「飛ぶヨット」がアメリカズカップ連覇を狙う

 スポーツのトロフィーに関していえば、「アメリカズカップ」の優勝杯ほど歴史の古いものはありません。アメリカズカップの出場チームは1851年から、「オールド・マグ」と呼ばれる、凝った装飾が施された純銀製の水差し型カップをめぐって闘ってきました。



 アメリカズカップに参戦するヨットは、F1カーがファミリーセダンに似ていないのと同様、高級ヨットとは似ても似つかない形をしています。高級ヨットのように帆走しますが、共通点はそれだけです。最高峰のヨットレースで優勝を目指すチームは、最新技術と最新素材に大金を投じ、水面を切るように航行するというよりも「水上を飛ぶ」ヨットを生み出しました。

 前回の優勝チームである「オラクル・チームUSA」は2月14日、2017年に進水させるヨットを発表しました。そのデザインは、黒と赤のツートンカラーのミサイル2基を、格子状になったカーボンファイバー製のパイプで結びつけ、その上に布製の帆がそびえたようなもの。伝統的な要素は、この帆だけです。今にも飛び立ちそうに見えるのは、オラクルの依頼を受けた大手航空機メーカーのエアバスがチューニングしたといわれます。



 このヨット「AC50」は、前回のアメリカズカップで優勝したヨットの設計を一部改良したものです。前回の使用艇はパワフルすぎて、プロのクルーでも扱うのが難しいと批判されました。サンフランシスコで開催された2013年のレースでは、数艇のヨットが衝突し、クルーが1人死亡しました。そのため今回の新艇は、全長が72フィート(約22m)から50フィート(約15m)になり、必要なクルーも11人ではなく6人となっています。なお、挑戦艇はいずれも、前回の優勝艇(防衛艇)が選んだのと同じ基本設計を採用します。

 このレースで使われるヨットの技術は進化を続けてきました。アメリカズカップ・クラスの双胴船(カタマラン)は、船体の下にある水中翼によって発生した揚力を利用して、船体を波から引き上げて飛ぶように航行させます。船体で水面を切るように航行するのではなく、水面を滑っていきます。その外観は、船体の下に小さな足があるように見えます。

 「ホッケースティックのようなこの小さな水中翼で、水を切るように進んでいきます」と、オラクル・チームUSAの設計者アーロン・ペリーは説明します。同氏はこの1年半、バミューダで新しいヨットを開発してきました。抵抗が小さいほどスピードが増すので、水中翼を使い始めてから速度は2倍になりました。2013年のアメリカズカップでは、エミレーツ・チーム・ニュージーランドが時速80kmを上回っています。今年の参加艇は小型化していますが、速度はもっと速いとみられます。



 小型化して高速化することに、創造性が入り込む余地はあまりなく、50ページにわたる設計ガイドラインで、水中翼の形状や制御システムなど、いくつかの主要素を除いて同じ設計にするよう求められているからです。そこでエアバスのエンジニアは、空気力学に関する専門知識に焦点を合わせなした。「航空技師にとっては驚きでしたが、水面から浮くこのヨットの設計に採用された技術は、航空機の開発やテストに使われているものとよく似ています」と、セーリング好きで知られるエアバスの事業開発担当責任者ピエール=マリー・ベローは語ります。

 エアバスは、ハンブルクにある試験施設で水中翼をテストしました。そこでは航空機の翼によく行われる振動試験やねじり試験、曲げ試験のほか、極限までの圧力試験も行われました。その成果は素晴らしいもので、以前のヨットは追い風のときしか「飛ぶ」ことができませんでしたが、オラクルは状況に関係なく水中翼を使いこなせる方法をほぼ完成させました。「練習では水中翼が外れることなくレースを完走しています」と、オラクル・チームUSAのペリーは言います。

 なにごとも運任せにはしたくないオラクル・チームUSAは、BMWと提携し、ツーリングカー・レースに由来するステアリングシステムも組み込みました。自動車用に設計された半自動操舵システムを利用して、ほぼ瞬時に舵輪の回転に反応するヨットをつくったのです。

 さまざまな技術をとり入れて試験を重ねてきたとはいえ、レース当日は人的要因に左右されます。「それは水上の状況と、クルーがいかに良い仕事をするかにかかっています」とペリーは語ります。すべてが完璧なタイミングでなければならないし、“飛行”の際には調整やバランスを的確に取る必要があります。そこにクルーの動きが調和しなければなりません。

 5月に予選が始まると、オラクル・チームUSAは、英国、フランス、スウェーデン、ニュージーランドのほか、日本の「ソフトバンク・チーム・ジャパン」による挑戦を受けながら、優勝トロフィーのオールド・マグ獲得をめぐって争うことになります。

(Wiredより)
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