糖尿病と認知症の“危険な関係”

65歳以上の糖尿病患者の40%近くに認知機能の異常

 「糖尿病の人が認知症になりやすい」というのは、多くの大規模な疫学データに裏打ちされた間違いない事実です。アルツハイマー病も血管性認知症も、糖尿病の人が発症するリスクは健康な人のおよそ2倍になるといいます。

 生活習慣病の原因究明と予防を目的に福岡県久山町で50年以上前から行われている「久山町研究」では、研究に参加する方が亡くなると、病理解剖を行って、死因についての解析を行います。その中で、中高年の時に糖尿病だった人とそうでない人が、20年後、30年後に認知症になる割合にどれぐらいの違いがあるかも調べているのですが、教育歴や他の疾患の影響などを調整しても、認知症、特にアルツハイマー病には、糖尿病が大きなリスク因子になっていることが分かってきました。

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 図は、東京医科大学病院で65歳以上の糖尿病患者の認知機能を調べたもので、60%程度は正常ですが、40%近い人が認知症か、その前段階である軽度認知障害(MCI)で、高齢の糖尿病の人は認知症を合併している可能性が高いことが分かります。

 では糖尿病の人はなぜ認知症になりやすいのでしょうか?理由は大きく言って3つあり、最初の理由は、糖尿病はアルツハイマー病の原因物質を増やすからです。アルツハイマー病患者の脳では、アミロイドβ(ベータ)というタンパク質が溜まります。それが神経細胞を死滅させ、記憶の障害を引き起こすのです。糖尿病になると血糖値が上がり、それを避けるために血液中にインスリンが多く分泌されます。実はインスリンは脳の中にもあり、元来溜まったアミロイドβを神経細胞から追い出す働きをしています。しかし糖尿病になるとインスリンが体の血管の方に移動し、脳の中には少なくなってしまいます。その結果、アミロイドβが増え、アルツハイマー病の発症リスクを高めてしまいますす。

 2つ目の理由は、糖尿病は脳の動脈硬化を促進します。動脈硬化が進めば脳梗塞の発症リスクが高くなり、血管性認知症になりやすくなります。

 3番目の理由は、糖尿病になると高血糖状態が続くことです。例えば50歳で糖尿病になったとすると、高齢になるまでの長い期間、高血糖にさらされます。糖尿病の人は朝、昼、晩と食事をとるごとに、急激に血糖値が上がります。長い期間高血糖にさらされていると、酸化ストレスや炎症、糖を燃やした時にできる有害物「終末糖化産物」などが、脳の神経細胞にダメージを与えるます。こうした3つの理由が合わさり、糖尿病だと認知症になりやすくなります。

 糖尿病の前段階である「耐糖能異常」の場合も、認知症のリスクは高くなります。すでに血糖値が高くなっているので、アミロイドβが増えやすくなるとともに、脳内でインスリンの働きが悪くなっているからです。


糖尿病患者の認知症は、「段取り能力」から衰える

 認知症の症状は人によってまちまちです。アルツハイマー病の症状が優位に出るタイプは、アルツハイマー病、血管性の病変が優位に出るタイプは血管性認知症ということになります。これらのほかに、アルツハイマー病変も少なく血管性病変も少ないが、糖代謝異常が非常に強く起こるグループがあります。このグループを「糖尿病性認知症」と呼んでいます。糖尿病がベースにある認知症では、この「糖尿病性認知症」に当てはまる人が多く見られます。

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 実は、75歳以上でアルツハイマー病と診断される人の場合、純粋なアルツハイマー病はそう多くないといいます。皆、小さな脳梗塞を合併していたり、糖尿病などの別の病気を合併したりしています。糖代謝異常に伴う神経細胞障害も多くあります。

 では、「糖尿病性認知症」とアルツハイマー病では、症状に違いがあるのでしょうか。純粋なアルツハイマー病の場合、初期の症状は記憶の障害や、時間が分からなくなるなどの障害が中心です。しばらくたってから「遂行機能障害」や人格の変化が起こります。遂行機能障害とは、ものごとの段取りをする能力や、計画を立てて完遂する能力が落ちることで、脳の前頭葉の機能が衰えることによって起こります。

 一方、「糖尿病性認知症」の場合、最初から「注意・集中力の障害」とともに「遂行機能障害」などが起こってきます。一般的なアルツハイマー病と比べて、記憶障害は比較的軽い状態です。またアルツハイマー病に特徴的な病理的な変化はあまりないので、進行はゆるやかで、強い周辺症状(BPSD;徘徊、妄想、幻覚、暴言、抑うつなど)も少ないといいます。


血糖値をコントロールすることが最も重要

 糖尿病の人は、どうすれば認知症になるのを防げるのでしょうか? まずは「血糖値のコントロール」をうまく行うことです。運動療法、食事療法が基本ですが、必要に応じて糖尿病治療薬を使って、血糖値が正常域内になるようにコントロールします。食後に高血糖状態になることや、血糖値が一日の中で大きく上下することは、認知症のリスクになります。一方で、薬物治療を行うと、血糖値を下げすぎることによる「低血糖発作」が起こるリスクもあります。特にインスリン治療でそのリスクが高いといわれています。低血糖発作は脳の神経細胞にダメージを与えるので、こちらも防がなければなりません。

 最近は経口治療薬でも、食後高血糖や血糖の日内変動を抑え、かつ低血糖のリスクがない薬がいくつか出ています。そうした薬をきちっと飲み、血糖のコントロールをする必要があります。

 糖尿病の人の中でも、低血糖発作の経験のある人は、ない人に比べて、認知症の発症リスクが約2倍になります。低血糖発作が脳の神経細胞に与えるダメージは不可逆的です。したがって、1回でも2回でもシビアな低血糖発作を起こすと、認知症になる可能性が高まります。薬の飲みすぎはもちろん、食事と服薬のタイミングのずれなども低血糖を引き起こすことがありますので、十分注意が必要です。



独居や老老介護に認知症が重なると、血糖コントロールが困難に

 最近は、独居高齢者や、「老老介護」の高齢者が多くなりました。認知症の人は、インスリンの自己注射の回数を間違えたり、忘れてしまったりすることが多くあります。1人暮らしの場合はもちろんですが、2人暮らしで配偶者にやってもらおうとしても、もう1人の配偶者の認知機能も低下していて、医師の指示通りにはなかなか使用できない場合があります。

 糖尿病のインスリンの自己注射は、決まった時間にインスリンの目盛りを合わせて、酒精綿で拭き、腹の肉をつかんで、注射を打つなどいくつものステップがあります。食事や買い物などの普通の生活はできる軽い認知障害の場合でも、糖尿病のインスリンの自己注射はなかなか難しいものです。糖尿病の場合は「遂行機能障害」がかなり初期の段階からあるので、こうした作業は難しくなります。

 つまり、糖尿病の人は認知症になりやすく、またインスリン注射の例で分かるように、認知症になった人は糖尿病のコントロールが悪くなります。糖尿病と認知症の間には、双方向の影響があり、負のサイクルが発生しやすくなっているというわけです。

 認知症になってから血糖をコントロールしても認知症そのものは治りませんが、認知機能が一時的に改善することがあります。「糖尿病性認知症」の人は、血糖のコントロールが悪く高血糖状態ですが、入院してインスリンの強化療法を行い血糖値が下がると、まず「注意・集中力」が回復します。その次に「遂行機能」が一時的に良くなります。

 入院した81歳の女性患者の場合、2週間の入院治療の結果、血糖値は271mg/dLから154mg/dLにまで下がり、注意・集中力や遂行機能のテストでは、同じ作業をする時間が格段に短くなり、認知機能は明らかに改善したといいます。一時的な改善がどのくらいの期間維持できるかは不明ですが、数カ月から1年くらいは安定した状態が維持されることは少なくありません。

 「糖尿病性認知症」の場合だけでなく、アルツハイマー病や血管性認知症と糖尿病を合併している場合でも、血糖値がコントロールされれば、一時的な認知機能の改善が期待できるので、治療は重要です。

(日経Goodayより)
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