自分に都合の悪いことは忘れる「非倫理的健忘症」とは?

 人は良き人間であろうとします。しかし人間はちょっぴりずるい生き物で、魔が刺すとモラルに反したことをしてしまうこともあります。そしてそれがバレなかった時、更に過ちを犯すこととなるのも人の常です。

 人は自分が過去に悪い行いをしたことを忘れてしまうだけでなく、都合の悪い事実ををすべて忘れることによって、また悪さを繰り返す傾向にあるといいます。これは「非倫理的健忘症」と呼ばれるものです。


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 聖人君子など存在しなのに聖人君子であろうとし、自分を律することで人は良き人間であろうと努めます。しかし少しでも隙があれば、些細なことで人をだましたり、ずるをすることはままあることです。

 例えば、小学校での書き取りのテストのとき、カンニングしたり、友だちの宿題を丸写しするといったことです。あるいは、パートナーへの裏切りという場合もあります。どこまでがだましやごまかしになると認識しているかはさておいて、大切なのは人をだました、ずるをした後であなたがそれをどう感じたかということです。その罪を認めてすべて白状する? それとも、少しは罪の意識を感じながらもそのまま普通に人生を送る?

 あるいは、そんなことはまあ忘れてしまって、また次の悪事へと踏み出す?こうしたことに心当たりがあっても、自分はずるいことなんかしていないと思うのは、悪い行いはみんな忘れてしまっているせいです。これには科学的理由があります。


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一度だますと、味をしめる?

 選択記憶の概念は、よく知られていますが、繰り返して人をだます行為の裏には、まさにこの選択記憶というものが隠れているのかもしれません。

 専門用語では、これは「非倫理的健忘症」として知られています。ノースウェスタン大学のマラヤン・コーチャックと、ハーバード大学のフランチェスカ・ジーノによると、この現象によって、時間の経過とともに過去の自分の悪い行いからなるべく遠ざかるようにしているのだといいます。おもしろいことに自分自身の悪事は忘れてしまうのに、他人の悪事は鮮明に覚えているものです。


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ゲーム

 コーチャックとジーノは、自分の過去の行動を人がどれくらい覚えているかについて9つの実験を行いました。まず、343人に自分の過去の倫理的、非倫理的な行動をいろいろ書き出してもらい、その後アンケートに答えてもらいます。また別の実験では、70人の学生にコイントスゲームをしてもらい、そこでは比較的簡単に相手をだましてお金を得ることができます。

 2週間後、参加者にゲームのこととその夜に食べた食事について、質問事項に答えてもらいます。すると、半数近く(43%)の人が、だます行為を行ったことを報告しましたが、食事の内容ほどは鮮明に覚えていなかったそうです。


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なぜ人は何度でも人をだましたり、ずるを繰り返すのだろうか?

 これを調べるために、再び悪事を繰り返すか、思いとどまるかを見る別の実験を行いました。230人の学生に別のサイコロゲームをしてもらい、3日後に、同じ被験者たちに、簡単に相手をだましてお金を得ることのできる言葉集めのゲームをしてもらいます。

 すると、最初のゲームで自分がずるをしたことをよく覚えていなかった人たちは、このゲームでも再び同じ行動を繰り返す傾向があることがわかりました。


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善良な人ですら他人の悪事に敏感で自分の悪事に鈍感である

 非倫理的な行為をした者の悪事の記憶が曖昧なのは、肯定的な自己像を維持するための行動なのです。やはり、悪い行いのせいで心理的な苦痛や居心地の悪さを感じているからなのかもしれません。都合の悪いことは遠ざけよう、忘れようとして、さらなる不誠実が続きます。

 しかし、これがこと他人のこととなると、まったく逆で、自分の悪事は棚に上げて、他人の違反には極端に敏感になります。これはごく普通の善良な人にも、同じことが起こりえます。

 この発見は、道徳的な自己概念について重要な役割を示しています。いいことをしようが、悪いことをしようが、自分のいいイメージを損なわないようにするために、さまざまな経験を構築しては再構築し直しているためです。

 私は常々、どんな善良な人間の心にも魔は宿っていると思っています。それを抑制できるのは己の罪悪感でだけです。しかし善良な人間ですら、罪悪感はそれがバレないと生まれません。例えば買い物をするともらえる駐車場の無料チケット。それをもらうには駐車場に入場したときのカードが必要となるわけですが、たまたま車に置き忘れたといってもらったとします。

 実際に車で来ていないので、そのチケットをもらえば、別の買い物をするときに利用できます。置き忘れたという理由が通じることがわかると何度か繰り返しますが、車で来ていないことが偶然バレてしまい、無料チケットはお出しできませんと言われ始めて我に返ります。

 そうなって初めて罪悪感に見舞われるわけです。そうなると二度とその店で買い物ができなくなります。自分のイメージが完全に損なわれたのです。「あいつはズルいやつ」と思われたに違いないのです。

 たかだか数百円で「ずるい」、「せこい」の烙印を押されるのなら最初からそんなことをしなければいいのに、人の心に宿る「魔」はいつでも顔をだしてきます。

 それが「非倫理的健忘症」というやつならば納得がいきます。一度バレても、また隙あらば、ズルを繰り返していくことになるのでしょう。人間はそういう風にできているという事実がわかれば、頭ごなしに他人を批判することはできなくなるはずです。どんな人間でも隙があればズルいことをします。この事実だけは頭に刻んでおくことで避けられるトラブルがあるはずです。

(Mail Online―カラパイアより)
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