遺伝子解析とAI が変える医療の未来

 ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーは、がん予防のために乳腺除去の手術をしました。乳がんが見つかったからではなく、遺伝子検査の結果、乳がん感受性遺伝子である「BRCA1」に変異が見つかったからです。遺伝子解析が進化する今、注目されるのが「先制医療」です。



先制医療と「予防」は、何が違う?

 予防といえば、小学校などで行われる「風疹」「はしか」などの予防接種があります。しかしこれは感染症を対象として集団で行う医療行為です。

 これに対し、「先制医療」の予防対象は、集団から個人に移っています。先制医療とは、集団を対象とした標準的医療ではなく、個人を対象とした個別化医療を行うもので、とくに予防にフォーカスするのが特徴です。

 飛躍的な医学の進歩により、遺伝子解析で様々な病気の発症につながる遺伝子の変異が明らかになってきました。また、多様な検査法が研究され、体の状態を客観的に測定し評価する各種指標(バイオマーカー)も相次いで開発されています。


遺伝+生活習慣で病気が決まる

 かつては、脳出血を起こすまで、血圧が高いことに気づきませんでした。今は血圧というバイオマーカーを計測すれば、高血圧かどうかの判定が付くようになっています。今後は、遺伝子解析と、生まれてからの生活環境を調べることで、高血圧になりやすい人を予測できるようになる可能性もあります。つまり、特定個人が将来かかりやすい病気を予測し、その病気の発症を防げるようになると期待され、これが先制医療の基本的な考え方です。

 大切なのは、40歳以上の中年期になってから将来の健康を考えるのではなく、生まれた時から健康に注意すること。これはライフコース・ヘルスケアと呼ばれる、新しい概念です。


健康長寿を実現する先制医療

 個人の遺伝子情報を解析し、早い段階からバイオマーカーをチェックしていれば、将来発症しやすい病気をかなりの程度で予測できます。まったく症状のない段階から、将来を予測して医療的介入を行えば、発症を防げる可能性があります。こうした早期介入の多くは生活習慣の改善などであるため、わずかなコストで実現可能です。例えば腎臓病の場合、尿タンパクが見つかった段階では、すでに腎臓がかなり悪化しています。最終的に人工透析が必要となれば、年間でかなりのコストが必要となります。これを未然に防げるようになればメリットは大きいといいます

 アルツハイマー型認知症に関しても、発症前に兆候を見つけられるようになってきました。「ApoE4」と呼ばれる遺伝子を持っている人は、持っていない人に比べて4〜5倍程度、アルツハイマー型認知症を発症しやすいことがわかっています。PET検査を行えば、アルツハイマー型認知症を引き起こす「アミロイドβタンパク」や「タウタンパク」が、脳内にできているかどうかがわかります。現時点でアルツハイマー型認知症を完治させる治療法は見つかっていませんが、一定の効果を期待できる薬は見つかっており、治験も始まっています。

人工知能技術が医療を変える

 日本人の死因の3分の1を占めると言われる、がん。今、飛躍的に進化したゲノム解析の技術を、がん治療に活かす試みが本格的に始まろうとしています。そこで決定的に重要な役割を果たすのが、人工知能技術(AI)だと言われています。その一例が、IBMが開発したAI「Watson(ワトソン)」です。


30億文字に上ぼるヒトのゲノム情報を読み解くと?

 がんはゲノムの変異によって引き起こされる病気です。患者のがん細胞を調べれば、ゲノムにどんな変異が起こっているかがわかります。どのような変異が起こっているかを特定できれば、その変異に関する研究を探すことで治療法も見つかる可能性があります。ところが、これを実際にやろうとすると、かなり面倒な作業となります。

 まずゲノム変異を明らかにするために、がん細胞のゲノム配列をシークエンサーで読み取ります。A、T、C、Gの4文字で綴られたゲノム情報を、スーパーコンピュータで解析できるデータとして取り出し、同時に、正常細胞のゲノムと比較するために、正常なゲノムのデータを取り出します。がん細胞のデータと、正常細胞のデータの差分がゲノム異常の情報です。これが「がんのゲノムシークエンス」と呼ばれる作業です。ヒトのゲノム情報は、30億文字分にもなり、患者一人のゲノムをすべて決めるためには、膨大な時間とコストが必要です。


膨大な論文をワトソンが”学習” 個々に合った治療法を提案

 シークエンスの結果をスパコンで解析すれば、ゲノムのどこにどんな変異が起こっているかを特定できます。世界には、ゲノムの変異とがんの関係、特定のがんに対して効果的な治療薬に関する膨大なデータがあり、研究論文や過去の事例報告は2,000万報を超え、治療薬に関する特許情報も約1,500万件以上あります。

 つまり、ゲノム変異を特定し、その異常に関する論文を調べれば、最適な治療法や治療薬が見つかる可能性は高いということです。実際、これまでは複数の医師がチームを組み、ゲノム情報データと論文データを人海戦術で突き合わせて、病名診断に取り組んできました。けれども、がん研究の論文は既に膨大な数に上り、さらに毎年20万報のペースで積み上がっています。これだけの論文を手作業で読み込み、正しい結論を導き出すのは、もはや不可能です。

 具体的には、ワトソンに論文の摘要、薬の特許情報、パスウェイ情報(遺伝子やタンパク質の相互作用を経路図として表したもの)などを読み込ませます。これによりワトソンは、遺伝子の変化がどのように絡み合った結果、どんながんになるかを学習します。その上で、ゲノムの解析結果をワトソンに読ませるのです。

 すると、ワトソンは、特定のゲノム変異に関する論文を検索し、治療のターゲットとなる遺伝子の候補をリストアップしてくれ、同時にその変異に対応する治療法や治療薬も一覧で表示し、それぞれの治療薬の現時点でのステイタスも示してくれます。

 例えば、Aという薬はアメリカで認可されて使用中、B薬なら現在治験中、C薬は他のがんの治療に認められているーといった具合です。

 つい最近のニュースでも、診断の難しかった特殊な白血病を、ワトソンがわずか10分ほどで突き止め、複数の新たな治療法を提示し、医師がそれを取り入れて患者が快方に向かったと報道されています。

 ワトソンを活用したがん臨床研究は、まだ端緒についたばかりで、基礎研究や臨床情報の充実などの課題も残ります。けれども今後は、一人ひとりのがんに最適で、副作用のない抗がん剤と治療法を提案できる可能性が拓けてきました。その先に見えているのは、がんという複雑な病気に対する的確な医療により、がんで死亡する人を減らすことができる未来です。

(Forbesより要約)
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