ほめ讃えよ 主を(BWV129)

 聖霊降臨祭の次の日曜日は三位一体の祝日で、「教会の半年」の始まりの日です。三位一体とは、「神は、父と子と聖霊という3つの位格で存在する。その3つは一体であり一つの存在である」という、キリスト教の重要な教義に関する概念です。この曲はヨーハン・オレアーリウスの「主に讃美あれ」全節かならるコラール・カンタータで、1727年6月8日に初演されました。

 

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 コラール・カンターはレシタティーヴォを持たず、中間の3つの詩篇がすべてアリアで構成されています。

 

 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ&合唱団、ヨハネッテ・ゾマー(S)、ボグナ・バルトシュ(A)、クリストフ・プレガルディエン(T)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。

 


 

 

ほめ讃えよ 主を(BWV129)

1.合唱

Gelobet sei der Herr,

ほめ讃えよ 主を

Mein Gott, mein Licht, mein Leben,

わが 光 いのち

Mein Schöpfer, der mir hat

創り主は

Mein Leib und Seel gegeben,

身と 魂 たまいぬ

Mein Vater, der mich schützt

母の 胎に

Von Mutterleibe an,

ありし 日 より

Der alle Augenblick

絶ゆる 間 なく

Viel Guts an mir getan.

恵み たまいぬ

2.アリア(バス)

Gelobet sei der Herr,

ほめ讃えよ 主を

Mein Gott, mein Heil, mein Leben,

わが 救い いのち

Des Vaters liebster Sohn,

み子は わが ため

Der sich für mich gegeben,

その 身を 与えぬ

Der mich erlöset hat

われを 救いぬ

Mit seinem teuren Blut,

尊き その 血もて

Der mir im Glauben schenkt

信仰により われに 賜物と なしぬ

Sich selbst, das höchste Gut.

宝なる その 身を

3.アリア(ソプラノ)

Gelobet sei der Herr,

ほめ讃えよ 主を

Mein Gott, mein Trost, mein Leben,

慰め いのち

Des Vaters werter Geist,

父は み子を

Den mir der Sohn gegeben,

われに たまいぬ

Der mir mein Herz erquickt,
心 潤(うるお)し

Der mir gibt neue Kraft,

力 新たに

Der mir in aller Not

悩みにも

Rat, Trost und Hülfe schafft.

勝たしめたもう

4.アリア(アルト)

Gelobet sei der Herr,

ほめ讃えよ

Mein Gott, der ewig lebet,

とわに 生ける 主を

Den alles lobet, was

いのち ある もの

In allen Lüften schwebet;

すべては 歌(うと)う

Gelobet sei der Herr,

ほめ讃えよ

Des Name heilig heißt,

父 み子

Gott Vater, Gott der Sohn

み霊(たま) なる

Und Gott der Heilge Geist.

神の 聖(きよ)き み名を

5.コラール

Dem wir das Heilig itzt

聖なるかな

Mit Freuden lassen klingen

喜び 歌わん

Und mit der Engel Schar

み使いらと

Das Heilig, Heilig singen,

歌い交わしつつ

Den herzlich lobt und preist

みな こぞりて

Die ganze Christenheit:

声を 合わせ

Gelobet sei mein Gott

ほめ讃えよ

In alle Ewigkeit!

とこ世に 主を

             訳詞:大村恵美子

 

ヨハネによる福音書 3、1-15

パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。

この人が夜イエスのもとにきて言った、「先生、わたしたちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。神がご一緒でないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。

イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」。

ニコデモは言った、「人は年をとってから生れることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生れることができましょうか」。

イエスは答えられた。「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。

肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。

あなたがたは新しく生れなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない。

風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生れる者もみな、それと同じである」。

ニコデモはイエスに答えて言った、「どうして、そんなことがあり得ましょうか」。

イエスは彼に答えて言われた、「あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか。

よくよく言っておく、わたしたちは自分の知っていることを語り、また自分の見たことをあかししているのに、あなたがたはわたしたちのあかしを受けいれない。

わたしが地上のことを語っているのに、あなたがたが信じないならば、天上のことを語った場合、どうしてそれを信じるだろうか。

天から下ってきた者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上った者はない。

そして、ちょうどモーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない。

それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである」。

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