われら多くのの苦難をへて(BWV146)

 復活祭後第3主日に聴くカンタータは、1726. 5.12に初演されたと推測されていますが、その理由は第3年巻のカンタータとの共通性が認められるためです。

 第1曲のシンフォニアは、チェンバロ協奏曲ニ短調(BWV1052)と同一の曲で、チェンバロではなくオルガンが使われています。


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 歌詞台本は当日の福音書朗読箇所であるヨハネによる福音書「イエスが別れの言葉を述べる箇所」を基礎に置き、この世での別れと天国での喜びを対比させた内容になっています。


 オーボエ奏者、マルセル・ポンセールとフルート奏者ヤン・デ・ウィンネが結成したアンサンブル・イル・ガルデリーノの演奏でお聴きください。歌手はカロリーヌ・ウェイナンツ(S)、ダミアン・ギヨン(CT)、マーカス・ウルマン(T)、マルコ・ラダエリ(B)、オルガンはロレンツォ・ギエルミが参加しています。





われら多くのの苦難をへて(BWV146)

第1曲 シンフォニア

第2曲 合唱

Wir müssen durch viel Trübsal in das Reich Gottes eingehen.

私たちは多くの苦しみを通り、神の国に入ることになっている。

第3曲 アリア(アルト)

Ich will nach dem Himmel zu,

私は天を目指してゆこう、

Schnödes Sodom, ich und du Sind nunmehr geschieden.

いまわしいソドム(現世)よ、おまえとはきっばり縁を切って。

 Meines Bleibens ist nicht hier,

 私の居場所はここではない、

 Denn ich lebe doch bei dir

 これ以上おまえのそぱで暮らしても

 Nimmermehr in Frieden.

 私は平和に生きることができないのだから。

第4曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

Ach! wer doch schon im Himmel wär!

ああ、すでに天におられる御方よ、

 Wie dränget mich nicht die böse Welt!

 どうか悪しき世に私を追い込まないで下さい。

Mit Weinen steh ich auf,

泣きながら起き上がり、

 Mit Weinen leg ich mich zu Bette,

 泣きながら寝床に身を横たえるまで、

 Wie trüglich wird mir nachgestellt!

どれほど偽りの世が私を追い回すことでしよう。

Herr! merke, schaue drauf,

主よ、ここに心を向け、目を注いで下さい。

 Sie hassen mich, und ohne Schuld,

 世の人々は私を憎み、罪を罪とも思わず、

Als wenn die Welt die Macht,

まるで世の持つ力には

 Mich gar zu töten hätte;

 私を抹殺する権限さえあるかのようです。

Und leb ich denn mit Seufzen und Geduld

それでも私は、ため息をついて耐え忍び、

 Verlassen und veracht',

 見捨てられ、侮られながら生きています。

So hat sie noch an meinem Leide

しかも彼らは、私の悲しみを

 Die größte Freude.

 最大の喜びとしているのです。

Mein Gott, das fällt mir schwer.

私の紳よ、これは私にとってつらいことです。

Ach! wenn ich doch,

ああ、いっそのこと私を、

 Mein Jesu, heute noch

 私のイエスよ、今日のうちに

 Bei dir im Himmel wär!

 天のあなたのもとに召して下さればよいのに。

第5曲 アリア(ソプラノ)

Ich säe meine Zähren

種を蒔くように、したたり落ちる涙に

 Mit bangem Herzen aus.

 私は憧れの心を託しましよう。

Jedoch mein Herzeleid

いつかきっとこの心の悲しみが

 Wird mir die Herrlichkeit

 私に栄光を産んでくれるでしよう、

 Am Tage der seligen Ernte gebären.

 幸福な刈り入れの日を迎えるときに。

第6曲 レチタティーヴォ(テノール)

Ich bin bereit,

私は覚悟を決めました、

 Mein Kreuz geduldig zu ertragen;

 私の十字架を忍耐強く担い続けようと。

Ich weiß, dass alle meine Plagen

私の背負うどんな重荷も

 Nicht wert der Herrlichkeit,

 栄光に値しないことはわかっていますが、

Die Gott an den erwählten Scharen

神はきっと選ばれた人々に加えて

 Und auch an mir wird offenbaren.

 この私にも栄光を示して下さるでしよう。

Itzt wein ich, da das Weltgetümmel

今、私は泣き、その一方で世ははしやぎ、

 Bei meinem Jammer fröhlich scheint.

 悲しむ私のそばで楽しげに騒いでいます。

Bald kommt die Zeit,

けれどやがて時が来れば、

 Da sich mein Herz erfreut,

 私の心は喜びにあふれ、

Und da die Welt einst ohne Tröster weint.

世のほうが慰めを失って泣くことになるのです。

Wer mit dem Feinde ringt und schlägt,

敵と格闘し、打ち合う者には 冠が授けられます、

Dem wird die Krone beigelegt;

それはすなわち、神が他ならぬこの私を

 Denn Gott trägt keinen nicht mit Händen in den Himmel.

 手ずからに天に運んで下さることなのです。

第7曲 二重唱(テノール、バス)

Wie will ich mich freuen, wie will ich mich laben,

どれほどに私は喜ほう、どれほどに私は楽しもう、

Wenn alle vergängliche Trübsal vorbei!

この束の間の苦しみの時が過ぎ去ったなら。

Da glänz ich wie Sterne und leuchte wie Sonne,

そこで私は星のように輝き、太陽のように光を放つ。

Da störet die himmlische selige Wonne

そこには、天の至福の喜びを妨げるような、

Kein Trauern, Heulen und Geschrei.

悲しみも嘆きも叫びも、ありはしない。

第8曲 コラール(合唱)

Freu dich sehr, o meine Seele,

大いに喜びなさい、私の魂よ、

 und vergiß all Not und Qual,

 すべての悩み苦しみを忘れなさい。

weil dich nun Christus, dein Herre,

今やあなたの主であるキリストが、あなたを

 ruft aus diesem Jammertal.

 この涙の谷から呼び出しておられるのだから。

Aus Trübsal und großem Leid

苦しみと大きな悲しみの外へ出て、

 sollst du fahren in die Freud,

 喜びの中へと入りなさい。

die kein Ohre hat gehöret

まだ誰の耳も聞いたことがないほどの、

 und in Ewigkeit auch währt.  

 永遠に続く喜びの中へ。

対訳:小林英夫


ヨハネによる福音書 16章 16節~23節

「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」

そこで、弟子たちのある者は互いに言った。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』とか、『父のもとに行く』とか言っておられるのは、何のことだろう。」

彼らはまた言った。「『しばらくすると』と言っておられるのは、何のことだろう。何を話しておられるのか分からない。」

イエスは、彼らが尋ねたがっているのを知って言われた。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』と、わたしが言ったことについて、論じ合っているのか。

はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。

女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない。

ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。

その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。
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