われは満ち足れり(BWV82)

 今日はマリアの潔めの祝日で、受胎告知日やエリザベート訪問日と並んでマリアの祝日です。この作品は1727.2.2にライプツィヒで初演されたバス独唱用のカンタータです。BACH自身がこの曲に特別な愛着をもち、1731年にソプラノ独唱用にホ短調に移調し、オブリガート楽器をオーボエからトラベルソに変更しています。


Presentacion de Jesus en el templo - de Ludovico Carracci -  sobre el 1600.JPG


 この祝日はマリア自身をたたえるものではなく、幼子イエスをエルサレムに連れて行き、シメオン老人が幼子を抱いて祝福したことをテーマにしたものです。

 カンタータの中でも逸品として人気が高く、多くの演奏が聴けますが、殆どは初稿のバス独唱用です。そこで今日はソプラノ独唱用を「水晶のような透明さ」といわれるソプラノ、ハナ・ブラシコヴァの歌声で聴くことにします。
 演奏はカナダの鍵盤奏者でリーダーのオリビエ・フォルタンと古楽アンサンブル・マスクスの演奏会録画です。画質は良くないのですが、音声は良好です。




1.アリア

私は満ち足りています、

私は救い主を、

敬虔な者たちの希望を、

待ち望むこの腕に抱きしめたのです。

私は満ち足りていすま。

私はあのお方を見たのです、

私の信仰はイエスを

この胸に抱きしめたのです。

今や私の望みは、今日にでも

喜びのうちにこの世を去ることです。

2.レチタティフ

私は満ち足りています。

私の慰めはただ一つ、

イエスが私のもの、そして

私はイエスのものになりたいのです。

信仰において私はイエスを抱き、

シメオンと共に、すでに

あの世の命の喜びを見ています。

さあ、このシメオンと共に歩みましょう。

ああ、この肉体の鎖から

主が私を救って下さいますように!

ああ、この世からの別れが来たら、

世よ、喜びをもってお前に言おう、

お前はもう沢山だと。                                     

3.アリア

まどろめ、疲れた目よ、

おだやかに浄福のうちに閉じるがよい。

世よ、私はもはやここにはとどまらない、

お前の中には私の取り分はない、

魂の益になるような取り分は。

まどろめ、疲れた目よ、

おだやかに浄福のうちに閉じるがよい。

この世で私の建てるものは惨めなもの

ばかり、だが、あそこでは、あそこでは

見るだろう、甘い平安と静かな憩いを。

まどろめ、疲れた目よ、

おだやかに浄福のうちに閉じるがよい。                                    

4.レチタティフ

私の神よ、その美しい今はいつ来るのですか。

私が平安の中で世を去り、

冷たい大地の砂の中に入り、

そして彼の地であなたの懐に憩う日は。

別れの用意はできています。

この世よ、おやすみ。

5.アリア

私は私の死を喜び迎えよう。

ああ、今日にでもそうなれば!

その日、すべての苦難から私は解放される、

この世で私を縛っているすべての苦難から。

ああ、今日にでもそうなれば!

その日、すべての苦難から私は解放される、

この世で私を縛っているすべての苦難から。

(川端 純四郎 訳)

スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する