罪に逆らうべし(BWV54)

 ヴァイマル時代の復活節前第4主日、1714年又は1715年初演されたとされるこの曲は、この期間唯一のカンタータなので毎年聴いています。

 わずか3つの楽章からなるカンタータで、2つのアルトのアリアがレチタティーヴォを挟むだけという短いカンタータです。楽譜として残されていない終曲に、コラール(合唱)が演奏された可能性もあります。


イエス.jpg


 ゲオルク・クリスティアン・レームスのカンタータ歌詞集に含まれる復活節前第4主日のためのテキストに作曲されましたが、ライプツィヒではイエスの受難に想いを致す受難時期として、禁欲と謹慎に務める期間なので、再演されませんでした。後に第1曲のアリアが「マルコ受難曲」BWV247に転用されました。


 今年はラルス・ウルリク・モーテンセン指揮、オランダ・バッハ協会管弦楽団、合唱団、マールテン・エンヘルチェス (CT)の演奏会の動画でお聴きください。





罪に逆らうべし(BWV54)

1.アリア(アルト)

Widerstehe doch der Sünde,

罪を逆らいなさい、

Sonst ergreifet dich ihr Gift.

さもないとその毒がお前をとらえる。

Lass dich nicht den Satan blenden;

サタンに眩惑されてはいけない。

Denn die Gottes Ehre schänden,

なぜなら神の名誉を傷つけるものらは、

Trifft ein Fluch, der tödlich ist.

死の呪いを受けるからである。

2.レチタティーヴォ(アルト)

Die Art verruchter Sünden

いかがわしい罪は

Ist zwar von außen wunderschön;

外観からはとても美しい。

Allein man muss

とは言え人は

Hernach mit Kummer und Verdruss

彼から苦悩と不愉快とともに

Viel Ungemach empfinden.

多くの不安をなめねばならない。

Von außen ist sie Gold;

外見では黄金だが、

Doch, will man weiter gehn,

しかしさらに進もうとすると、

So zeigt sich nur ein leerer Schatten

現れるのはただの虚しい影と

Und übertünchtes Grab.

白く塗った墓のみ。

Sie ist den Sodomsäpfeln gleich,

罪はソドムの林檎に似て、

Und die sich mit derselben gatten,

それと交わる者どもは、

Gelangen nicht in Gottes Reich.

神の御国は到らない。

Sie ist als wie ein scharfes Schwert,

罪はあたかも呪いの短刀のように、

Das uns durch Leib und Seele fährt.

われらの体と魂とを貫通する。

3.アリア(アルト)

Wer Sünde tut, der ist vom Teufel,

罪を犯す者は悪魔に属している、

Denn dieser hat sie aufgebracht.

なぜなら悪魔が彼らを生んだからだ。

Doch wenn man ihren schnöden Banden

しかし彼らの汚らわしい約束に

Mit rechter Andacht widerstanden,

正しい祈りで逆らうと、

Hat sie sich gleich davongemacht.

彼らはすぐに逃げてしまった。

                    対訳:樋口隆一


ルカによる福音書 11章 14-28

 イエスは悪霊を追い出しておられたが、それは口を利けなくする悪霊であった。悪霊が出て行くと、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆した。しかし、中には、「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言う者や、イエスを試そうとして、天からのしるしを求める者がいた。しかし、イエスは彼らの心を見抜いて言われた。「内輪で争えば、どんな国でも荒れ果て、家は重なり合って倒れてしまう。あなたたちは、わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出していると言うけれども、サタンが内輪もめすれば、どうしてその国は成り立っていくだろうか。わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間は何の力で追い出すのか。だから、彼ら自身があなたたちを裁く者となる。しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その持ち物は安全である。しかし、もっと強い者が襲って来てこの人に勝つと、頼みの武具をすべて奪い取り、分捕り品を分配する。わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。」

 「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出てきたわが家に戻ろう』と言う。そして、戻ってみると、家は掃除をして、整えられていた。そこで、出かけて行き、自分よりも悪い他の七つの霊を連れてきて、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。」

 イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。」しかし、イエスは言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」
スポンサーサイト
コメント

No title

こんにちは。はじめまして。
バッハのカンタータに関連して、キリスト教の祭日の日本語訳をさがしていたところ、okimideikoさんのブログに出会いました。
選んでいただいたこのyoutubeの演奏では、佐藤俊介さんがコンサートマスターですね。昨年の夏、こちらの音楽祭で、ラモーのオペラ Les Indes Galantes が公演されたのですが、幕が開く前、オーケストラピットからひときわ際立つヴァイオリンの音。誰?と見てみたら、なんと佐藤俊介さんでした。このオペラ公演だけのために編成されたオーケストラなのに、すばらしい演奏家たちが集められていて、感激したものです。以前、カヴァリのオペラ上演にあたっては、ヒロ クロサキさんが弦楽器のトレーナーをされていましたが、本当に幸運だったと思いました。
佐藤さんの新しいCD、ヴィヴァルディの「四季」では、どんどん極まる演奏技巧を感じました。
毎日、とても興味深いブログ、これからも楽しみにしています。

No title

千花様
コメントありがとうございます。
 数年前から教会歴に合わせて、バッハの教会カンタータを聴いています。カンタータは歌詞の意味が分からないと、曲想すら理解できません。しかもその歌詞は、演奏当日に朗読された福音書の内容と密接に結びついています。
 自身の鑑賞のため調べた内容を、ブログとして残すことが目的で書き始めたのですが、歌詞の日本語訳は一部しかネットでは見つかりません。そこでYouTubeに投稿された動画を拝借して、対訳の歌詞と福音書の内容を掲載しています。(主に小学館バッハ全集よりOCRでテキスト化)
 佐藤俊介さんは数年前から注目していましたが、最近FelineYogiさんがNBVなどの演奏会動画を投稿されているので、聴く機会が増えました。まだ32歳の若さなので、どこまで成長するかとても期待しています。
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する