バッハの才能すら模倣!人工知能はあらゆる職業を脅かす

 2016年は、人工知能(AI)が金字塔を打ち建てた年として科学史の教科書に大きく記載されるに違いないといいます。人間の知性から生まれたAIが、生みの親を凌駕し、生みの親を支配しようとする物語は多くのSF作家によって紡がれてきました。しかしそれはもう遠い未来の話ではないのかもしれません。AIが人間の知性を越えたとき、どのような世界が出現するのでしょうか。


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人工知能が人間を超える「シンギュラリティ」はいつ起こる?

 今年3月、“天才”デミス・ハサビス率いるディープマインド社が開発した人工知能「アルファ碁」に、韓国籍の棋士イ・セドル九段が敗退した“事件”が起きました。「アルファ碁」の勝利は、AIが人類の知性を超越する瞬間=“シンギュラリティ”の到来を強く予期させます。

 シンギュラリティとは、もともと数学で“関数の値が無限大になる場所”を指す術語で、日本語では「特異点」と訳されます。

 この言葉を“人類の社会発展が予測できなくなる時点”という意味で最初に使ったのは、ジョン・フォン・ノイマンだと言われています。ノイマンは、“ノイマン型”コンピュータに名を残す、20世紀最高の知性のひとりです。彼は、数学者ウラムとの対話において、「なにか本質的な“特異点”が近づきつつあって、それまで通りの人間の生活は持続不可能になるのではないか」と語っています。

 近い将来、人工知能の能力が人類の知能を上回るという予測を広めている代表的な人物が、未来学者のレイ・カーツワイルです。彼はフラッドヘッドスキャナやOCR(光学文字認識)を発明した実業家でもあり、現在はグーグルで人工知能開発の総指揮を執っています。そして著書で2045年にシンギュラリティが起こると繰り返し主張しています。

 カーツワイルは、「集積回路上のトランジスタ数は1年半ごとに倍増する」というムーアの法則を一般化し、この世界のあらゆるものが指数関数的に進化することをデータで示しました。

 カーツワイルは、ある発明が他の発明と結びつくことで、次の主要な発明までの期間を短縮すると考えました。これを『収穫加速の法則』と呼びます。この法則にしたがうと、2045年ごろの世の中の変化はたいへんなスピードになっています。例えるなら、現在のiPhoneのモデルチェンジは1年に1度ぐらいのものですが、それが1秒に1回モデルチェンジするような感覚だといいます。

 カーツワイルだけではありません。オックスフォード大学の哲学者ニック・ボストロム教授が行ったアンケートによると、AI研究者の半数が、2040〜50年にシンギュラリティが起こると回答したといいます。

 調査対象のうち、シンギュラリティは起こらないと回答したのは10%でした。全体を見た場合、90%の専門家が、シンギュラリティは21世紀中に訪れると回答しています。つまり、2045年は専門家の標準的な予測でもあります。


人間の脳の形式を応用した「ニューラルネットワーク」

 AIの金字塔とも言える成果を上げたアルファ碁ですが、基幹となっているのは“ディープラーニング”と呼ばれる技術です。ディープラーニングは、脳のニューロンどうしが情報を伝達する“シナプス結合”を数学的にモデル化した「ニューラルネットワーク」をベースにしています。

 ニューラルネットワークは、「機械学習」手法のひとつで、機械学習とは、AIが、与えられたデータの特徴を自ら分析し、その後に入力された情報を自ら推論する技術です。幼い子どもであっても、犬を5匹も見せれば6匹目を「わんわんだ!」と判断できますが、人工知能が“知能”足り得るためには、このような人間同様の推論が求められます。ニューラルネットワークとはAIの“学習と推論”に、人間の脳の形式を応用したものです。

 しかし、初期のニューラルネットワークには線形の問題しか解けないという弱点があり、研究は一時下火になりました。線形の問題とは、Aの増加に従ってBが単純に(直“線”的に)増えるような事象のことで、例えば、「自動車とその値段」のように、多くの要素が含まれる数値を扱う場合、初期のニューラルネットワークは無力でした。自動車の値段は、タイヤの数に比例して単純に上がるわけではないし、エンジンの排気量が下がっても低くなるとは限りません。

 複雑な要素が絡まる事象に対応できない “頭の堅い”AIでは使い物になるはずもなく、ニューラルネットワークは人工知能研究のメインストリームから遠ざかってしまいました。しかしその後も研究者による地道な研究は続けられていました。

 今世紀に入り、トロント大学のジェフリー・ヒントン教授が、ニューラルネットワークを何段にも重ねることで高度な推論が可能になることを示しました。これがディープラーニングの原型です。

 何段にも重ねるというアイデアは単純ですが、膨大なコンピュータパワーが必要となります。ディープラーニングは、カーツワイルの「収穫加速の法則」の具現化とも言えます。

 2012年、画像認識技術のコンペであるILSVRCにおいて、ヒントン教授率いるトロント大学の “スーパーヴィジョン”が、2位以下を大きく引き離す精度で圧勝しました。このことが、忘れられていたニューラルネットワークに再度注目を集めるきっかけとなりました。

 この勝利が、ディープラーニングブーム、ひいては第3次人工知能ブームの契機となりました。同じ2012年にはグーグルが、ユーチューブから集めた1000万枚のランダムな画像を1000台のコンピュータに3日間ぶっ続けで並列計算させることにより、人間が教えることなく、コンピュータ自身に『猫』を認識させることに成功しました。


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人工知能が悪意を持って人類を攻撃することは起こりうるか?

 現在ディープラーニングは、画像・音声認識で盛んに利用されています。グーグルの画像検索はその一例です。

 しかし、現状のディープラーニングが力を発揮するためには、膨大な数の「教師付き」データが必要であり、まだまだ本来の“知能”とは大きなへだたりがあります。AI分野におけるグーグルの成果には、社が検索エンジン事業で手に入れた巨大な情報資産の力も大きく作用しています。

 犬の例で言えば、人工知能に『犬』を認識させるには、犬の写真に“犬”という『名前のタグ』を付けたデータを事前に大量に読み込ませることが必要になります。写真にタグを付ける作業は、単純とは言えど多大なマンパワーを要します。それに対し、動物の脳は、名前をいちいち教えられなくとも物体を認識できるようになります。そのことを一瞥学習(One shot learning)と言います。ディープラーニングのアプローチで、人工知能にも一瞥学習が可能になるのか。現状では未知の部分が多いといいます。ディープラーニングは本物の脳に比べ、まだまだ単純です。ディープラーニングが人工知能研究に風穴を開けたことはまちがいありませんが、過大評価も禁物です。

 囲碁の世界にいち早くシンギュラリティを到来させたAIが、われわれの日常生活にも影響を与えるのは想像に難くありません。当然、頭をよぎるのは、AIが人間を「進化の障害物」として排除するような事態です。

 人工知能が悪意を持って人類を攻撃するようなことはないでしょう。そういった価値観はあまりにも『人間的』過ぎます。むしろ人工知能は、人間には想像もできないような害を及ぼす可能性があります。有名な思考実験である『ペーパークリップマキシマイザー』がその端的な例です。

 AIに「ペーパークリップを作れ」とだけ命令した場合、AIはペーパークリップを際限なく作り、やがて地球上をペーパークリップで埋め尽くしてしまいます。それを防ぐために、人間が数を指定して、「ペーパークリップを1000万個作れ」と命じた場合、AIは自分の作ったクリップの数が心配になり、永遠に検数を続けてしまいます。これが「ペーパークリップマキシマイザー」という思考実験の概要です。極端な例ですが、無害な目的であっても、AIが突拍子もない結果を招くおそれがあることを示唆しています。

 ただし、使う人間の悪意によって、直接的に危険な存在となることも考えられます。軍事的な利用は最も警戒すべきです。『正義』を旗印に掲げる人工知能大国が、国家安全保障のために軍事利用するなどといったことになれば、他国にとって脅威以外の何ものでもありません。

  “高度な推論よりも、感覚運動スキルの方が多くのコンピュータパワーを要する”という矛盾を、発見者の名前から「モラベックのパラドックス」と呼びます。「猫」を認識するという一見単純な成果は、実は「モラベックのパラドックス」を破り、「子ども」の領域へと足を踏み入れた画期的な出来事だったのです。


窓口係や運転手だけじゃない。AIは芸術家にも取って代わる!?

 オックスフォード大学の研究者と野村総研の分析によると、今後20年以内に、AIの発展によって、銀行窓口係やホテルの受付、路線バスの運転手など、さまざまな分野の職業が消滅するといいます。

 対して、芸術などの“創造性”の高い分野や、医師など“人間との対話が重要な”分野の職は安泰だと同分析は報告していますが、AIがさらに「子ども」の脳に近づくなら、このような分野の人間も安心はしていられません。

 アメリカの音楽学者であるデイビッド・コープは、バッハやショパンなどの曲をEmmy(エミー)というアルゴリズムに分析させ、新たな曲を自動的に作曲することに成功しています。できあがった曲はプロの音楽家の耳を見事に欺きました。また、オランダの美術館チームとデルフト工科大学、マイクロソフトが協力して制作したレンブラントの“新作”は、346点に及ぶレンブラントの全作品をディープラーニングで分析して作られました。UVインクを3Dプリンタで盛り上げて描かれ、筆遣いの癖までを忠実に再現しています。

 また、あるアンケートによれば、4000名の医師のうち約7割が「20年以内にAIが診療を担う時代が来る」と回答したといいます。すでに乳がんの検出では、放射線の専門医を上回る精度を出すAIも存在するといいます。

 シンギュラリティ以降のことは誰にもわからない、とは言うものの、AIの性能が向上した先に、人類に残された仕事などあるのでしょうか。

 ひょっとすると、人間はもう働かなくていいという時代が来るかもしれません。しかし、人間はなんらかの創造的な活動をしないと退屈してしまう生き物です。だから、未来は総カルチャーセンター化するのではないかと予想されます。人間は趣味に没頭するだけでいいわけです。とすれば、現在『ニート』とか『引きこもり』と呼ばれている人たちは最先端の人類なのかもしれません。

 AIが『子ども』の能力を完全に身につけたとき、シンギュラリティは人類を飲み込みます。そのとき、天才科学者ならぬ、われわれ凡人に残されているのは、AIが次々と成し遂げる成果にため息をつくことだけかもしれません。ディープラーニングが描いた「グーグルの猫」が、実際の猫ほど “可愛くない”という事実にほんの少しだけ心の拠り所を見出しながら、恐るべき、しかし退屈な未来の到来に備えましょう。

(Diamond Online 上野ヒトシのレポートより)
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