怪我や火傷したときの「湿潤治療」とは

 怪我や火傷したときはまず消毒。ガーゼを当てて絆創膏を貼る。傷は乾かしてカサブタを作って治す...これが常識だと思っている人はまだ多いと思います。実は医師の中にもこれが常識だと思っている人が少なくないといいます。

 しかし、傷は絶対に消毒してはいけません。傷からにじみ出てくる水分、浸出液を吸い取ってしまうガーゼを当てるのはもってのほかです。傷は乾かさないように、カサブタができないように、湿らせた状態を保つ。そうすれば、傷は痛まず、早く、美しく、治る。これが現在の創傷治療の常識「湿潤治療」です。

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 湿潤治療が、消毒して乾かす治療よりも効果的であることが発見されたのは1960年代。日本で湿潤治療が数人の医師によって行われるようになったのは2000年前後からで、全く新しい治療法です。

 湿潤治療は既存の治療法を完全否定する治療です。学会や大学病院などの権威からは強い反発がありました。最初の数年間、湿潤治療を行っているのは、クリニックなどの小規模な病院だけでした。現在ではかなり湿潤治療が広まってきなしが、1,2年前まで権威によって強く否定されていたため、特に大病院では、湿潤治療を行っているのはまだ一部の医師に過ぎません。いまでも湿潤治療は軽症の場合に限り、重症の場合には行うべきではないとする意見も、権威ある医師の一部にはあります。

 学校の医務室などにも、湿潤治療のための医療材料を置いておらず、いまだ傷にガーゼを当てるしかないところが多い状況です。

湿潤治療と従来の「消毒&乾燥」治療

 そもそも湿潤治療とはどのような治療なのか。その基本原則は2つです。

1.傷を消毒しないこと。

ヨードチンキなどの消毒薬で傷の消毒を行わないだけでなく、一部の軟膏など消毒薬を含む薬剤も一切使わない。

2.傷を乾かさないこと。

 乾かさないのであって、湿らせるのではない。ほおっておけば、傷からは浸出液が出てくる。この浸出液が乾かないように、水分を逃がさない被覆材で覆っておけばよい。湿潤治療はまたの名「閉鎖治療」とも呼ばれていて、しっかりと覆うことがポイント。


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 これまでの「消毒して乾かす」という治療法とは正反対です。そもそも「消毒して乾かす」という治療法はなぜスタンダードになったのでしょうか。

 19世紀半ばまで、医療現場に消毒する習慣はありませんでした。当時、膿はありふれたものでした。医師は手術や病理解剖の前後に消毒することなく、膿がついたままの手で、出産にも立ち会っていました。その結果、病院で出産する母親の1割から5割が産褥熱と呼ばれる感染症で死亡していました。一方で、病理解剖や手術を行わないお産婆さんが立ち会った出産では、産褥熱は少なかったそうです。そこに気づいたゼンメルワイスという医師が解剖を終えたら手を洗う、出産の立ち合い前にも石鹸で手を洗う、さらに爪を短くして爪の下をブラッシングして清潔にするという対策を実行したところ、彼が立ち会う出産では産褥熱の発生は数パーセントにまで減りました。さらに産褥熱が発生したときにはどこから「見えない何か(菌)」がどこから来たか追及し、彼の病棟では産褥熱が根絶されました。

 しかし学会でこれを発表したゼンメルワイスはそれまでの治療を否定するものとして、猛烈な反発にあい、ゼンメルワイスは学会から追放され、失意のうちに、精神病になり、死んでしまう。現在では医学の常識である消毒も、最初にその効果が発見されたときには、全力で否定されていたそうです。

 それから数十年後、パスツールの腐敗の研究、コッホの可能をもたらす細菌の発見、術後の傷の化膿を防ぐ石炭酸による消毒を行ったリスターにより、傷の消毒による感染防止の意義が証明されました。さらにリスターは乾燥状態では細菌が増殖しないことを突き止め、以後、「消毒と乾燥」が傷に対する処置の医学常識となりました。

 「消毒と乾燥」は化膿の予防という点では正しい治療です。しかし傷を治すという観点では、治療とは正反対の処置なのです。

傷はいかにして治るのか?その研究から湿潤治療は生まれた

 浅い傷と深い傷で、傷が治る過程は少し異なります。浅い傷とは毛穴や汗管が残っている傷です。皮膚の一番表面には表皮があり、その下には真皮があります。表皮と真皮は異なる細胞ですが、毛穴と汗管は表皮の続きであるため、毛穴と汗管が残っていれば、そこから表皮の細胞が遊走(移動)してきて、傷の部分で増殖し、傷部分の組織が再生します。

 一方、毛穴と汗管がなくなった深い傷の場合には、まず肉芽(にくが)と呼ばれる亜界組織が傷を覆い、そこへ周囲の細胞が遊走(移動)してきて、傷の部分で増殖し、傷部分の組織が再生します。

 つまり傷口の組織の再生カギを握るのは真皮と肉芽です。この2つは感染にも強く、丈夫な組織ですが、乾燥に弱く、乾燥するとあっさり死んでしまいます。カサブタは死んだ組織であり、その存在が細胞の遊走と増殖を妨げます。カサブタがやがて崩れ落ちたとしても、カサブタのあった部分は組織の再生が充分には行えず、傷口はきれいになりません。

 また傷にしみ出てくる浸出液は実は細胞の活性を促す物質であり、その点からも傷口の浸出液をガーゼで吸い取り、乾かす治療は、傷が治る過程を邪魔しています。

 消毒薬はいかにして細菌を殺しているのか?細菌のタンパク質を壊すことで殺しているのですが、実は細菌よりも先に死ぬのが人間の細胞組織です。傷口に移動して、傷口の組織を再生しようとしている細胞組織を、消毒薬は殺してしまいます。ですから消毒すると痛いわけです。

 消毒せず、浸出液を乾かさないようにする湿潤治療によって、痛みもなく、早く、そして美しく傷は治ります。傷が化膿するのは細菌が増殖したときです。細菌を増殖させないためには、浸出液が多くなりすぎたら吸収するが、少なくなりすぎないように乾かないように適度に保つ湿潤治療専用被覆材を使います。湿潤治療専用の被覆材は、最近ではドラッグストアの絆創膏売り場に売られています。



正しい湿潤治療のやりかた

 傷ができた場合、まず流水でしっかり汚れを落とす。切れた皮膚などがブラブラとついている場合には、はさみできれいに切り取る。湿潤治療用の被覆材で傷を覆う。以上で終わりです。非常にシンプルな治療です。

 実際に傷ができたときにやってみると、その痛みの少なさ、治りの早さ、傷跡のない、美しい治り方に驚きます。

 湿潤治療用の被覆材の代わりに、食品用のラップも利用されています。長い間、湿潤治療は適切な治療行為と認められていなかったため、適切な医療材料がなかったことなどから、ラップを用いる方法はかなり広まり、湿潤治療のことをラップ治療と呼ぶ人もいます。しかし専用の被覆材とちがい、浸出液の量を適切に保つ機能がないため、化膿を起こしやすく、傷の状態を適切に判断して、適切な処置ができない素人がラップ治療を行うと危険です。

 素人の手には負えない深い傷や火傷の場合、あるいは傷口に砂などが入り込んでしまった場合、また途中で化膿してしまった場合には、湿潤治療を行ってくれる医療機関に行って、受診します。最初に湿潤治療を始めた医師のひとり、夏井睦氏のサイト「新しい創傷治療」に医療機関リストがあります。

「新しい創傷治療」湿潤治療関連の医師リスト

 このリストを見ても、まだまだ湿潤治療をしてくれる医療機関が少ないこと、ひとつの病院内でも湿潤治療をしてくれる医師がすべてではないことがわかります。湿潤治療しない医師にかかって消毒され、ガーゼを当てられてしまったら、傷の治りは遅れ、傷跡が残りやすくなります。傷跡が残りそうなひどい怪我ややけどをしたときは、最初に湿潤治療をしてくれる医師のところへ行くことが大切です。

(HEALTH PRESSより転載、画像追加)
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