イエス十二弟子を召寄せて(BWV22)

 復活節前第7主日(五旬節の主日)の聴くカンタータは、BWV23と同じく、聖トーマス教会のカントルに応募した際の採用試験曲として作曲され、1723. 2.7にBWV23と同時に初演されました。

 すでにBWV23が用意されていましたが、ライプツィヒに到着後、一般信徒への印象をよくするために、このカンタータが追加されたと言われています。BACHはこの2曲を可能な限り対照的に仕上げることによって、作曲家としての幅の広さを示しています。


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 受難曲を思わせる厳粛なBWV23に対し、BWV22は舞曲のリズムを交えつつ当世風の優美さで綴られています。

 五旬節の福音書の章句は、弟子たちに対しイエスの述べる受難、復活の予告と「エリコの盲人の癒やし」のエピソードです。BWV22は受難、復活の予告を取り上げ、12人がそれを理解せず、彼らの無理解を信徒個人の問題に置き換え、イエスの帰衣を説いてゆきます。


 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮、コレギウム・ヴォカーレ・ゲント&オーケストラ、マシュー・E・ホワイト(CT)、ヤン・コボウ(T)、ペーター・コーイ(B)の演奏でお聴きください。





イエス十二弟子を召寄せて(BWV22)


1.アリオーソ(テノール、パス)および合唱

T:  Jesus nahm zu sich die Zwölfe und sprach:

      イエスは御許に十二弟子を招き寄せ、言われた。

B:  Sehet, wir gehn hinauf gen Jerusalem, und es wird alles           vollendet werden,

    das geschrieben ist von des Menschen Sohn.

    「見よ、われわれは上って行く、エルサレムに、

    そしてことごとく完成されるであろう、

    人の子について記されていることが。」

Chor:Sie aber vernahmen der keines und wussten nicht,

was das gesaget war.

彼らはしかしこのことの何一つ悟らず、

わからなかった、何が言われていたのかが。

2.アリア(アルト)

Mein Jesu, ziehe mich nach dir,

わがイエスよ、引き寄せませ御身へと。

Ich bin bereit, ich will von hier

覚悟があります、ここを去り

Und nach Jerusalem zu deinen Leiden gehn.

エルサレムヘ、卿受難のもとへと参ります。

   Wohl mir, wenn ich die Wichtigkeit

  この身に幸あり! もしその意義、

  Von dieser Leid- und Sterbenszeit

  この苦難と死の時の意義を

  Zu meinem Troste kann durchgehends wohl verstehn!

  わが慰めとしてもれなくよく悟るなら。

3.レチタティーヴォ(パス)

Mein Jesu, ziehe mich, so werd ich laufen,

わがイエスよ、引き寄せ給え、さすれば馳せ参じましょう、

Denn Fleisch und Blut verstehet ganz und gar,

血肉は、まったく惰りません、

Nebst deinen Jüngern nicht, was das gesaget war.

衡弟子たちと同様に、何が言われていたのかを。

Es sehnt sich nach der Weltund nach dem größten Haufen;

それは憧れ求めます、この世を、そして大勢の仲間を。

Sie wollen beiderseits, wenn du verkläret bist,

どちらも、御身が輝く姿となり給うたその時は

Zwar eine feste Burg auf Tabors Berge bauen;

堅い砦をタポルの山に築く心づもりです。

Hingegen Golgatha, so voller Leiden ist,

ですが苦難に満ちたゴルゴタには、

In deiner Niedrigkeit mit keinem Auge schauen.

卑しい御姿の御身には、目もくれません。

Ach! kreuzige bei mir in der verderbten Brust

ああ! 十字架につけ給え、この腐った胸のうちで、

Zuvörderst diese Welt und die verbotne Lust,

なによりこの世と禁じられた快楽とを。

So werd ich, was du sagst, vollkommen wohl verstehen

さすれば、御身の言われることを、欠けるところなくよく悟り、

Und nach Jerusalem mit tausend Freuden gehen.

エルサレムへと千もの悦びもって参りましょう。

4.アリア(テノール)

Mein alles in allem, mein ewiges Gut,

わがすべてのすべて、わが永遠の財よ、

Verbessre das Herze, verändre den Mut;

改め給えこの心を、変え給えこの性根を。

Schlag alles darnieder,

打ち倒し給えことごとく

Was dieser Entsagung des Fleisches zuwider!

この肉の断念に逆らうものを!

Doch wenn ich nun geistlich ertötet da bin,

しかしこの身が霊にあって滅ぼされたその時、

So ziehe mich nach dir in Friede dahin!

引き去り給えこの身を、平安のうちに御身へと

5.コラール

Ertöt uns durch dein Güte,

滅ぼし給えわれらを、御身の慈しみもって、

Erweck uns durch dein Gnad;

起こし給えわれらを、御身の御意みもって。

Den alten Menschen kränke,

古き人を弱め給え、

Dass der neu' leben mag

新しき人が生きるよう、

Wohl hie auf dieser Erden,

ここ、この地上にあって、

Den Sinn und all Begehren

志とあらゆる希み、

Und G'danken hab'n zu dir.

思いを御身へと向けるよう。

                   訳詞:磯山 雅


ルカによる福音書 18章 31~43

 イエスは、十二人を呼び寄せて言われた。「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子について預言者が書いたことはみな実現する。人の子は異邦人に引き渡されて、侮辱され、乱暴な仕打ちを受け、唾をかけられる。彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する。」

 十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである。イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。群衆が通って行くのを耳にして、「これは、いったい何事ですか」と尋ねた。「ナザレのイエスのお通りだ」と知らせると、彼は、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と叫んだ。

 先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れて来るように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。「何をしてほしいのか。」盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。

 そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した。
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