軽薄な心をもてるものは(BWV181)

 今日は復活節前第8主日(六旬節の主日)ですが、1723年から続いてきた第1年目のカンタータの制作は、このBWV181をもって一旦終わり、聖金曜日に初演されたヨハネ受難曲の準備に費やされたものと思われます。この曲は1724.2.13に初演されました。


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フランソワ・ミレー - 種まく人


 当日の福音書で語られるのは「種まく人」のたとえです。種まきが種を蒔いていると、ある種は道端に落ち、踏みつけられ、鳥に食べられてしまった。他の種は岩に落ち枯れた、いばらの間に落ち、これに塞がれた種もあった。しかし他の種は良い地に落ちて百倍の実を結んだ。ここで「種」に例えられているのは、神の言葉です。高貴な種である御言葉を取り逃がすことがないよう警告しています。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、リサ・ラーソン(S)、エリザベス・フォン・マグナス(A)、ゲルト・テュルク(T)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。終曲の合唱はOVPPで演奏しています。





軽薄な心をもてるものは(BWV181)

1.アリア(バス)

Leichtgesinnte Flattergeister

軽薄でいい加減な人たちは

Rauben sich des Wortes Kraft.

み言葉を無力にしてしまう。

Belial mit seinem Kindern

ただでさえ悪魔が

Suchet ohneem zu hindern,

妨害しようとしているのに、

Dass es keinen Nutzen schafft.

み言葉を無益にしてしまおうと。

2.レチタティフ(アルト)

O unglueckselger Stand verkehrter Seelen,

おお、ゆがんだ魂の不幸な姿よ、

So gleichsam an dem Wege sind;

まるで道ばたに落ちた種のようだ。

Und wer will doch des Satans List erzaehlen,

だれもサタンの奸計を教えてくれはしない、

Wenn er das Wort dem Herzen raubt,

み言葉を人の心から奪う彼のたくらみを。

Das,am Verstande blind,

人の心は盲目とされ

Den Schaden nicht versteht noch glaubt.

災いを理解もできず信じることもできない。

Es werden Felsenherzen,

心は岩になって、

So boshaft widerstehn,

不遜に逆らい、

Ihr eigen Heil verscherzen

自分の救いを取り逃がし、

Und einst zugrundegehn.

ついには滅びてしまう。

Es wirkt ja Christi letztes Wort,

しかしキリストの最後の言葉は、

Dass Felsen selbst zerspringen;

岩さえ打ち砕いてしまう。

Des Engels Hand bewegt des Grabes Stein,

天使の手は墓の石も動かし、

Ja,Mosis Stub kann dort

モーセの杖は、そこで、

Aus einem Berge Wasser bringen.

山から水を湧き出させる。

Willst du,o Herz,noch haerter sein?

それでも、おお、心よ、まだ頑なでいるというのか。

3.アリア(テノール)

Der schaedlichen Dornen unendliche Zahl,

有害な茨の何と多いことか、

Die sorgen der Wollust,die Schaetze

その茨は、財産をふやしたいという

zu mehren,

欲望に心を乱し、

Die werden das Feuer der hoellischen Qual

地獄の苦痛の炎を

In Ewigkeit naehren.

永遠に燃やし続ける。

4.レチタティフ(ソプラノ)

Von diesen wird die Kraft erstickt,

そのおかげで力を封じられて、

Der edle Same liegt vergebens,

高貴な種はむだに播かれるのだ。、

Wer sich nicht recht im Geiste schickt,

もし精神を正しく整え、

Sein Herz beizeiten

心が、時期にふさわしく、

Zum guten Lande zu bereiten,

良い土地になって、

Dass unser Herz die Suessigkeiten schmecket,

甘い実を味わえるように準備するなら、

So uns dies Wort entdecket,

このみ言葉は、私たちに、この世と

Die Kraefte dieses und des kuenftigen Lebens.

来るべき世の命の力を示してくださるのだ。

5.合唱

Lass,Hoechster,uns zu allen Zeiten

至高者よ、いつの世にも私たちに、心の慰め

Des Herzens Trost,dein heilig Wort!

であるあなたの聖なるみ言葉を与えて下さい。

Du kannst nach deiner Allmachtshand

あなたは、ただ一人、その全能のみ手で

Allein ein fruchtbar gutes Land

豊かな良い土地を

In unsern Herzen zubereiten.

私たちの心に備えてくださる。

 対訳:川端純四郎


ルカによる福音書 8章 4-15

 大勢の群衆が集まり、方々の町から人々がそばに来たので、イエスはたとえを用いてお話しになった。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。また、ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」イエスはこのように話して、「聞く耳のある物は聞きなさい」と大声で言われた。弟子たちは、このたとえはどんな意味かと尋ねた。イエスは言われた。「あなたがたは神の国の秘密を悟ることが許されているが、他の人々にはたとえを用いて話すのだ。それは、『彼らが見ても見えず、聞いても理解できない』ようになるためである。」「このたとえの意味はこうである。種は神の言葉である。道端のものとは、御言葉を聞くが、信じて救われることのないように、後から悪魔が来て、その心から御言葉を奪い去る人たちである。石地のものとは、御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと身を引いてしまう人たちのことである。そして、茨の中に落ちたのは、御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟すまでに至らない人たちである。良い土地に落ちたのは、立派な善い心で御言葉を聞き、よく守り、忍耐して実を結ぶ人たちである。」

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