ウイルスの遺伝子を組み換え、がん細胞撃退の特効薬に

 東京大学の谷憲三朗特任教授らは、がん細胞の中で増えて死滅させる新たなウイルスを開発しました。ウイルスには正常な細胞では生きられないような細工をし、副作用を防ぐといいます。サルを使った実験で安全性を確かめました。腫瘍に直接ウイルスを注射する臨床研究を2年以内にも始めたい考えです。

 大腸などにいる「コクサッキーウイルス」をがんの治療用に改良し、がんで活発に働く「チロシンキナーゼ」などの酵素を利用して増殖します。ウイルスが増えると、がん細胞は壊れてしまうといいます。

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 ウイルスのRNA(リボ核酸)に正常な細胞だけにある2種類の「miRNA」という物質が結合すると、ウイルスが死ぬようにし、正常細胞でウイルスが増える危険を避けます。

 抗がん剤が効かなくなった乳がんの細胞をマウスに移植し、ウイルスを投与して約3週間後に腫瘍の大きさを調べました。ウイルスを使うと、4分の1程度に抑えられたといいます。サルに適正な量のウイルスを入れた実験では、体重や血中成分、肝機能に異常はありませんでした。今後は大量のウイルスを投与しても副作用が起きないようにするといいます。

 ウイルスがいると、免疫細胞の活動をうかがわせるたんぱく質が出て、免疫細胞の働きを高めている可能性もあり、今後、詳しいメカニズムを調べる考えです。

 がん治療といえば、外科的手術や抗がん剤による治療、放射線治療などが主な選択肢で、ここに近年「第4のがん治療法」として、大きな期待が寄せられているのがウイルス療法です。この革新的な療法の扉を開いたのが、他でもない遺伝子組み換えです。この技術無くして、ウイルス医療は実現していないといいます。


毒をもって毒を制すがん細胞を死滅させるウイルス

 インフルエンザ、エイズ、エボラ出血熱、ジカ熱…、これまでウイルスによる感染と常に闘ってきた医学が、その感染力を逆手に取りがんの治療に役立てるという、まさに“毒をもって毒を制す”的発想です。

 人間の体内に存在するウイルスの遺伝子を、一部改変してがんの治療に用いる研究は、革新的ながん治療法として、これまでにも様々なウイルス種で臨床化を目指した研究が行われてきました。

 今回の谷教授の研究グループの他にも、東大医科研、岡山大学、さらには名古屋大と三重大とタカラバイオの共同チームがあり、抗がん剤や放射線治療で対処できない事例にも治療効果が期待できる新医療は、世界中の先進医療の現場で関心が高いといいます。



なぜ、ウイルスを使えばがん細胞を破壊できるのか?

 じつはこうしたウイルス療法は、100年近く前から研究が続けられていたといいます。それが1960年代に、たまたまウイルス感染したがん患者の腫瘍が収縮した症例に着目した研究者らが、「がん治療に有効かもしれない」と仮説の検証に乗り出しました。

 けれども当初投与されていたウイルスは、人間の手を加えない野生型のものです。そのため病原性を制御できず、がん細胞は破壊できても正常な細胞まで破壊してしまい永らく確立できずにいた、と東京大学医科学研究所の藤堂具紀教授は「先進医療推進機構(AMPO)」に説明しています。脳外科医で脳腫瘍が専門の同教授は、がん治療ヘルペスウイルス(G47デルタ)を開発した人物です。

 1980年代に入り、遺伝子組み換え技術が発達したことや遺伝子の機能が解明したこともあって、ようやくウイルスを制御できるところまで科学が追いついてきました。ウイルスの病原性の制御に遺伝子組み換えあり、という訳です。

 遺伝子を人工的に改変することで、病原性を自在にコントロールする。すると、正常の細胞では増殖できないものが、がん細胞でのみ増殖し細胞内から破壊。これにより正常な細胞を傷つけることなく、がん細胞だけを死滅させていくという、ウイルス療法の概念が完成しました。


がんの多様性に対し、ウイルスを使い分ける時代

 けれど、臨床実験による安全性が示されてようやく製品化へと段階が進みます。実用化に向けた道のりはつねに一歩ずつです。それでも、がんの多様性に対応する特効薬として、さまざまな機能を持ったウイルスを使い分ける時代がやってきます。がん治療革命の幕開けに期待する人は少なくないのですから。

(東京大学医科学研究所付属病院HP、日本経済新聞、TABILABOより)
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