新らしき盟いのよろこびのとき(BWV83)

 今日はマリアの潔めの祝日で、受胎告知日やエリザベート訪問日と並んでマリアの祝日です。この作品は1724.2.2にライプツィヒで初演されたました。当日の福音書章句の内容「イエスの神殿奉献」を題材にしたカンタータです。

*盟い(ちかい)= 神に固く約束すること


oraciones-tradicionales-15-el-nunc-dimittis-L-3ueF4H.jpeg


 台本は福音書におけるシメオン老人のの物語をふまえています。マリアが幼子イエスをエルサレムに連れて行き、シメオン老人が幼子を抱いて祝福したことをテーマにしたものです。歌詞は一見して喜ばしく、お祭りの歌のように感じますが、実際には「喜びの時」というのは「この世とお別れをする時」ということを表しています。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ&合唱団、エリザベス・フォン・マグナス(A)、イェルク・デュルミュラー(T)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。





新らしき盟いのよろこびのとき(BWV83)

1 .アリア(アルト)

Erfreute Zeit im neuen Bunde,

新しい契約のもたらす嬉しい時よ、

Da unser Glaube Jesum hält.

今私たちの信仰はイエスを抱く。

   Wie freudig wird zur letzten Stunde

 なんと嬉しいことか、最期の刻に

 Die Ruhestatt, das Grab bestellt!

 休み場である墓が予約されるとは。

2.朗詠とレチタティーヴォ(バス)

Herr, nun lässest du deinen Diener

「主よ、今こそあなたはこの僕を

in Friede fahren, wie du gesaget hast.

安らかに逝かせてくださいます、お言葉どおりに。」

Was uns als Menschen schrecklich scheint,

私たち人間には驚異と思えることが、

Ist uns ein Eingang zu dem Leben.

私たちにとっての、命への入りロである。

Es ist der Tod

死というものは

Ein Ende dieser Zeit und Not,

この世と苦難の終わりであり、

Ein Pfand, so uns der Herr gegeben

主が私たちに与えてくださった担保なのだ。

Zum Zeichen, dass er's herzlich meint

それは、主が心から考えてくださることのしるし、

Und uns will nach vollbrachtem Ringen

主は私たちを激しかった闘いの後で、

Zum Frieden bringen.

安らぎへもたらそうとされる。

Und weil der Heiland nun

救い主がいまや

Der Augen Trost, des Herzens Labsal ist,

この目の慰め、心の滋養であるからには、

Was Wunder, dass ein Herz des Todes Furcht vergisst!

なぜ不思議なことがあろう、心が死の恐怖を忘れても!

Es kann den erfreuten Ausspruch tun:

心は嬉しさに、こんな言葉さえ発するのだ:

Denn meine Augen haben deinen Heiland gesehen,

「なぜなら、私の目があなたのつかわされた救い主を見たからです。

welchen du bereitet hast für allen Völkern.

この方を、あなたは万民のために準備されました。」

3 .アリア(テノール)

Eile, Herz, voll Freudigkeit

急ぎなさい、心よ、喜びに満ちて、

Vor den Gnadenstuhl zu treten

恵みの御座へと歩みなさい!

  Du sollst deinen Trost empfangen

 お前は慰めを受け

  Und Barmherzigkeit erlangen,

  憐れみにあずかるだろう。

 Ja, bei kummervoller Zeit,

  そうだ、悲嘆に満ちた時にこそ

 Stark am Geiste, kräftig beten.

 霊にあって強く、力を込めて祈るがいい。

4 .レチタティーヴォ(アルト)

Ja, merkt dein Glaube noch viel Finsternis,

そうだ、お前の信仰がなお多くの暗闇を認めても、

Dein Heiland kann der Zweifel Schatten trennen;

救い主は、疑いの影をぬぐい去ることができる。

Ja, wenn des Grabes Nacht

そうだ、墓の夜が

Die letzte Stunde schrecklich macht,

最期の刻を恐ろしいものとしても、お前は必ずや、

So wirst du doch gewiss

主の明るい光を

Sein helles Licht im Tode selbst erkennen.

死それ自体の中に認めるだろう。

5 .コラール

Es ist das Heil und selig Licht

主は救いにして幸いの光、

Für die Heiden,

異邦人のための。

Zu erleuchten, die dich kennen nicht,

その光は、あなたを知らぬ人々 をも照らし、

Und zu weiden.

牧する。

Er ist deins Volks Israel

主はあなたの民イスラエルの

Der Preis, Ehre, Freud und Wonne.

讃美、栄光、喜びにして喜悦。

                      対訳:磯山 雅


ルカによる福音書 2章 22-32

 さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に捧げるため、エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。シメオンが”霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定通りにいけにえを献げようとして、イエスを連れてきた。シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する