私たちの命を守る「おいしさ」のセンサーとは

 おいしいと感じるともっと食べたくなります。たとえば、ダイエット中なのについ一口食べたらおいしくて止まらなくなり、後悔したという人もいることでしょう。



 おいしさは舌や口の中ではなく、脳で感じられるといいます。私たちは、嗅覚、視覚、味覚、触覚、聴覚の五感を使って、食べ物のあらゆる情報を受け取っています。脳は食べ物の情報を受け取ると、それを食べてよいか悪いか判断し、食べてよいとなれば、おいしいと感じ、食欲をわかせて必要な栄養素を摂取しようとしています。一口食べるともっと食べたくなるのはそのためです。

 おいしさを感じさせる要因には、味やにおいばかりでなく、食べ物の色や形、食べたときの食感や音など、さまざまなものが含まれます。さらに、このようなや食べ物の直接的な要因だけでなく、食べる人の体調や食べるときの環境、食文化などの間接的な要因にもおいしさは左右されています。そのために、「おいしい」とはよく使う言葉だが、実際はこの感覚はかなり複雑です。

 おいしさは、本能的に感じるものと経験的に感じるものに大別することができます。

 疲れたときに甘いものがおいしく感じ、汗をかいたときに塩分を含むものが欲しくなるのが、本能的なおいしさです。

 一方、子供のときには苦手だった食べ物が、大人になったらおいしく感じる、また、好物はおいしく感じるなど、食経験を重ねることでもたらされるのが経験的なおいしさです。

 経験的なおいしさは、人それぞれで基準が異なりますが、本能的なおいしさは生まれながらに感じられる共通なものです。ただし、おいしさのメカニズムは複雑で不明な点が多く、おいしさを客観的に評価することも難しいのが現状です。

味は必要・危険のシグナル

 私たちは普通、甘いものをおいしく感じ、苦いものはおいしく感じません。甘い、苦いといった味覚は、食べ物に含まれている化学物質の刺激が脳に伝えられて、識別されるものです。

 味覚は「甘味」「塩味」「旨味」「酸味」「苦味」で構成されています。このうち、甘味、塩味、旨味は、食経験のない赤ちゃんでもおいしく感じます。甘味はエネルギー源の糖、塩味は生体調節などに必要なミネラル、旨味はタンパク質のもとになるアミノ酸や核酸、それぞれに由来します。つまり、甘味、塩味、旨味は、人体に必要な栄養素の存在を知らせるシグナルとなっています。



 一方、苦味や酸味ばかりを好む人はいないし、赤ちゃんも苦味や酸味は嫌がります。腐ったものは酸っぱくなり、毒のあるものは苦いものが多いため、酸味は腐敗を、苦味は毒素の存在を知らせる味です。これらの味は危険のシグナルになり、おいしく感じません。ただし、食経験を積んで、安全な食べ物だと認識されれば、コーヒーやビール、梅干しなどのように苦味や酸味のある食べ物もおいしく感じます。これが経験的なおいしさです。

 つまり、味は食べてもよいのか、悪いのかを判断するためのシグナルになっています。同じように、においや色なども食べ物を判断するための重要な情報です。人は本能的に人体に必要なものをおいしいと感じ、人体に害のあるものはおいしく感じないようになっています。おいしく感じれば、もっと食べようとするし、そうでなければ、食べるのをやめます。

 人類の歴史をさかのぼれば、食べることは命がけの行為でした。せっかくの獲物でも、毒が含まれているものを食べたら、命を落とすかもしれません。食べ物を見分けるために人類はこの能力を身につけたのでしょう。

おいしさは食欲を刺激する

 私たちがどのようにおいしさを感じ、食欲をわかせているのでしょうか。五感によって受け取った、味や香り、色、形などの外観、温度、歯ごたえなどの食べ物の情報は、大脳皮質のそれぞれの感覚野に伝えられます。大脳皮質とは大脳の表面に広がる薄い神経細胞の層で、知覚や思考などの中枢になっています。感覚野は大脳皮質のうち、感覚に関与している部分です。情報は感覚野に伝えられた後、大脳皮質連合野という部分に集まり、食べ物が安全かどうか、求める栄養素を含むかなどを判断します。



 味覚などの五感から得た食べ物の情報と血糖値など生理的な状態の情報は、さらに扁桃体(へんとうたい)へと伝わる。偏桃体とは、大脳の内側にある大脳辺縁系の一部で、いい気持ちになったり、不愉快になったりする、「快・不快」の本能的な感情を生み出しているところです。ここでは、記憶や体験など過去の情報と照合し、食べ慣れていて安心して食べられるなどの手がかりをもとに、好ましいかどうかを判断します。

 扁桃体の情報は、さらに視床下部へと伝わります。視床下部は、偏桃体の近くにある食欲をコントロールする部分で、食べるように促す摂食中枢と、食べるのをストップさせる満腹中枢に分かれています。好ましい食べ物の場合は摂食中枢を刺激します。すると食欲が増し、おいしく味わって食べることができます。好ましくない場合は、食べることをやめます。

 このように脳に集まったさまざまな情報が次々に伝達されることで、おいしさを感じ、私たちの食行動を決めているのです。

おいしさは生命維持のために備わった快感

 一言でいえば、おいしさは食べ物を食べたときの「快感」です。快感は大脳皮質で理知的に判断されるのではなく、偏桃体で本能的に感じるものです。偏桃体で感じる「快・不快」の感情は、動物の行動を理解するために使われます。動物は「快」をもたらす刺激には接近し、「不快」をもたらす刺激は遠ざけます。

 そこで、食べることに「快」をもたらすことで、食欲という生命維持に欠かせない欲望を生み出しています。「食べたい」と思うのはどの動物でも共通なので、人類以外の動物にもおいしいという感覚はあるのでしょう。

 私たちは食べ続けなければ生きてゆけません。それなのに食べることが苦痛だったら、あっという間に、人類は滅びていたことでしょう。そこで、生体は食べることに心地よさや喜びを感じさせるようになっているのです。おいしいという快感が、「もっと食べたい」という感覚を生じさせることで、私たちは生命を維持できるのです。

 毎日おいしく食べられるのは、生きていることの証です。

(JBPressより)
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