「病は気から」は、科学的に解明されつつある!

医療における「心」の役割とは?

 右にせよ、左にせよ、極端に意見が偏っている人ほど声が大きく、おそらく正解はその中間のどこかにあるはずですが、そこに位置するマジョリティ達は、自ら多くを語ろうとはしません。いずれにしても、両極のどちらが正しいのかという観点からは、何も生まれぬままに終わるケースが多いでしょう。


プラセボ効果における研究の進展

 医療の分野も、合理的で還元主義的な、西洋医学の擁護者たちと、物質より非物質的なものを優先する代替医療や東洋医学の信奉者たち。言い換えれば、これらの対立は身体と心の代理戦争のようなものであったのかもしれません。

 「代替」というネーミングからも推察される通り、長らく優勢を占めてきたのは西洋医学の方でが、今その歴史に変化の兆しが現れつつあります。プラセボ効果の研究の進展をはじめ、医療における「心」の役割が解明されつつあるといいます。


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ジョー・マーチャント (著), 服部 由美 (訳)


 『「病は気から」を科学する』の著者は「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」や「ツタンカーメン 死後の奇妙な物語」等で知られるジョー・マーチャントです。仮想世界の氷の渓谷から、聖地ルルドまでを飛び回り、従来「非科学」とされていた領域に「科学」の足跡を見出していきます。

 まず初めに紹介されるのは、心が身体に及ぼす影響のうち、最も代表的な例であるプラセボ効果についてです。様々な対照試験の結果や生化学的な効果の証拠を目の当たりにし、多くの専門家は認識を改めることを余儀なくされました。「プラセボ効果は壊すべき幻想ではなく、実際に臨床価値を持つ場合もあるのではないか」と。

 これまでプラセボの使用を妨げてきた大きな障壁の一つに、患者を騙すことが倫理に反するのではないかという懸念がありました。しかしハーバード大学のテッド・カプチャク教授が、「この薬は有効成分が一切入っていないプラセボである」と伝えた患者からも症状が消えたことを発見します。つまり、「正直に伝えるプラセボ」にも効果があることが明らかになったのです。これを受け、いくつかの民間会社がオンラインでプラセボの販売を開始し、プラセボは産業としても注目を集め始めています。


心を騙して病気と闘わせる手法

 また本書『「病は気から」を科学する』では、心を騙して病気と闘わせる手法も紹介されています。それは催眠術を利用してIBS(過敏性腸症候群)患者を治療するというものです。脳と消化管は複雑に絡み合っていると主張するのが、ピーター・ウォーウェル医師。治療は一風変わっています。

 たとえば便秘の患者には、力強く流れ落ちる滝を思い浮かべさせたり、はたまた下痢の患者なら、ゆっくり流れる運河に浮かぶボートを想像させるだけで、開腹手術や薬の投与は一切ありません。むろん誰にでも、この療法の効果があったわけではありませんが、消化管に対する思考パターンを変えることで、症状を和らげる効果が数多く確認されました。

 さらに仮想現実の医学とのコラボレーションも、急速に注目を集める分野です。スノーワールドは、熱傷患者のための仮想世界です。ゴーグルとヘッドホンを装着すると、目の前には氷でできた渓谷の世界が広がります。その世界でペンギンや雪だるまと戯れることにより、患者の主観的な痛みのスコアは下がり、その効果は脳スキャン画像からも確認されたといいます。

 この他にも、神経に電気の刺激を与えることで治療するバイオエレクトロニクスから、昨今話題のマインドフルネスまで多岐に渡って、心と身体の密接で複雑な関係を紐解いていきます。

 これらの記述に好感を持てるのは、全編を通して心にできないことをクリアにしていくその姿勢です。たとえばプラセボの種類によって効果は異なるし、治癒の程度も文化によって変化するのだといいます。そして、いくら治ると信じても、病気の背後にある生理学的な状態を変えることまではできません。

 いわゆるOB杭をあちこちに打っているからこそ、逆説的ですがフェアゾーンが明確に見えてもきます。また、本書の主張にトンデモ科学が容易に接ぎ木されることを排除したいという思惑もあるのでしょう。

 実体のない非物質的な治療が、実際に物質的な効果を出していると明らかになったこと自体、「心」と「身体」の今後の関係性に大きな影響を及ぼす成果です。客観と主観、因果と相関、あるいは論理と感情。対極に位置するもの同士を、観察の対象と手法に重ね合わせ、科学の境界線を大きく動かしていきます。それは人類の進化の歩みに感じられるダイナミズムを、そのまま凝縮しているようでもあります。

 最近では、まずプラセボでの治療を試し、効果がない場合のみ実薬を投与するといった事例や、プラセボと実薬を併用し、薬の量を減らすための用法も試されているのだといいます。つまりは代替から補完へ、一見退化のように思える認識の変化から、進化が始まっています。

(東洋経済Onlineより)
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