあることが判明したことになります。コンボイ教授らは、年老いた個体の血液には、体細胞の成長を阻害する何らかの老化促進物質が含まれていると考えています。コンボイ教授はまた、これらの成長阻害物質は若い血液に含まれる物質を優越する力が備わっていることを指摘しています。

 最新の研究からは、「若い血液は若返り薬」であることが否定されたばかりでなく、「年老いた血液には老化を促進する何らかの物質が含まれる」ということが浮き彫りになってきました。今後についてコンボイ教授は、薬物によって老化促進物質を制御することになると考えているとのこと。いわゆる成人病などを引き起こす物質の働きを弱めることで老化を遅らせることができる可能性が考えられるわけですが、その解明にはまだまだ長い道のりがあるとコンボイ教授は展望を語っています。

(Popular Science―Gigazineより)

胃薬で脳卒中リスクが上昇?

 日本人に多い病気のひとつ「胃潰瘍」。ストレスが原因で起こることはよく知られていますが、これは胃が自律神経の影響を大きく受ける器官だからです。ストレスとともに、酒席が増えて暴飲暴食に陥りがちなこのシーズン、胃潰瘍を引き起こすまで至らなくとも、胃の機能が低下して胃酸が増えるなど胃に不調を感じる人は少なくありません。そこでお世話になる機会の増える胃薬ですが、先日、気になる研究結果が報告されました。



 胃潰瘍や十二指腸潰瘍、逆流性食道炎の治療薬「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」の服用で、脳卒中のリスクが高まる可能性があるといいます。今年11月に米ニューオーリンズで開催された「米国心臓協会(AHA)」の学術集会で、デンマーク心臓財団(コペンハーゲン)のトマス・スィーイステズ氏らが発表したものです。ただし、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは、予備的なものとみなされます。


逆流性食道炎の治療では一般的な薬

 PPIは胃酸の過剰な分泌を抑制し、逆流性食道炎の治療では一般的に選択される薬です。スィーイステズ氏らは、デンマーク人患者約24万5000人(平均年齢57歳)の記録を分析。全ての対象者が、胃痛と消化不良の原因を特定するための内視鏡検査を受けていました。

 約6年間の追跡期間中、約9500人に初回の脳梗塞が発生しました。PPIであるオメプラゾール、エソメプラゾール、ランソプラゾール、パントプラゾールのいずれかの服用時に、脳卒中が起こるかどうかを調べました。また、PPIと違うしくみで胃酸の分泌を抑える「H2拮抗薬(H2ブロッカー)」の服用についても確認しました。

 その結果、PPIによって全体的な脳卒中リスクが21%アップ。また、低用量のPPIを服用では脳卒中リスクは高くなく、最大用量の場合はリスクが最大でした。

 リスクの上昇度はPPIの種類にも左右され、最大用量での脳卒中リスクはランプラゾールの30%からパントプラゾールの94%まで幅がありました。

2.jpg

漫然とした使用には注意を!

 一方で、PPIではリスクが上昇したが、H2ブロッカーでは上昇せず、他のリスク因子で調整後も変わりませんでした。ただし、今回の研究では、これらの薬剤と脳卒中リスク上昇との直接的な因果関係は確立できず、関連性を示したに過ぎません。

 これの結果についてスィーイステズ氏は、「PPIは血管維持に重要な生化学物質の濃度を低減する可能性がある」とコメントしています。

 実はPPI、近年に新たな副作用の可能性が次々と指摘されています。今年、米医学誌「JAMA Neurology」では<認知症になる危険性が高まる>と報告されました。

 ドイツ神経変性疾患センターのブリッタ・ヘーニシュ氏らは、認知症のない75歳以上の高齢者約7万人を対象に調査を実施。その結果、<PPIの服用者は、服用していない人と比べ、認知症になる危険性が1.4倍高かった>といいます。

 他にも、「慢性腎臓病」にかかる危険が高まることを、米ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院のベンジャミン・ラザルス氏らが米医学誌「JAMA Internal Medicine」で報告しています。

 PPIの一般的な商品には、オメプラール、オメプラゾン、タケプロン、パリエット、ネキシウム、タケキャブなどがあり、いずれもポピュラーな薬で、服用している人も多くいます。

 前述のスィーイステズ氏は、「PPI使用者は多いため、たとえわずかなリスクの上昇であっても、考慮すべき問題といえる」とした上で、その漫然とした使用が広がっている現状に「PPIの処方には、その必要性や使用期間を十分考慮すべき」との見解を示しています。

 服用のリスクを避けるには、食生活やライフスタイルを改善する努力も求められそうです。

(HealthPressより)

コーヒー1日3杯以上のカフェインが認知症を減らす?

 1日にコーヒー3杯以上に相当するカフェインを摂取している高齢女性は、カフェイン摂取量が少ない人に比べて、その後認知障害や認知症を発症するリスクが低いことが、米国の高齢女性を対象とした研究で明らかになったといいます。


1.jpg



カフェインは認知機能の保護に役立つ可能性が示唆されていた

 これまで、動物を対象とする研究では、コーヒーに含まれるカフェインやその他の成分が、認知機能の保護に役立つことが示唆されていました。また、カフェインが、認知障害とアルツハイマー病を予防する可能性を示した実験データも報告されています。しかし、人を対象とする研究では、明瞭な結果は得られていませんでした。

 今回、米ウィスコンシン大学ミルウォーキー校のIra Driscoll氏らは、Women’s Health Initiative Memory Studyと名付けられた研究に参加した、65歳から80歳の女性を対象に、カフェインの摂取と認知障害や認知症の関係を調べました。

 最初に食物摂取頻度調査を行い、コーヒー、紅茶、コーラ飲料などの摂取習慣に基づいて1日当たりのカフェイン摂取量を推定しました。それ以降の追跡期間中には、認知機能の検査を毎年行い、1回以上検査を受けていた6467人を分析対象にしました。

 認知障害や認知症の診断には、4段階からなる診断方法を用い、第一段階は、認知機能検査(MMSE)を用いた年1回の検査で、そのスコアが認知機能の低下を示唆した患者には、第二段階として神経心理学的総合テストを行い、さらに第三段階として詳細な診察を行いました。ここで認知症の可能性が高いとみなされた患者には、第四段階となるCT検査と血液検査を行って、認知機能を低下させる他の病気ではないことを確認しました。以上の結果を専門家からなる中央判定委員会で審議して、診断を確定しました。

 追跡期間中に209人が認知症と診断され、179人が軽度認知障害と診断されており、計388人が認知機能の低下を経験していました。


平均261mgの群と平均64mgの群で認知症リスクに26%の差

 対象となった女性の1日当たりのカフェイン摂取量の中央値は175mg/日でした。この中央値に基づき、対象者を、1日当たりのカフェイン摂取量が175mg以上だった高摂取群(平均は261mg/日)と、175mg未満だった低摂取群(平均は64mg/日)に分けて分析しました。高摂取群の追跡期間は7.2年、低摂取群は6.9年になりました。

 分析の結果、低摂取群の女性に比べ、高摂取群の女性では、追跡期間中に認知症と診断されるリスクが26%低く、軽度認知障害または認知症と診断されるリスクも26%低いことが明らかになりました。また、カフェイン摂取量が多い人ほどMMSEのスコアが良好である傾向もみられました。

 今後、世界的に高齢化が進むと共に認知症の患者が増加すると予想されています。1人ひとりの女性に対するカフェインの作用は小さくても、国レベルで考えると、利益は意義のあるものになるだろうと考えられます。

 なお1日のカフェイン摂取量は、カフェインを含有する飲食物としてコーヒーしか飲まないと仮定すると、3杯でおおよそ180mgになります。


健康な成人が摂取しても安全とみなしたカフェインの量


無題.jpg


(日経Goodayより)