深き苦しみの渕より、われ汝を呼ぶ(BWV38)

 今日の日曜カンタータは三位一体主日後第21主日、1724.10.29に初演されたマルティン・ルターの「主よ深きふちの底より」のコラールに基づくコラール・カンタータです。BACHは1707年にも同じ聖書箇所によるカンタータBWV131を作曲しています。



 このコラールは詩篇第130番に基づいた悔い改めの曲で、窮地に陥ったカファルナウムから来た役人のイエスへの必至の懇願が、神の助けを乞うダヴィデ王の叫びと重ねられています。

 トロンボーンの4重奏を用いた冒頭合唱も、古いモテット風で厳格な様式で作曲された全体的に悲痛で厳しい曲調です。


 一昨年はヘレヴェッヘを聴いたので、今年はピーテル・ヤン・ルーシンク指揮、ネーデルランド・バッハ・コレギウム、オランダ少年合唱団、ルース・ホルトン(S)、シトセ・ブヴァルダ(CT)、ニコ・ファン・デア・メール (T)、バス・ラムセラール(B)の演奏でお聴きください。




深き苦しみの渕より、われ汝を呼ぶ(BWV38)

1.合唱

Aus tiefer Not schrei ich zu dir,

深い淵の底からあなたを呼びます、

Herr Gott, erhör mein Rufen;

主なる神よ、この声を聞き取ってくだきい。

Dein gnädig Ohr neig her zu mir

あなたの慈愛の耳をわたしの方に傾け

Und meiner Bitt sie öffne!

その耳をわたしの願いのために開いてください。

Denn so du willt das sehen an,

もしあなたがいかなる罪と不正とがなされたかを、

Was Sünd und Unrecht ist getan,

しっかりとご覧になろうとなさるなら、

Wer kann, Herr, vor dir bleiben?

主よ、だれがあなたの前に留まり得ましょうか。

2.レチタティーヴォ(アルト)

In Jesu Gnade wird allein

イエスの慈しみにおいてのみ

Der Trost vor uns und die Vergebung sein,

われらになぐさめと赦しとがある、

Weil durch des Satans Trug und List

サタンの偽りと策略によって

Der Menschen ganzes Leben

人は生涯を通じて

Vor Gott ein Sündengreuel ist.

神の御前では罪深き者なのだから。

Was könnte nun

何がわれらの祈りに

Die Geistesfreudigkeit zu unserm Beten geben,

霊の喜びを与えることができよう、

Wo Jesu Geist und Wort nicht neue Wunder tun?

イエスの御霊と御言葉とが新しい奇跡を行わないならば。

3.アリア(テノール)

Ich höre mitten in den Leiden

わたしは苦しみのなかで

Ein Trostwort, so mein Jesus spricht.

わがイエスが語るなぐさめの言葉を聞いた。

  Drum, o geängstigtes Gemüte,

  だから、おお不安な心よ、

  Vertraue deines Gottes Güte,

  おまえの神のおぼしめしを信じなさい

  Sein Wort besteht und fehlet nicht,

  御言葉はあり続け、なくなることはない、

  Sein Trost wird niemals von dir scheiden!

  そのなぐさめがおまえから離れることはない。

4.レチタティーヴォ(器楽によるコラール付。ソプラノ)

Ach! Dass mein Glaube noch so schwach,

ああ!わたしの信仰のまだなんと弱いこと、

Und dass ich mein Vertrauen

そしてわたしの信頼が依って立つ

Auf feuchtem Grunde muss erbauen!

地盤のなんと弱いことだろう。

Wie ofte müssen neue Zeichen

なんとしばしば新しいしるしが

Mein Herz erweichen?

わたしの心を和らげねばならないことか。

Wie? kennst du deinen Helfer nicht,

なんと。おまえは救い主を知らないのか、

Der nur ein einzig Trostwort spricht,

ただひとつのなぐさめの言葉を話される方を、

Und gleich erscheint,

そしておまえの弱さが

Eh deine Schwachheit es vermeint,

御言葉を誤解しないうちに、

Die Rettungsstunde.

まさに救いの時がやってくる。

Vertraue nur der Allmachtshand und seiner Wahrheit Munde!

ただ全能の御手と真実の御口のみを信じなさい。

5.アリア(三重唱。ソプラノ、アルト、バス)

Wenn meine Trübsal als mit Ketten

たとえわたしの苦難が、まるで連鎖のように

Ein Unglück an dem andern hält,

ひとつの不幸を別の不幸に繋げても、

So wird mich doch mein Heil erretten,

それら全てが突然わたしから失せるかのように、

Dass alles plötzlich von mir fällt.

救い主がわたしを助けてくださるだろう。

Wie bald erscheint des Trostes Morgen

この辛苦と不安の夜にも

Auf diese Nacht der Not und Sorgen!

やがてなぐさめの朝が現れるように。

6.合唱

Ob bei uns ist der Sünden viel,

たとえわれらに罪が多くとも、

Bei Gott ist viel mehr Gnade;

神にはさらに多くの恩寵がある。

Sein Hand zu helfen hat kein Ziel,

どれだけ傷が大きかろうと、

Wie groß auch sei der Schade.

救いの御手には限りない。

Er ist allein der gute Hirt,

神のみが良き羊飼い、

Der Israel erlösen wird

イスラエルをその罪の全てから

Aus seinen Sünden allen.

救われる羊飼いである。

                 対訳:樋口隆一

ヨハネによる福音書 4章 46~54
 イエスは、再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、前にイエスが水をぶどう酒に変えられた所である。さて、カファルナウムに王の役人がいて、その息子が病気であった。この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞き、イエスのもとに行き、カファルナウムまで下って来て息子をいやしてくださるように頼んだ。息子が死にかかっていたからである。イエスは役人に、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と言われた。 役人は、「主よ、子供が死なないうちに、おいでください」と言った。イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った。ところが、下って行く途中、僕たちが迎えに来て、その子が生きていることを告げた。そこで、息子の病気が良くなった時刻を尋ねると、僕たちは、「きのうの午後一時に熱が下がりました」と言った。それは、イエスが「あなたの息子は生きる」と言われたのと同じ時刻であることを、この父親は知った。そして、彼もその家族もこぞって信じた。これは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた、二回目のしるしである。

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