耳が遠いと認知症になりやすい?

 超高齢社会を迎え、加齢性難聴の患者数も年々増加しています。世界保健機関(WHO)では会話領域の平均聴力レベルが25dBHLを超えると難聴と定義しており、国立長寿医療研究センターの「老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)」という疫学調査によれば、聴力レベルが25dBHLを超える難聴の有病率は65歳以上から急激に増え始め、75~79歳では男性71.4%、女性67.3%、80歳以上になると男性84.3%、女性73.3%が難聴という結果でした。


地域住民を対象に調査して得られた難聴有病率

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 聴力が低下すると、相手の声、話の内容が聞きとりにくくなり、話し相手が繰り返し話しかけたり、大きな声を出さなければいけなくなるなど、コミュニケーションの工夫や努力が必要となります。仮に高齢者1人に家族が2~3人いるとすれば、難聴がもたらす影響は、本人を含めて、国民の4500万~6000万人に及ぶ深刻な問題といえます。

 問題は難聴だけではありません。難聴があると認知機能の衰えが進むことも同疫学調査から分かってきています。認知機能は加齢に伴い誰でも低下していくものですが、難聴があるとその衰えは顕著になります。しかも、難聴によって衰える認知機能は、加齢に伴い成熟する知識や言語能力など、老化によって衰えないとされる領域にも及ぶといいます。


なぜ難聴だと認知機能が低下するのか?

 難聴があると、どうして認知機能も低下するのか、その理由はまだ明確には解明されていません。しかし、いくつかの仮説が考えられています。仮説のひとつが、「共通原因説」。脳にはたくさんの神経細胞が集まっています。例えば動脈硬化や糖尿病などは神経を障害しますが、音を聞きとる感覚神経と、認知機能をつかさどる中枢神経に同時に影響が及ぶと、同時並行で聴力と認知力の機能低下が起こります。つまり、難聴があるから認知症になるのではなく、難聴と認知症に共通の原因が作用するという考えが共通原因説です。

 もうひとつは、「Effortful Listening仮説」あるいは「認知負荷理論」というものです。Effortful Listeningは努力して聞くということ。私たちの脳には、パソコンでいうところのワーキングメモリー(情報を一時的に保ちながら操作するための領域)があり、例えば、「2階にメガネを忘れたから取ってこよう」という行為は、このワーキングメモリーに入れられて、一時記憶として保存されます。

 しかし、2階に行ったときに、ちょうど雨が降ってきたからとあわてて洗濯物を取り込んだりしていると、「メガネを取ってこよう」という最初の記憶が「洗濯物を取り込む」という記憶に上書きされる形で消されてしまい、1階に戻ってから「肝心のメガネを忘れた!」となります。これはワーキングメモリーの容量が限られているために、あれもこれもと同時にやろうとする結果起こる物忘れです。

 実は難聴のある人は、日常生活で、耳から入ってくる少ない情報から内容を理解するために、無意識のうちに人よりも多くのワーキングメモリーを消費してしまっていると考えられています。例えば、電車内の聞きとりやすいアナウンスならば小説を読みながらでも内容を理解できますが、音声の悪いアナウンスを聞きとる場合は、他の作業を止めて耳を澄まし集中しなければ聞きとれません。難聴がある人は、日常的に、音声の聞きとりに多くのワーキングメモリー容量を使ってしまい、それが認知機能の低下に影響するという理論です。

 また、「誤解」説というものもあります。これは難聴が原因で、認知機能のテストで実力よりも低く評価されてしまうというものです。一般的な認知症の検査であるミニメンタルステート検査(MMSE)や長谷川式の認知機能検査は、音声指示で行われるために、聴力が低下していると不利になり、質問をあいまいにしか聞きとれなかったり、聞きとるのに労力を使ってしまい記憶に定着しにくくなるなどして、実際の能力より検査結果が低く出る可能性があります。

 実験的に聴力が正常な人に、聞きとりにくい音声加工で擬似難聴の条件を作り認知機能の検査をしたところ、重い難聴レベルの音声では約9割の人が認知症患者と同レベルの結果になってしまったという研究報告もあります。通常、認知機能の検査をする場合は、検査の前に会話をして聴力がどの程度か確認し、必要に応じて質問を文字で見せるなどしますが、中には聴力が衰えていることが見逃されることもあるといいます。

 最後の「誤解」説は別にして、難聴と認知症がお互いに関連していることは明らかです。厚生労働省が2015年に発表した「認知症施策推進総合戦略」の中でも、認知症発症の危険因子として、加齢、遺伝性のもの、糖尿病、喫煙などとともに、難聴が掲げられています。


聴力機能は一度壊れたら元には戻らない

 難聴を引き起こすすべてのメカニズムはまだ解明されていません。しかし、難聴の危険因子としては加齢のほかに遺伝的要因や糖尿病、喫煙など様々なリスクが考えられています。中でも難聴を起こす最も大きな原因と考えられているのが、騒音です。

 若い頃に大きな音を長期間にわたって聞いていると、年を取ってから難聴になるリスクは高くなるといいます。10代や20代の頃に、大きな音量で音楽などを日常的に聞いていると、60歳を過ぎてから加齢性難聴になるリスクは非常に高くなります。また、大音量に長時間さらされると40歳くらいで難聴が起こることもあります。怖いのは、聴力機能は一度壊れたら元には戻らないということです。

 大音量から耳を守るためには、できるだけ大音量に耳をさらさないことが大事です。コンサートなども1時間に5分くらい休憩を入れるといいといいます。工事現場で仕事をしている人などで、その場から抜けられない場合は、耳栓をして耳を休めるようにしてもいいでしょう。またライブハウスなどではスピーカーの近く、音の反響がある壁の近くは避けることも重要です。

 また、高齢者の場合、難聴かと思ったら、耳あかがたまっていたというケースもあるといいます。通常、耳は自浄作用があるので、耳あかは外側へ押し出されるのですが、高齢になると自浄作用が低下して、耳の奥に耳あかがたまってしまうことがあります。健康診断では、聴力の検査はしても耳の中まで調べることはありません。耳の聞こえが悪くなったなと思ったら、年だから仕方がないと思わずに、一度、耳鼻咽喉科でしっかり中まで調べてもらうことも大切です。

 高齢者の難聴、そして難聴と認知症の関連はまだ分からないことも多いのですが、できるだけ若いうちから、騒音に耳をさらさないようにして、聴力の低下を予防することが大切といえそうです。

(日経Goodayより)

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