よろこべ、汝らの心(BWV66)

 復活祭第2日に聴くカンタータは、ケーテン時代の1718.12.18初演された、ケーテン領主レオポルト公の誕生祝賀カンタータ「天はアンハルトの誉れと幸いを心にかけたまい」BWV66aのパロディです。1724.4.10にライプツィヒで演奏されました。

 原曲は8曲ですが、教会稿では第1~4曲が第2曲~第5曲として、また終曲の合唱が冒頭合唱に転用されたとみられています。教会稿の最後のコラール(第6曲)は転用時に新しく作曲されています。



 歌詞の内容は救い主の復活を喜ばしく歌っていますが、当日の福音書章句への言及は見られません。原曲の誕生祝賀気分が引き継がれた作品です。


 ルドルフ・ルッツ指揮、バッハ財団合唱団、管弦楽団の演奏会の録画でお聴きください。歌手はアレックス・ポッター(CT)、ユリウス・ファイファー(T)、ドミニク・ヴェルナー (B)です。





よろこべ、汝らの心(BWV66)

第1曲 合唱

Erfreut euch, ihr Herzen,

喜び躍れ、心たちよ、

 entweichet, ihr Schmerzen,

 消え去れ、心の痛みよ、

es lebet der Heiland und herrschet in euch.

救い主は生きて、あなたたちに命じておられる。

Ihr könnet verjagen

さあ、あなたたちのもとから追放してしまいなさい、

 das Trauren, das Fürchten,

 悲しむ心を、恐れる心を、

 das ängstliche Zagen,

 不安におびえる心を。

der Heiland erquicket sein geistliches Reich.

救い主は心を生かし、そこを主の国として下さる。

Erfreut euch, . . .

喜び躍れ、. . .

第2曲 レチタティーヴォ(バス)

Es bricht das Grab und damit unsre Not,

墓は開かれ、私たちの心も苦しみから解放される、

 der Mund verkündigt Gottes Taten;

 その開いた口は神の御業を告げる。

der Heiland lebt, so ist in Not und Tod

救い主は生きて、苦しみと死をともに通り抜けて

 den Gläubigen vollkommen wohl geraten

 信ずる者たちを完全な幸福へ導いている、と。

第3曲 アリア(バス)

Lasset dem Hochsten ein Danklied erschallen

いと高き神に感謝の歌を響かせよ、

 vor sein Erbarmen und ewige Treu.

 主のあわれみとまことは永遠。

Jesus erscheinet, uns Friede zu geben,

イエスは姿を現わし、私たちに平安を与える、

Jesus berufet uns, mit ihm zu leben,

イエスは私たちを招き、ともに生きて下さる、

 täglich wird seine Barmherzigkeit neu!

 日々、主のいつくしみは新らしい。

Lasset dem Hochsten . . .

いと高き神に . . .

第4曲 レチタティーヴォ(アルトとテノール)

(希望:テノール)

Bei Jesu Leben freudig sein

イエスとともに生きる喜ばしさは

 ist unsrer Brust ein heller Sonnenschein.

 私たちの胸を明るく照らす太陽の光。

Mit Trost erfullt auf seinen Heiland schauen

慰めに満たされ、救い主を仰ぎ見て、

 und in sich selbst ein Himmelreich erbauen,

 自分自身の胸の内に天の国を建設することこそ、

ist wahrer Christen Eigentum.

心からキリストを信じる者のかけがえのない財産。

Doch weil ich hier ein himmlisch Labsal habe,

私はこの現世にありながら、天の爽やかさを味わい、

 so sucht mein Geist hier seine Lust und Ruh,

 私の霊はここで天の楽しみと安らぎを求める。

mein Heiland ruft mir kräftig zu:

救い主は私に力強く呼びかけている、

,,Mein Grab und Sterben bringt euch Leben,

「私の墓と死はあなたたちに生命をもたらし、

 mein Auferstehn ist euer Trost.''

 私の復活はあなたたちの慰めとなる」と。

Mein Mund will zwar ein Opfer geben,

私の口から捧げようとするものは、

 mein Heiland, doch wie klein,

 わが救い主よ、あまりにも小さく、

wie wenig, wie so gar geringe,

取るに足りない、貧相なものになってしまいます、

 wird es vor dir, o großer Sieger, sein,

 偉大な勝利者であるあなたの前に出たとたんに。

wenn ich vor dich

それでも私はあなたの前に

 ein Sieg- und Dank-lied bringe.

 勝利と感謝の歌を捧げずにはいられないのです。

(希望:テノール)-(不安:アルト)

Mein Auge sieht den Heiland auferweckt,

私の目は復活した救い主を見る。

-Kein Auge sieht den Heiland auferweckt,

-誰の目にも復活した救い主など見えないのでは。

es hält ihn nicht der Tod in Banden.

主はもはや死の絆につながれてはいない。

-es hält ihn noch der Tod in Banden.

-主はいまだに死の絆につながれているのでは。

Wie, darf noch Furcht in einer Brust entstehn?

どうして、今さら胸に不安が芽吹くのか。

-Last wohl das Grab die Toten aus?

-墓が死者を釈放することなどあるのでしょうか。

Wenn Gott in einem Grabe lieget,

たとえ神がいっとき墓にその身を置いたとしても、

 so halten Grab und Tod ihn nicht.

 墓も死も、神を納めておくことなどできないのだ。

(不安:アルト)

Ach Gott! der du den Tod besieget,

ああ、神よ、あなたは死を打ち負かす御方です、

 dir weicht des Grabes Stein, das Siegel bricht,

 あなたのためなら墓石も開き、封印も破れるはず。

ich glaube, aber hilf mir Schwachen,

私はそう信じます、しかし弱い私を助けて下さい、

du kannst mich starker machen;

あなたなら私をもっと強くすることができるはず、

 besiege mich und meinen Zweifelmut,

 どうか私と私の疑いを打ち負かして下さい。

der Gott, der Wunder tut,

神は、なんと不思議な業を行われる御方でしょう、

at meinen Geist durch Trostes Kraft gestärket,

私の霊を慰めの力で強めて下さいました、

 daß er den auferstandnen Jesum merket.

 私の心に復活したイエスの姿が認められるように。

第5曲 二重唱アリア(アルトとテノール)

(希望:テノール)-(不安:アルト)

Ich furchte nicht des Grabes Finsternissen

私は恐れなかった、墓の暗闇を。

-Ich furchte zwar des Grabes Finsternissen

-私は恐れていたけれど、墓の暗闇を。

und hoffete, mein Heil sei nicht entrissen.

確信していた、私の救いが奪われることはないと。

-und klagete, mein Heil sei nun entrissen.

-嘆いたけれど、私の救いが奪われてしまったと。

Nun ist mein Herze voller Trost,

いまや私の心は慰めに満たされ、

 und wenn sich auch ein Feind erbost,

 たとえなお敵の怒りに襲われることがあっても、

will ich in Gott zu siegen wissen.

きっと神において勝利することができる。

Ich furchte . . .

私は恐れ . . .

第6曲 コラール(合唱)

Alleluja!

アレルヤ(主を賛美せよ)。

Des solln wir alle froh sein,

さあ、皆で喜びたたえよう、

Christus will unser Trost sein.

キリストは私たちの慰めとなって下さる。

Kyrie, eleis.

キリエライス(主のあわれみを)。

対訳:小林英夫訳


ルカによる福音書 24,13-35

ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。

話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいてきて、一緒に歩き始められた。

しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。

イエスは、「歩きながら、やりとりしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。

その一人クレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」

イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。

それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするために引き渡して、十字架につけてしまったのです。

わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。

ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻ってきました。

そして、天使が現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。

仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」

そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く予言者たちの言ったこと全てを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」

そして、モーセと全ての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。

一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。

二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。

一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。

すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。

二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。

そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその中間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。

二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。
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