わが最愛のイエスは失われぬ(BWV154)

 今日の日曜カンタータは公現後第1日曜日のために作曲され、1724.1.9ライプツィヒで初演されましたが、一部はヴァイマル時代に作曲されたとものと思われます。

 当日の礼拝では、ルカ福音書第2章41-52節を主題とした説教が展開され、12歳のイエスがエルサレムに詣でた際に、両親とはぐれ、両親は八方手を尽くしてイエスを捜し、神殿で学者と問答しているイエスを発見しました。叱責する両親に「父の傍らに子がいることがなぜ分からないのですか」とイエスは反論します。父である神のもとへ身を寄せたイエスに、両親は当惑します。この曲はこの故事を踏まえ、キリスト者の不安を両親の不安と重ね合わせ、イエスの姿を追い求めるキリスト者の内面を描写しています。


hqdefault.jpg


 ロバート ·アイラース指揮、ボーカルアンサンブル・マリーエンハインの2013年のニューイヤーコンサートの録画でお聴きください。この団体は1998年に結成されたドイツ聖歌隊です。




1.アリア(テノール)

最愛のイエスが失われた。

 おお、わたしに絶望をもたらす言葉、

 おお、魂を刺し貫く剣、

 おお、この耳にとどろく雷の言葉


2.チタティーヴォ(テノール)

どこでわたしはイエスに会えるのか、

だれがわたLに道を示してくれるのか、

わが魂が燃えるように焦がれて求める、

わが救い主はどこに行ったのだ。

どんな不幸もこれはどわたしの感情を乱すことはない、

イエスを失ったときのように。

3.コラール

イエスよ、わたしの守り盾で救い主

イエスよ、わたしの確信、

イエスよ、蛇の頭を踏み砕く勇者、

イエスよ、わたしの命の光。

どんなにわたしの心が、痛いほど、

イエスきま、あなたを求めていることか。

ああ、来てください、あなたを待っています

来てください、おお最愛のイエスさま。

4.アリア(アルト)

 イエスよ、あなたを見付けさせて、

 どうかわたしのもろもろの罪が厚い雲となり、

 そこにあなたが、恐ろしいことに

わたしの前から身を隠されのではないように、

すぐにまた姿を現してください。

5.アリオーソ(バス)

「わたしが自分の父の家にいるのは

当たり前だということを、知らなかったのですか。」

6.レチタティーヴォ(テノール)

これはわたしの友の声だ、

神に賛美と感謝を。

わがイエス、わが真の守り盾は、

その御言葉によって

ふたたび慰めの声を聴かせられた。

わたしは心痛から病気になった、

嘆きのあまりわたしは足の髄まで

はとんど蝕まれそうだった。

しかしいまわたしの信仰はふたたび強くなり、

いまわたしは喜びの極みにある。

なぜならわたしはわが魂の歓喜を見たのだ、

救い主、わたしの太陽、

主は悲しみに曇る夜の後で

その光でわたしの心を著びにはずませる。

さあ魂よ、備えなさい。

おまえは主のもとに

その御父の家に、神殿に詣でねばならない。

そこで主は、その御言葉のなかに見出される、

そこで主はおまえを聖餐によって清かされる。

しかしおまえが主の肉と血を味わうにふさわしい者となりたければ、

おまえはイエスに悔い改めと信仰の口づけをしなければならない。

7.アリア(二重唱。アルトとテノーール)

幸せなことに、イエスは見つけられた、

いまわたしはもう悲しんではいない。

わたしの魂を愛してくださる方が、

喜びのときにわたしの前に現れられた。

わがイエスよ、わたしはもうあなたを決して離さない、

わたしはあなたを信仰の中でずっと抱いていたい。

8.コラール

わたしはイエスを離さない

永久にそのかたわらを歩む。

キリストはわたしを永遠に

生命の小川に沿って導かれる。

わたしとともに唱える人は幸いだ、

わたしはイエスを離さない、と。

スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する