中高年の知能アップにはホウレンソウが効く?

 40代にもなれば、昔のように頭が働かないと感じる人は増えていきます。このまま脳は年とともにサビ付くばかりなのでしょうか。

 しかし、中高年の頭脳には、若者に引けを取らない能力があります。それは「結晶性知能」と呼ばれるものです。そもそもヒトの知能活動は、「流動性知能」と「結晶性知能」とに大別されます。


結晶性知能は60代頃にピークを迎える

 流動性知能は、計算力や暗記力、集中力、さらに状況に即座に反応し素早く判断する知的反射神経のようなもの。この流動性知能は、18~25歳くらいがピークで、その後は年齢とともに落ちていきます。

 一方、結晶性知能とは、知識や知恵、経験知、判断力など、経験とともに蓄積される知能のこで、20歳を過ぎても年齢とともにどんどん伸び、通常は60代頃にピークを迎えます。70〜80代にはなだらかに低下するものの、それでも20代に近いレベルを持続していけます。



 それならば、ヒトとしての「円熟味」にも通じる結晶性知能を磨くことのほうが、知的な人生を過ごせるはずです。そして最新の研究によると、ホウレンソウやブロッコリーなど、ごく身近な食品が、この力の維持に役立つことがわかったと、加齢医学専門誌『Frontiers in Aging Neuroscience』の2016年12月6日号で発表されました。



賢者は血中に「ルテイン」が多い

 研究を手がけたのは米イリノイ大学のチーム。今回、研究チームが注目したのは、「ルテイン」というカロテノイド色素が高齢者の知能に与える影響です。ルテインは緑色の葉物野菜や、ブロッコリーなどのアブラナ科の野菜や卵黄などに含まれますが、とりわけホウレンソウには含有量が多いそうです。

 ルテインを含む食品を多く食べると、高齢者に多い白内障などの目の病気のリスクが低減される可能性があり、また皮膚に過酸化脂質が蓄積することを防ぎ、肌のうるおいを保つ働きもあるといわれます。


1.jpg2.jpg


 そして、研究者によれば「ルテインはおそらく脳に蓄積し、脳神経を保護する役割も担っているのではないか」といいいます。

 研究チームは、65〜75歳の健康な高齢者122名を対象に、結晶性知能を測る標準的な試験(今回は特定の言葉の定義や理解力のテスト)を行いました。

 さらに血中のルテイン濃度を測定するとともに、脳の各部の体積をMRIで調べ、特に結晶性知能を保つために重要だといわれている脳の側頭皮質に焦点をあてて評価しました。

 その結果、血中ルテイン濃度の高かった人は結晶性知能の検査成績が高い傾向が見られ、その濃度の高かった人ほど右脳の「海馬傍皮質(かいばぼうひしつ)」の灰白質が厚い傾向が見られたといいます。

 「今回の分析から、右脳の海馬傍皮質の灰白質は、ルテインと結晶性知能をリンクさせている可能性が示唆されました」と主任研究者のアーロン・バーベイ教授は説明しています。

 そして「推測の域を出ませんが、ルテインが脳に良いのは抗炎症性によるものか、あるいは細胞間の情報伝達を助けているためかもしれない」とバーベイ教授。今回の知見は、特定の栄養素が脳の加齢に影響し、認知機能の低下を遅らせることを初めて示したものだといいます。


アタマの伸び代にはホウレンソウが効く?

 結晶性知能は年を重ねるごとに蓄積され、結晶化して輝きを増して行きます。情報を統合して理解する能力や分析力、コミュニケーション力なども含み、いわば人間の認知機能の総合力のようなものです。

 年齢とともに脳細胞自体の数は減っていきますが、結晶性知能が磨かれて、経験によって得た知識が連動するようになれば、より深い洞察や画期的なアイデアも誕生します。当然ながら高齢者の認知のみならず、ビジネスマンにも大切な能力なのです。

 結晶性知能は80代でも伸ばすことは可能とさえいわれています。食生活でそれをサポートできるかもしれない今回の研究は、私たちを大いに元気づけてくれます。

 ちなみに研究チームのアロン・バービー博士は論文の中で「ルテインの血中濃度が高い人は、長年にわたりルテインを食事で摂取してきた蓄積だと思われる」とコメントしています。

 つまりサプリメントに頼ったり、三日坊主はダメ。普段からホウレンソウなどの緑黄色野菜や卵をたっぷり食べる食習慣をつけ、続けることが大切です。人生の後半を知的に生きるためにも、まだ若い人も今から心がけましょう。

(Health Pressより)
スポンサーサイト

フルデジタルアンプ NFJ UPA-D152Jを購入

 パソコンを無音化してから、オンボード・オーディオのアナログ出力から、ノイズの影響が少ないUSB-DACに交換しようと模索していましたが、USB-DACヘッドアンプは数万円から数十万円と高価で、隠居老人には手が出せません。

 しかし最近は中国製の安価で評価の高いUSB-DACコンバーターやヘッドフォンアンプがが販売されています。そこでアナログの音とUSB-DACの音を比較するために、NFJ UPA-D152Jを楽天のラクマから3,480円で購入しました。


NFJ UPA-D12J.jpg


 通常はUSB-DACコンバーターからプリメインアンプに入力しますが、このNFJ UPA-D152Jは、テジタル信号をダイレクトにアンプICまで伝送し、ノイズ混入や歪みなどの音質劣化原因を極力排除するよう考慮されたフルデジタル設計で、高音質化を図ったとしています。

 搭載されているUSBバスパワーで動作が可能で、パソコンとUSBで接続してパッシブ・スピーカーをドライブできるパワーアンプが内蔵されています

nfj_h78_4.jpg

 またMCU(マイクロ・コントロールユニット)を搭載し、デジタルアンプICのトーンコントロール・電子ボリューム(32STEP)・ミュート等の調整機能を制御し、設定値の記憶保持も可能です。簡単に言えば電子ボリュームとミュート操作で、スイッチON/OFF時のポップノイズや、ボリューム・コントロールの時に出やすいバリオームやギャングエラーが出なくなります。

 理屈はともかく、従来使っていたオンボード・アナログ出力とUSB出力の音の違いを簡単にレポートします。なお使用したのは愛用しているFontek Research製のコンデンサー型ヘッドフォンminifon A-4です。このヘッドフォンはヘッドフォン出力からではなく、スピーカー出力にカプラー(写真右)を繋いで使用します。


 まだUPA-D152Jのエージングが完全に済んでいませんが、最初の印象は音色に雑味がなく、ヴェールを1枚剥がしたようなスッキリとした音でした。周波数帯域もフラットで、低音域から高音域まで素直に再生されます。 従来使っていたアナログ出力はGIGABYTEのマザーボード搭載されているRealtek ALC889 High Definition Audioで、ノイズの影響もなく大きな不満はありませんでしたが、USB-DACフルデジタルアンプで聴くと、今まで聞こえなかった楽器特有の反響音まで聞き取れます。

 しかし暫く聴くうちに音色が少し刺々しく感じるようになりました。やはり高価なUSB-DACコンバーター+プリメインアンプを使わないと、本当に良い音は出ないのでしょう。

 以上はコンデンサー型ヘッドフォンでの試聴ですが、試しに居間のテレビの下に置いてあるabee AFFINITY E101UPA-D152Jを繋ぎ、Jordan Watts Jumboピーカーを鳴らしてみました。正直この方が相性が良く、Netflixで映画を観ると、会話がこもらず明瞭に聞えます。音楽は、さすがにこのスピーカーでは低音が出ないので、オーケストラには向いていませんが、ヴァイオリンやチェンバロなどの独奏楽器は明瞭に聞えます。

 最後の試みとしてUPA-D152Jヘッドフォン出力からアナログアンプのLine INに繋いでヘッドフォンで聴いてみました。UPA-D12JのUSB-DAC(コンバーター)だけを使うわけです。結論としてこの方法が一番音色も良く、聴きやすいことがわかりました。私はそれほど高価なアンプは使っていませんが、音色が刺々しく感じたのは、UPA-D152J内蔵されているデジタルアンプが原因でした。

 音響機器は、いろいろ聞き比べてみないと、どれが自分の好きな音楽に合っているのか分かりません。やはり安価なUSB-DACアンプNFJ UPA-D152Jはデスクに置く小型スピーカー向きのようです。どんな高価なスピーカーでも、コンデンサー型ヘッドフォンに比べると音がぼやけているので、少し刺々しい音を入力した方が音色が鋭くなり、音が良くなったと錯覚するのでしょう。

わが魂よ、主を讃えよ(BWV69)

 今日は復活節前第6主日ですが、ライプツィヒでは復活節前までカンタータの演奏が禁じられていたので、聖金曜日ま新作は作られませんでした。そこで教会カンタータとして分類されている中から、教会暦には当てはまらない作品を聴いていきたいと思います。

 今日聴くのは1723.8.15、三位一体主日後第12主日にライプツィヒ初演された初年度カンタータのパロディで、1748年のライプツィヒ市参事会員交代式に初演されました。Bachが最後に作ったカンタータだとされています。



 市参事会員交代式のカンタータの歌詞は、神の力と栄光を賛美し、神政都市の統治触れて神に感謝するという組み立てですが、この歌詞では原曲のレチタティーヴォとコラールを全面的に取り替えて、原曲の福音書章句への言及を取り除き、市政と統治への言及を織り込んでいます。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ&合唱団、ルート・ツィーザク(S)、エリザベス・フォン・マグナス(A)、ポール・アグニュー(T)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。





わが魂よ、主を讃えよ(BWV69)

1.合唱

Lobe den Herrn, meine Seele,

「わたしの魂よ、主をたたえよ。

 und vergiss nicht, was er dir Gutes getan hat!

 主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。」

2.レチタティーヴォ(ソプラノ)

Wie groß ist Gottes Güte doch!

神の御計らいのなんと大きなこと。

Er bracht uns an das Licht,

神はわれらを光に会わせ、

Und er erhält uns noch.

なおも養われる。

Wo findet man nur eine Kreatur,

そもそも造られたもので、

Der es an Unterhalt gebricht?

扶養を欠くものがどこにあるだろう。

Betrachte doch, mein Geist,

よく見なさい、わが霊よ、

Der Allmacht unverdeckte Spur,

全能の隠しがたい跡を、

Die auch im kleinen sich recht groß erweist.

それは小さなことの内にも真の大きさを示す。

Ach! möcht es mir, o Höchster, doch gelingen,

ああ、至高の方よ、どうかわたしに、

Ein würdig Danklied dir zu bringen!

あなたにふさわしい感謝の歌を捧げさせてください。

Doch, sollt es mir hierbei an Kräften fehlen

しかしたとえわたしにその力が欠けていても、

So will ich doch, Herr, deinen Ruhm erzählen.

主よ、わたしはあなたの名誉を語り伝えましょう。

3.アリア(テノール)

Meine Seele,

わが魂よ、

Auf! erzähle,

さあ、物語りなさい、

Was dir Gott erwiesen hat!

神がお前に示されたことを。

   Rühme seine Wundertat,

  その奇跡の御業を褒め称え、

  Lass, dem Höchsten zu gefallen,

  至高の方の御心にかなうよう、

  Ihm ein frohes Danklied schallen!

  喜ばしい感謝の歌を響かせよう。

4.レチタティーヴォ(アルト)

Der Herr hat große Ding an uns getan.

主はわれらに、大いなることをなされた。

Denn er versorget und erhält,

神は、世を気遣い、養い、

Beschützet und regiert die Welt.

守り統治されるから。

Er tut mehr, als man sagen kann.

神は、言葉で表せる以上のことをなされる。

Jedoch, nur eines zu gedenken:

しかし、ただひとつ忘れてはならないのは、

Was könnt uns Gott wohl Bessres schenken,

神がわれらに贈られたもののうちで、

Als dass er unsrer Obrigkeit

われらのお上に、知恵の霊を与えられたことほど

Den Geist der Weisheit gibet,

良いことはおそらくないということだ。

Die denn zu jeder Zeit

あらゆるときに

Das Böse straft, das Gute liebet?

悪を懲らし、善を愛する知恵の。

Ja, die bei Tag und Nacht

そうだ、その知恵は、昼も夜も

Vor unsre Wohlfahrt wacht?

われらの安寧のために目覚めている。

Lasst uns dafür den Höchsten preisen;

だから至高なる方を賛美しよう。

Auf! ruft ihn an,

さあ、あの方に呼びかけよう、

Dass er sich auch noch fernerhin so gnädig woll erweisen

これからもまた慈しみ深くあられるようにと。

Was unserm Lande schaden kann,

われらの国に害をなしうるものを、

Wirst du, o Höchster, von uns wenden

おお至高の方よ、われらから遠ざけられ、

Und uns erwünschte Hilfe senden.

われらに望ましい助けを送ってください。

Ja, ja, du wirst in Kreuz und Nöten

そうです、あなたこそは十字架と苦難によって

Uns züchtigen, jedoch nicht töten.

われらを懲らしこそすれ、殺すことはないでしょう。

5.アリア(バス)

Mein Erlöser und Erhalter,

わたしを購い、養うお方、

Nimm mich stets in Hut und Wacht!

常にわたしを守り、見張っていてください。

Steh mir bei in Kreuz und Leiden,

十字架と受難において、わたしの傍らに立ってください、

Alsdenn singt mein Mund mit Freuden:

それならばわたしの口は喜びをもって歌います、

Gott hat alles wohlgemacht.

神は全てのことを艮くなさったと。

6.合唱

Es danke, Gott, und lobe dich

神よ、願わくば民が善い行いによって、

Das Volk in guten Taten.

あなたに感謝し、あなたを誉め称えますように。

Das Land bringt Frucht und bessert sich,

国は実りをもたらし、良くなっていきます、

Dein Wort ist wohl geraten.

あなたの御言葉は良い忠告でした。

Uns segne Vater und der Sohn,

父と子よ、われらを祝したまえ、

Uns segne Gott, der Heilge Geist,

神と聖霊よ、われらを祝したまえ、

Dem alle Welt die Ehre tut,

全世界は神を敬い、

Für ihm sich fürchten allermeist,

神をこよなく畏れ、

Und sprecht von Herzen: Amen!

心から唱えよう、アーメンと

                    対訳:樋口隆一

キウイが腸に効く ダイエットや便秘にも

 甘酸っぱくてみずみずしいキウイフルーツ。便通以外にも、さまざまな健康効果があることがわかってきました。

 昨年キウイフルーツの健康効果に関する初めての国際シンポジウムが、ニュージーランドの北部タウランガで開かれ、最新の研究成果が発表されました。なかでも注目は、世界的にも関心の高い腸内細菌との関連です。腸内細菌は、肥満や糖尿病、アレルギー性疾患などと深いかかわりがあるとして国内外で研究が進んでいます。



 キウイフルーツの機能性に詳しく、シンポジウムに参加した駒沢女子大学健康栄養学科の西山一朗教授は「腸内モデルを使った実験で、キウイを添加すると、酢酸やプロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸が増えた。これらが善玉菌のエサとなり、腸内環境を改善すると考えられる」と分析します。善玉菌のビフィズス菌、肥満の人に少ないといわれるバクテロイデス属なども増加したといいます。



 一方、キウイはダイエットにも効果がありそうです。「キウイのGI値(グライセミック インデックス。食後血糖値の上がりやすさを示す指標)は、40前後で、低GI値食品といえる」と西山教授。しかも炭水化物の一部をキウイに置き換えた実験では、食後の血糖値の急上昇が抑えられたそうです。肥満ホルモンのインスリンが過剰に分泌されずにすむというわけです。西山教授は血糖値対策なら「炭水化物を食べる前にキウイを食べるといい」と助言しています。



 また、便秘改善効果についても報告があり、便秘型の過敏性腸症候群の患者(IBS-C)や便秘を訴える成人に1日2個のキウイを4週間食べてもらったところ、排便回数や便の形状、腹痛の頻度などが有意に改善しました。この研究は、ニュージーランドとイタリア、日本の3カ国共同で実施されており、日本でもヒト試験が始まる予定です。

 西山教授は「キウイに含まれる水溶性食物繊維や多糖類が主に血糖や便秘改善に関与しているようだ」と話しています。水溶性食物繊維には糖の吸収を穏やかにする働きがあり、また腸内で増えた酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸が腸管を刺激して便通を改善すると推測できます。

 ほかにも、1日2個のキウイで血しょう中のビタミンC濃度が飽和状態になることや、血しょう中の好中球が増加して免疫力を高める可能性があることなどが発表されました。

(NIKKEI STYLEより)

アルミニウムやステンレスの鍋は、人体に危険?

 日々の食事をつくるうえで、フライパンを毎日のように利用しているという家庭も少なくありません。実際、2013年に日本調理科学会が、509名の家庭での調理担当者を対象にアンケートを行った結果、フライパンを毎日1回以上使うという人の割合が過半数を占めていたといいます。そんなフライパンや鍋の素材として使われているステンレスやアルミニウムが、脳をはじめとした人体に有害であるという噂を聞いたことがある方もいると思います。



ステンレスから有害物質「六価クロム」が生成される?

 通称ステンレスと呼ばれる金属は、鉄とニッケル、クロムからなる合金のステンレス鋼のことですが、これは安価でサビに強いこともありフライパンや鍋のほかにも、包丁や流し台など調理器具やキッチンまわりで幅広く使用されています。

 しかしこのステンレス鋼に含まれるクロムから生成される六価クロムという物質が、人体に取り込まれた際に発がん性物質となることや、金属中毒による多臓器不全を引き起こす危険性があるといわれてます。

 とはいえ、ステンレスは1000℃を超えても安定している合金なので、普通に調理で使っているだけであれば、ステンレス鍋に含まれるクロムは六価クロムに変性することはまずありません。


アルミニウム鍋を日々使用しても過剰摂取にはならない

 一方、アルミニウムについては身体にとって不足しても過剰に摂取しても問題があるとされる成分なのですが、そもそも地球上に多く存在する金属元素であるため、実はありとあらゆるさまざまな食物に含まれている物質です。ただし、摂取した量に対して身体に吸収される割合が約0.1%ととても低く、JECFA(合同食品添加物専門会議)で定められた人間のアルミニウム暫定的週間耐容摂取量を上回ることはないだろうとされています。

 通常、人間の1日のアルミニウム摂取量は1~10mgとされており、アルミニウム鍋ですべての調理を行った場合、1回の調理当たり平均1.68mgのアルミニウムが料理に含まれるといいます。この場合、1日3回の食事を1週間、アルミニウム製の鍋で調理したと仮定しても、摂取量は35.28mg。JECFA規定の暫定的週間耐容摂取量は、体重1kg当たり週に2mgであるため、たとえば成人男性の平均体重64kgに当てはめると128mgとなり、35.28mgは人体への影響はほぼないと考えられます。


アルツハイマー病などとの関連性

 ではなぜ、アルミニウムが危険視されているのでしょうか。それは以前、アルツハイマー病患者の脳にアルミニウムが蓄積されていたという診断結果が医学界から発表されたことに起因しています。もっともアルツハイマー病はさまざまな原因で引き起こされる病のため、アルミニウムが原因であると考えるのは非常に早計です。また、透析脳症患者の脳のアルミニウム含有量が高かったこと、未熟児に対してアルミニウムを投与した結果、皮膚障害が起こったことなどが一部の論文で報告されていることも一因に挙げられます。

 ですが、これらは人が一般的な生活を送っていくうえでのアルミニウム摂取量が考慮されておりませんし、このアルミニウムの危険性を訴えた論文を否定する論文も存在しているため、アルミニウムが危険なのかどうかというのは、実際問題はまだ結論が出ていないというのが実情だそうです。

 WHOはこれらの仮説や疫学データの多くが、総アルミニウム摂取量の考慮が行われていない研究結果であるため問題があるというスタンスであるものの、一概に仮説を却下することはできないとの見解も示しています。現時点では有害であると証明できていませんが、逆にいえば有害でないとの証明もできていないため、脳内へアルミニウムの移行が多いとされる新生児、未熟児に対しては、特に充分な注意が必要なのかもしれません。

 アルミニウムを身の回りからすべて排除しようとするのは過剰反応すぎるのかもしれませんが、かといって安心・信頼できる物質だとも言い切れないようです。どう付き合っていくかは、各人の判断にゆだねるしかないというのが現状です。

(Business Journalより)

加齢で認知機能がゆるんだ分、創造性は向上しうる?

 加齢とともに、認知制御はゆるくなり、注意を乱す事柄や無関係な情報が頭のなかに入り込んできやすくなります。しかしこうした「ゆるみ」によって、かえって創造性や問題解決能力が高められる場合もあるという研究結果が発表されましたた。



 昨年11月に学術誌「Trends in Cognitive Sciences」に発表された文献レヴューのなかで、ハーヴァード大学などの研究チームは、年齢を重ねた頭脳がもつこうした特質は、より賢明な決断へとつながりうるため、単に回転が速いだけの頭脳よりも現実の世界では有利かもしれないと述べています。

 認知機能に関するデータを調査した研究チームは、加齢にともなう能力の低下は確かにありますが、それは諸刃の剣であることを発見しました。若い頭脳は厳格な認知制御に長けています。言い換えれば、気を散らす要因を遮断しながら、目的に基づいた特定の課題にひたすら集中するために、脳内の各処理を調整することに秀でています。たとえば、混雑したコーヒーショップのなかで本を読もうとしているときなども、こうした制御のおかげで周囲の騒々しさを無視できます。

 加齢とともに、こうした認知制御は少しずつゆるくなり、脳が処理を行っている最中に、注意を乱す事柄や無関係な情報が頭のなかに入り込んでくるのを許すようになります。しかし研究チームは、こうした「処理の弛緩」によって、学習能力や問題解決能力が高められる場合もあると述べています。

 これまでに行われてきた研究から、高齢者たちは、制御された頭脳が無視するかもしれない関係のなさそうな情報を拾い集め、その情報を使って物事を関連づける能力が高いことがわかっています。これが有用なスキルであることに疑いの余地はないでしょう。

 創造性を試すための課題「遠隔性連想検査(RAT)」で、高齢者たちが若年層を打ち負かしたという研究結果もあります。RATでは、被験者たちは、3つの言葉を見て、それら3つをすべて結びつける4つ目の言葉を解答しなければなりません。たとえば「ship」「outer」「crawl」という言葉に対する「space」です(spaceship[宇宙船]、outer space[宇宙空間]、crawl space[床下などの狭いスペース])。これは彼らが、若者よりも「創造的な」心理状態にあると見なされる結果です。

 認知制御の「ゆるさ」が創造性を高めるという例は、高齢者以外にも存在すします。たとえば、認知制御をまだ習得していない、したがって、特定の情報に的を絞って注意を払うことが得意ではない幼児は、巨大なデータセットからパターンを見つけることがとりわけ得意です。こうした才能が、子どもが言葉や手強い文法構造を容易に吸収できる理由のひとつでもあるようです。

 また、ある研究では、認知制御の妨げとなる脳障害を抱えた患者たちは、いわゆる「洞察問題」を解く能力で、健康な成人を上回る成績を収めることができました。洞察問題とは、マッチ棒パズルなど、通常は解くために「なるほど!」というひらめきの瞬間が必要とされる、創造的思考力をテストするための課題です。研究チームは、彼ら患者の「自由な」認知処理が、大局的あるいは意外な連想・連結を行うための機会を解放するのではないか、という仮説をたてています。

 以上の研究結果を統合して研究チームは、高齢者の頭脳は、関係のある情報と無関係な情報の両方を無意識のうちに新たな文脈に持ち込むことによって、より優れた決断を行うより賢明な頭脳になりうると結論づけています。

(ARS TECHNICA―WIREDより)

佐藤 俊介(ヴァイオリニスト)

 1984年生まれで、現在32歳の若手ヴァイオリニスト佐藤 俊介は、2歳でスズキ・メソードの松戸教室でヴァイオリンを始め、3歳より日本のヴァイオリン界草分けの鷲見四郎の門下生とり、4歳から父親の経済学研究のために、家族で米国ペンシルベニア州フィラデルフィアへ移住し、ジュリアード音楽院プレカレッジ部門でドロシー・ディレイ、 川崎雅夫の下で研鑽しました。

 1994年、フィラデルフィア管弦楽団の学生コンクール小学生の部門で優勝し、2000年10月にはニューヨーク・リサイタルデビューを果たし、ニューヨークタイムスで「佐藤のリサイタルに仰天。驚くべき冷静さと音楽的レベルを既に持っている。全てのプログラムを譜面なしで演奏。音楽作りの流暢さに感嘆した」と絶賛されました。


d7f34e01cfcd082d0243d981ab0666fe.jpg


 さらに演奏活動の間に何度か共演したクリストファー・ホグウッドのピリオド奏法研究が、佐藤のバロック音楽および古楽器奏法への関心につながりました。

 2010年7月、ライプツィヒで行われたヨハン・ゼバスティアン・バッハ国際コンクールで、バロック奏者として初めての国際コンクールに挑戦し、ヴァイオリン部門(バロックとモダン楽器奏者を合わせて審査)で2位と聴衆賞(聴衆各人が投票できるシステムで票を集計して決定する賞)を獲得しました。

 2013年、オランダのバッハ協会所属オーケストラのコンサートマスターに抜擢されたほか、ドイツの古楽器アンサンブルコンチェルト・ケルンのコンサートマスターも務めています。


 まず初めに無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティー タ第2番ニ短調(BWV1004)を演奏会の録画でお聞きください。




 全曲聴くと30分以上かかりますが、下記のURLでシャコンヌだけ聴けます。


https://youtu.be/6eoLLxNX_rU?list=PLyjlJwfY3kOJH21BtbrOs0RDNm23_GXqD&t=962


 次にヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第3番ホ長調(BWV1016)をチェンバロのメノ・ファン・デルフトとの共演でお聞きください。





 ブランデンブルク協奏曲 第4番ト長調(BWV1049)は、コンサートマスターを務める、オランダのバッハ協会所属オーケストラの演奏です。






 最後に今年の1月8日、公現後第1主日にブログで紹介しましたが、カンタータ愛するイエス、わが願い(BWV32)の第3曲のアリアで演奏しているオブリガートの素晴らしい演奏をもう一度お聞きください。


https://youtu.be/FAeA8rEYlPs?t=425


愛するイエス、わが願い(BWV32)

3.アリア[バス]

Hier in meines Vaters Staette,

父の住むこの場所で

Findt mich ein betruebter Geist.

悲しみに嘆く魂は私を見いだす。

Da kannst du mich sicher finden

お前はたしかに私を見いだして、

Und dein Herz mit mir verbinden,

お前の心を私に結びつける、

Weil dies meine Wohnung heisst.

その心こそ私の住まいなのだから。


 以上紹介した曲はすべて動画で視聴できますが、高度なテクニックに裏付けられた表現力豊かな演奏は、32歳の若手とは思えない完成度です。日本人というよりも、世界的な若手ナンバーワンのヴァイオリニストだと思います。

ラスベガスは街全体の電力を100%再生可能エネルギーで生み出す!

 カジノの都市として知られるアメリカのラスベガスが、電力供給会社との協議を経て、近いうちに街全体の電力を再生可能エネルギーでまかなう予定であることを公式に発表しました。ラスベガスにある140のビルや街頭、その他の施設の電力が、ソーラーパネルおよびフーバーダムなどを利用した水力タービンによって生み出される見込みです。これによってラスベガスは年間500万ドル(約5億8000万円)を節約できるようになるとのことです。


A.jpg


 ラスベガス市議会は2015年に送電網の使用をやめることを宣言した後、ネバダ州の電力を供給するNV Energyと協議を重ね、化石燃料からの脱却を目指していました。2015年11月にはラスベガス市議会議員のボブ・ビールズ氏は「我々が送電網を必要しなくなる日がやってくるでしょう」と発言しており、これを受けて、現在カジノ施設やリゾート施設も屋根に大量のソーラーパネルを設置。そして、2016年、ラスベガスはついに電力を100%再生可能なものにするという協定を結び、グリーンエネルギーを生み出すための新しい施設「Boulder Solar 1」開設までこぎつけました。

 ラスベガス市はTwitterの公式アカウントで、発電所「Boulder Solar 1」の開設を祝うとともに「私たちの施設は今やグリーンエネルギーによって100%電力供給を受けています」とお知らせしています。



 ドナルド・トランプ大統領は、人為的な理由によって地球温暖化が起こっているという見方に懐疑的な姿勢であり、政権に業務引き継ぎを行う政権移行チームが、エネルギー省に対して気候変動問題の担当者と研究員の名簿を提出するよう要請したことが報じられています。ニュースサイトのVoxはこの要請を「現代の魔女狩り」と表現しました。

 また、2016年12月13日にはエネルギー長官として、過去には石油業界の規制緩和を主張したリック・ペリー氏を指名しており、トランプ政権下では「再生可能エネルギー」という論点が軽視されるものと見られています。

 しかし、ロサンゼルス・ニューヨーク・シカゴ・フェニックスといった48都市の市長は「例え連邦のサポートがなくとも再生可能エネルギーによる街を構築する」という宣言を公開状の中で行っています。今回行われたラスベガスの発表は、温暖化に対するアクションが国レベルで行われるものから都市レベルで行われるものに遷移していることを示す転換点だったと言えそうです。

 ニューヨークやサンフランシスコは、2050年までに、グリーンハウスガスの排出を1990年に記録された値の20%にまで下げることを目標としています。多くの主要都市で同様の目標が掲げられており、実際に全ての都市で目標が達成されるまでには数十年という時間がかかるものと見られていますが、政府のサポートなしで既に目標を達成した都市も存在します。バーモント州のバーリントリンがその1つで、バーリントリンでは記事作成現在、家庭やオフィスの電力がウィノースキー川のダムによる水力発電や、空港に設置されたソーラーパネル、風力発電所などによって生み出されています。なお、化石燃料から再生可能エネルギーに切り替えることによって、公共料金の値上げなどは起こっていないとのこと。また、コロラド州のアスペンでも、水力・風力発電とゴミ埋め立て地を利用したバイオガスによって、100%の電力が再生可能エネルギーによってまかなわれているとのことです。

(Quartz―翻訳:Gigazine)

パソコンの習慣が認知症リスクを低下させる!

160818pcdepo_eye-700x336.jpg


 日常生活支援度Ⅱ(認知症自立度Ⅱ)と聞いて、その言葉の意味を正確に説明できる人はどれくらいいるでしょうか? これは日常生活に支障を来すような症状や行動、意思疎通に多少の困難などが見られても、誰かが注意さえすれば自立できる状態を指します。

 同じく困難などがときどき見られ、介護が必要とする状態が、日常生活支援度Ⅲ(認知症自立度Ⅲ)と呼ばれています。

 厚生労働省が2012年秋に公表した「認知症施策推進5か年計画/オレンジプラン」によれば、上記の日常生活支援度Ⅱ以上の認知症高齢者数の将来推計は次のような数字を弾き出しています。


▶︎平成27(2015)年:345万人(10.2%/65歳以上人口比)

▶︎平成32(2020)年:410万人(11.3%/65歳以上人口比)

▶︎平成27(2025)年:470万人(12.8%/65歳以上人口比)


 従来のわが国の高齢化問題は、その「進展の速さ」が問題視されてきたましたが、一昨年(2015年)以降は「高さ=高齢者数の多さ」の問題へと転換したといわれます。その転換年である2015が推計345万人であるのに対し、東京五輪の2020年には「誰かが注意さえすれば自立できる」状態以上の人口が410万人! さらに、団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)に達する2025年になると470万人!! それほど急激な増加が予測されるほどの深刻さです。


認知症予防のための「脳トレ」は何歳から始めるべき?

 脳が物事の善悪を理解したり、出来事を理解する機能は、通常、80歳くらいまでは低下しないといいます。一方、認知症は決して高齢者に限られたものではなく、自覚がないだけで40代の人間でも脳は日々委縮をくり返しています。

 早い時期から脳を働かせる生活を心掛けるのは現代人の必須事項ですが、精神的な刺激となる日々の活動は、幾つくらいまで有効性を発揮するものなのでしょうか?

 ある種の指標となるような研究報告が『Journal of the American Medical Association(JAMA)』(1月30日号)に掲載されています。

 メイヨークリニックアルツハイマー病研究センター(米ミネソタ州)のRonald Petersen氏らの研究成果で、次のような具体的な活動を行なうことで、70歳以上での加齢による認知機能低下リスクを低減できることが判明したというものです。


コンピュータの使用で30%のリスク低下!

 Petersen氏らは、メイヨークリニック加齢研究に参加した「認知機能の正常な男女1900人超」を平均で4年間に渡って追跡調査した。研究開始時点の男女対象者の平均年齢は「77歳」で、うち当該期間中に「450人超」が軽度認知障害(MCI)を発症しています。

 また、今回の研究は因果関係の証明をめざしたものではありませんが、特定の精神的な刺激となる活動を定期的に行なうと、記憶障害や思考障害のリスク低下が望まれることが判明しました。

 研究陣によれば、認知症やアルツハイマー病の遺伝的リスク因子である「アポリポ蛋白(APOE)E4」を有する人にも役立つそうです。

 今回の研究で試みられ、リスク低減の効果が読み取れた「精神的な刺激となる活動」の内容と割合は以下のとおりです。


▶︎コンピュータ使用により30%のリスク低下。

▶︎手工芸を行なうことで、28%のリスク低下。

▶︎社会活動に参加することで、23%のリスク低下。

▶︎ゲームを楽しむことで、22%のリスク低下。


 70歳以上の人間がこれらの活動を週1~2回以上行なった場合、月2~3回以下の例に比べて記憶力や思考力の低下が少ないという傾向がみられました。


「作業」ではなく「楽しみながら」が大事

 一方、新聞や本を定期的に読む活動レベルでは、記憶力や思考力については同様の「便益」が認められず、やはり「日常習慣+α」の活動を盛り込まないとリスク低下は期待できないということのようです。

 また、前述の「アポリポ蛋白(APOE)E4」の遺伝子リスク因子を有する層に関しては、コンピュータ使用あるいは社会活動への参加という活動において、認知機能低下の幾分かの保護効果が読み取れました。

 「脳に良いトレーニングには、問題を発見し、その問題解決のためにモノを動かすなどの、さまざまなレベルの知的刺激が必要とされる。しかしながら、これらの知的活動を毎日の決まった作業にしてしまっては意味がないし、あくまでも楽しみながら行なうことが肝要である」(Petersen氏)

 特に問題集を広げるまでもなく、計算ならば日々の買い物時に合計金額を脳内で弾いてみたり、財布と相談しながら小銭の使い道を思考する程度でも何もしないよりはいいようです。ボケのリスク低減は細やかな喜びからでしょう。

(Health Pressより)

イエス十二弟子を召寄せて(BWV22)

 復活節前第7主日(五旬節の主日)の聴くカンタータは、BWV23と同じく、聖トーマス教会のカントルに応募した際の採用試験曲として作曲され、1723. 2.7にBWV23と同時に初演されました。

 すでにBWV23が用意されていましたが、ライプツィヒに到着後、一般信徒への印象をよくするために、このカンタータが追加されたと言われています。BACHはこの2曲を可能な限り対照的に仕上げることによって、作曲家としての幅の広さを示しています。


01b.jpg


 受難曲を思わせる厳粛なBWV23に対し、BWV22は舞曲のリズムを交えつつ当世風の優美さで綴られています。

 五旬節の福音書の章句は、弟子たちに対しイエスの述べる受難、復活の予告と「エリコの盲人の癒やし」のエピソードです。BWV22は受難、復活の予告を取り上げ、12人がそれを理解せず、彼らの無理解を信徒個人の問題に置き換え、イエスの帰衣を説いてゆきます。


 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮、コレギウム・ヴォカーレ・ゲント&オーケストラ、マシュー・E・ホワイト(CT)、ヤン・コボウ(T)、ペーター・コーイ(B)の演奏でお聴きください。





イエス十二弟子を召寄せて(BWV22)


1.アリオーソ(テノール、パス)および合唱

T:  Jesus nahm zu sich die Zwölfe und sprach:

      イエスは御許に十二弟子を招き寄せ、言われた。

B:  Sehet, wir gehn hinauf gen Jerusalem, und es wird alles           vollendet werden,

    das geschrieben ist von des Menschen Sohn.

    「見よ、われわれは上って行く、エルサレムに、

    そしてことごとく完成されるであろう、

    人の子について記されていることが。」

Chor:Sie aber vernahmen der keines und wussten nicht,

was das gesaget war.

彼らはしかしこのことの何一つ悟らず、

わからなかった、何が言われていたのかが。

2.アリア(アルト)

Mein Jesu, ziehe mich nach dir,

わがイエスよ、引き寄せませ御身へと。

Ich bin bereit, ich will von hier

覚悟があります、ここを去り

Und nach Jerusalem zu deinen Leiden gehn.

エルサレムヘ、卿受難のもとへと参ります。

   Wohl mir, wenn ich die Wichtigkeit

  この身に幸あり! もしその意義、

  Von dieser Leid- und Sterbenszeit

  この苦難と死の時の意義を

  Zu meinem Troste kann durchgehends wohl verstehn!

  わが慰めとしてもれなくよく悟るなら。

3.レチタティーヴォ(パス)

Mein Jesu, ziehe mich, so werd ich laufen,

わがイエスよ、引き寄せ給え、さすれば馳せ参じましょう、

Denn Fleisch und Blut verstehet ganz und gar,

血肉は、まったく惰りません、

Nebst deinen Jüngern nicht, was das gesaget war.

衡弟子たちと同様に、何が言われていたのかを。

Es sehnt sich nach der Weltund nach dem größten Haufen;

それは憧れ求めます、この世を、そして大勢の仲間を。

Sie wollen beiderseits, wenn du verkläret bist,

どちらも、御身が輝く姿となり給うたその時は

Zwar eine feste Burg auf Tabors Berge bauen;

堅い砦をタポルの山に築く心づもりです。

Hingegen Golgatha, so voller Leiden ist,

ですが苦難に満ちたゴルゴタには、

In deiner Niedrigkeit mit keinem Auge schauen.

卑しい御姿の御身には、目もくれません。

Ach! kreuzige bei mir in der verderbten Brust

ああ! 十字架につけ給え、この腐った胸のうちで、

Zuvörderst diese Welt und die verbotne Lust,

なによりこの世と禁じられた快楽とを。

So werd ich, was du sagst, vollkommen wohl verstehen

さすれば、御身の言われることを、欠けるところなくよく悟り、

Und nach Jerusalem mit tausend Freuden gehen.

エルサレムへと千もの悦びもって参りましょう。

4.アリア(テノール)

Mein alles in allem, mein ewiges Gut,

わがすべてのすべて、わが永遠の財よ、

Verbessre das Herze, verändre den Mut;

改め給えこの心を、変え給えこの性根を。

Schlag alles darnieder,

打ち倒し給えことごとく

Was dieser Entsagung des Fleisches zuwider!

この肉の断念に逆らうものを!

Doch wenn ich nun geistlich ertötet da bin,

しかしこの身が霊にあって滅ぼされたその時、

So ziehe mich nach dir in Friede dahin!

引き去り給えこの身を、平安のうちに御身へと

5.コラール

Ertöt uns durch dein Güte,

滅ぼし給えわれらを、御身の慈しみもって、

Erweck uns durch dein Gnad;

起こし給えわれらを、御身の御意みもって。

Den alten Menschen kränke,

古き人を弱め給え、

Dass der neu' leben mag

新しき人が生きるよう、

Wohl hie auf dieser Erden,

ここ、この地上にあって、

Den Sinn und all Begehren

志とあらゆる希み、

Und G'danken hab'n zu dir.

思いを御身へと向けるよう。

                   訳詞:磯山 雅


ルカによる福音書 18章 31~43

 イエスは、十二人を呼び寄せて言われた。「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子について預言者が書いたことはみな実現する。人の子は異邦人に引き渡されて、侮辱され、乱暴な仕打ちを受け、唾をかけられる。彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する。」

 十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである。イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。群衆が通って行くのを耳にして、「これは、いったい何事ですか」と尋ねた。「ナザレのイエスのお通りだ」と知らせると、彼は、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と叫んだ。

 先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れて来るように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。「何をしてほしいのか。」盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。

 そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した。