最先端のナノ医療で「がん細胞」を撃退

 公益財団法人 川崎市産業振興財団の最先端医療研究施設「ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)」が昨年立ち上がりました。そこで進むのが体内病院(In-Body Hospital)や切らない手術などのナノ医療テクノロジーの研究です。



微小なカプセル型のスマートナノマシンが血液中をパトロール

 「体内病院」とは、耳慣れない言葉ですが。簡単に言えば、微小なカプセル型のスマートナノマシンが血液中をパトロールし、常に体内を監視しながら、病気を検知するや否や、ピンポイントで病巣に狙いをつけ、自動的に治療する仕組です。

 まず、診断と治療に必要な要素技術を組み込んだ機能分子を、ウイルスサイズ(50ナノメートル)のスマートナノマシンに搭載します。スマートナノマシンは、24時間フルタイムで全身の血管中をくまなく巡回しながら、病気の予兆を見つけ、治療を行い、体外に治療情報を直ちに知らせます。つまり、体内の必要な場所で必要な時に必要な診断と治療を行うDDS(ドラッグデリバリーシステム)、それが体内病院です。

 nm(ナノメートル)は、10億分の1メートル。スマートナノマシンは、想像できないほどの超微小なカプセルです。病院に行かなくても、血液中を泳ぎまわるスマートナノマシンが病気を見つけ、治療します。まさにSF映画「ミクロの決死圏」の空想世界が現実になろうとしています。


体内病院メリットとは?

 たとえば、入院せずに通院でき、入院日数を短縮でき、難病に罹っても、日常生活を送りながら治療に専念できます。その結果、医療費の抑制にも貢献できます。つまり、医療にかかる時間、コスト、距離を意識せずに、いつでも・どこでも・誰でも、心理的・身体的・経済的な負担から解放され、自然体で健康に暮らせるスマートライフケア社会を実現する、それがiCONMが掲げる長期的なビジョンです。

 体内病院は、まず親水性と疎水性を備えた優れたナノサイズの高分子カプセル(抗がん剤内包高分子ミセル)をデザインすることから始まります。次に、高分子カプセルで抗がん剤を包む→高分子カプセルで包んだ抗がん剤をがん組織に送り込む→抗がん剤ががん組織を直撃し、副作用を抑えるという流れになります。

 この高分子カプセルの直径は、ウイルスと同じ30~100nmのミクロサイズなので、がん組織を透過して抗がん剤を患部に届けることができます。しかも、高分子カプセルは、がん組織に異物として排除されないように、表面をステルスポリマーと呼ぶ高分子で覆っています。したがって、がん組織に届いた高分子カプセルは、がん組織に向かって抗がん剤をピンポイントで放出できるわけです。

 つまり、がん組織は正常組織よりもph(水素イオン濃度指数)が低いので、phに反応した高分子カプセルが破壊されると、カプセル内の抗がん剤が放たれます。抗がん剤は、がんの細胞膜の中にだけ作用するため、その他の細胞を傷つけず、がん組織を欺いて攻撃する巧みな戦略は、まさにギリシア神話の「トロイの木馬」を彷彿とさせます。

 この高分子カプセルを活用したDDSは、効果が高く、副作用が低いことから、転移したがん、薬物耐性を獲得したがん、薬剤が届きにくい部位にできた難治性のがんやがん幹細胞にも対処できます。現在、抗がん剤を内包した高分子カプセルは、実用化に向けて複数の臨床試験が進行しています。


最終ゴールは診断と治療の両方をこなす薬剤開発の実用化

 このように、体内病院というナノ医療テクノロジーは、実に先駆的な戦略です。しかし抗がん剤を内包した高分子ミセルによるDDSは、究極のスマートナノマシンを実現する第1ステップにすぎません。診断と治療の両方をこなす薬剤の開発が最終ゴールだからです。

 今年5月、iCONM(アイコン)は、東京工業大学、量子科学技術研究開発機構と連携し、がんの悪性度を可視化するナノマシン造影剤を開発しました。

 がん組織内部の低酸素領域は、抗がん剤が届きにくく、放射線治療の効果も低いので、がんが悪性化しやすく、転移しやすいなど、がんの治療抵抗性が極めて強いという特性があります。このようなハンディを克服するべく開発されたのが、ナノマシン造影剤です。がん組織内部の低酸素領域をMRI(核磁気共鳴画像法)によって高感度に検知するナノマシン造影剤は、がん組織の病態を鮮明にイメージング(可視化)できるので、適確な病理診断につながる大きなメリットがあります。

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 つまり、ナノマシン造影剤は、MRI造影効果を持つマンガン造影剤と生体に安全なリン酸カルシウムを合成していることから、がん組織内部のPHの低い環境(PH6.5~6.7)に応答して溶解しやすくなります。

 したがって、ナノマシン造影剤は、血流中の環境(pH7.4)では安定していますが、がん組織内部の低いPHに応じて、ナノ粒子からマンガン造影剤を放出できます。放出されたマンガン造影剤は、がん組織のタンパク質と結合すると、MRIの強度を約7倍に増幅するため、がん組織を高感度に検出できます。

 しかも、ナノマシン造影剤は、生体検査で広く利用されている造影剤と比べて低侵襲なので、体内のあらゆる臓器や組織に適用できるだけでなく、イメージング(可視化)による病理診断技術としての実用化が大いに期待されています。


小惑星探査機「はやぶさ」のようなスマートナノマシンも出現か?

 しかし、体内病院は、もっと先を見ています。ナノマシン造影剤によって抗がん剤をがんの患部に届ける(delivery)のではなく、その場で創る(in situ drug production)研究も進められています。

 たとえば、細胞内の遺伝子に光を当て、遺伝子の機能をコントロールしてタンパク質を創る技術が開発されれば、がん組織やその周辺で抗がん剤を合成できることから、まさにリアルタイムながん治療が可能になるでしょう。

 アルツハイマー病やパーキンソン病などの難治性疾患にも適用を広げる計画もあるといいます。脳の血液脳関門は、異物を侵入させないため、薬剤が届きにくいもですが、ポリオウイルスが血液脳関門を難なくかいくぐって脳に侵入するメカニズムを活用し、脳神経細胞にまで届く薬剤の開発を狙っているといいます。

 つまり、スマートナノマシンが体内をくまなく巡りながら、患部の生体情報を収集する→体内に埋め込んだチップが疾患を判断する→疾患の情報を体外へ無線で発信する→スマートナノマシンが治療を完了して、無事帰還する。こんな小惑星探査機「はやぶさ」のようなスマートナノマシンがデビューするのも、決して夢物語ではないといいます。

 スマートナノマシンなら、細胞の上に抗原タンパク質などを自在に並べられるようになります。このような分子の集積技術など、究極のナノテクノロジーに焦点を当てたiCONM(アイコン)は、医療と工学の共同研究の先駆けとして、世界に類のない先見的なプロジェクトで、「未来の病院は自分の体内にある」といわれています。

 体内病院が実現すれば、健康で未病でも、スマートナノマシンがパトロールしてくれます。何か異変をキャッチすれば、すぐにシグナルが送られて来ます。仮に病気に罹っても、薬が体内で合成され、素早く手を打てます。知らないうちに治療が完了し、元気になっています。こんなスマートライフケア社会がすぐそこまで来ています。

(ナノ医療イノベーションセンターHP、HealthPressより)
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