すべてただ神の御心のままに(BWV72)

 今日聴くのは、公現後第3主日の1726.1.27に、ライプツィヒで初演されたカンタータです。宮廷詩人ザーロモン・フランクが1715年に発表した歌詞台本が用いられています。台本の抑制された調子にに合わせて、全体を通じて室内楽的で瞑想的な性格の作品です。第1曲の合唱は後にミサ曲ト短調(BWV235)に転用されました。


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 公現後第3主日には、マタイの福音書が朗読されましたが、内容は「癩病人の癒し」と中風に苦しむしもべが癒やされるエピソードで、終りの部分ではイエス自身の言葉として「行け、あなたの信じるとおりになるように」とあります。


 鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏でお聴きください。歌手はレイチェル・ニコルズ(S)、ロビン·ブレイズ(A)、ペーター・コーイ(B)です。



1.合唱

すべては神のみ心のままに、

楽しい時も悲しみの時も、

良い時も悪い時も。

神のみ心は私を平穏にして下さる、

曇りの日にも晴れの日にも。

すべては神のみ心のままに。

これこそ私の合い言葉。

2.レチタティフとアリオーゾ(アルト)

おお、幸いなキリスト者よ、

いかなる時にも自分の意志を神のみ心に

ゆだねる者よ、起こることはすべて

み心のまま、幸いにも禍いにも。

主よ、もしみ心なら、

すべては備えられるにちがいない。

主よ、もしみ心なら、

私を満ち足らせて下さるでしょう。

主よ、もしみ心なら、

私の苦しみは消え去り、

主よ、もしみ心なら

わたしは健やかで清くなるでしょう。

主よ、もしみ心なら、

悲しみは喜びにかわり、

主よ、もしみ心なら、

いばらも牧場となるでしょう。

主よ、もしみ心なら、

いつの日か私は天国に入るでしょう。

主よ、もしみ心なら、

~この言葉を信仰のうちにとらえさせて、

私の心を静めて下さい~

主よ、もしみ心なら、

私は死なないでしょう、

たとえ肉体と命が私から離れても、

もしあなたの霊がこの言葉を

私の心に語りかけて下さるなら。                                      
3.アリア(アルト)

私自身と私の持つものすべてを

イエスにおゆだねしよう、

たとえ私の弱い心と思いが

至高者のさとしを理解できない時でも。

どうか主がいつも私を導いて下さるように、

いばらの道もバラの花の道も。                   
4.レチタティフ(バス)

さあ、信じなさい。お前の救い主は

言われます「そうしてあげよう」と。

主は恵みの手をいつも

喜んでさしのべておられます、

苦しみと艱難がお前を脅かす時にも。

主はお前の困苦をご存じで、

お前の苦難の縄目を解いて下さいます。

主は弱いものを強くして下さり、

貧しい心の低い屋根を

軽んじることなく、

恵みをもってその家に入って下さいます。                              
5.アリア(ソプラノ)

私のイエスはそうして下さる、

お前の苦難を甘いものに、

たとえお前の心が

多くの憂いに沈んでいても

穏やかに平安に

主のみ腕の中に休らわせて下さる、

もし信仰が主を抱きしめてさえいれば。

私のイエスはそうして下さる。
6.合唱

神のみ心が常に実現しますように、

神のみ旨は最善で、

いつでも助ける備えをしておられます、

神を堅く信じる者たちを。

正しい神は危難から救い、

時にはこらしめも与えられます。

神に信頼し、神を土台として堅く立つ者を

神は決して見捨てることはないのです。

川端純四郎 訳

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