道路を広くすると渋滞はさらにひどくなる

 単純に考えれば、高速道路の路線をもっと増やして2層構造にして、上下を車が走るようにすれば、渋滞は無くなると考えられます。しかし、こうしたアイデアは、実際にはうまくいかないことがわかっています。ここ数十年の間で交通工学に関わる人たちは、渋滞のない道路をつくることはできないということを発見したのです。渋滞を引き起こすのはほかでもない、道路そのものだそうです。


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新たな道路は新たなドライバーを生む

 これは経済学でいう「誘発需要」という概念で、何かが供給されればされるほど、人々はそれをもっと欲しがるようになる、というものです。1960年代にはすでに、この現象に注目していた交通工学者もいました。しかし、新しい道路をつくるたびにこの現象が起きることを示すだけの十分なデータを、社会科学者たちが取りまとめたのは実に最近のことです。

 この発見が示すのは、人類がこれまで行ってきた渋滞緩和策が基本的に役に立ってはいないということであり、また、われわれがほんの少し合理的に行動すれば、渋滞を大きく緩和できるということでもあります。

 2009年、2人の経済学者は、1980年から2000年にかけてアメリカの異なる都市で建設された一般道路および高速道路の総数と、同期間におけるそれぞれの都市の合計走行距離を比較しました。

 同期間の道路の交通容量が10%増えたある都市では、交通量も10%増加しました。同じ都市で1990年から2000年にかけて道路の量が11%増えたが、交通量も同じく11%増えています。2つの数字は完璧に同調し、同じ比率で変化していました。

 彼らが「交通渋滞の根本原理」と呼ぶものです。それが示すのは、新たな道路が新たなドライバーを生み、結果として交通量は変わらない、というものでです。道路交通網を拡張するのは細いパイプを太いものに取り替えるようなもので、水 (クルマ) の流れが良くなると思われがちです。しかしそうではなく、太いパイプにはそれだけ多くの水が流れ込むということです。

 それでは、新たに増えるというドライバーは、どこから来るのでしょうか。その答えは、道路とは人々にとって何を可能にする存在なのか、ということと関係しています。その答えは、「動きまわる」ことです。


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公共交通を整備しても、交通量は減らない

 わたしたち人間は、動きまわるのが好きな生き物です。移動手段を拡張すると人々はもっと移動するようになり、職場から遠い場所に住むようになります。そのため、街にクルマで移動することを余儀なくされます。同時に運転の利便性が高まるので、人々は他の交通手段よりもクルマを使って移動することが多くなります。結果的に、道路に依存するビジネスが、トラックや積荷とともに街に殺到します。

 これらの要素すべてが重なることで、新たな道路網によって増加した“容量”は埋め尽くされて、交通状況は以前とまったく変わらないということになります。道路の利用が簡単かつ安価であり続ける限り、それを使いたいという人々の欲望はほぼ無限なのです。

 公共交通機関への投資を増やせば、この混乱を軽減できると考える人もいるかもしれなません。多くの鉄道やバス路線の敷設計画が進められ、また政治家も、こうした交通機関の利用者が増えれば渋滞が減ると断言しています。

 しかしデータでは、公共交通機関を拡大した都市においても、交通量はまったく変わらなかったということが示されています。

 地下鉄を新たにつくれば、クルマを停めてそれを利用するようになる人もいます。しかし新たなドライバーがまた現れます。新たな交通機関を増やしたところで、高速道路に新たな車線を追加するのと同じことでしかなく、渋滞量は変わりません。これは公共交通機関が良くないということではなく、交通機関が整備されることで、より多くの人が移動しやすくなるわけです。

 面白いことに、その作用は逆の場合にも当てはまります。ある街では、車線の減少計画がもち上がるたびに、住民は渋滞がひどくなると反対しました。しかしデータでは、そうひどい結果にはならないことが示されています。道路の交通量は単純に再調整され、混雑度そのものは増加しないのです。


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 例えばここ数十年間、パリでは大幅な道路の縮小・削減政策が継続的に行われています。以前はパリで運転するのはひどいものだったといいます。いまでも良いとはいえませんが、以前ほどではありません。

 では、ドライバーたちはどこへ行ったのでしょうか。その多くは公共交通機関に切り替えたのです。例えばパリにおけるその利用者の数は、ここ20年で20%増加しました。あとの人は移動を控えるか、徒歩で行動するようになったそうです。

 クルマの利用を止めようと熱心なのは、ヨーロッパの人々だけではありません。米サンフランシスコでは、1989年当時、1日に10万台の交通量があった「セントラル・フリーウェイ」と呼ばれる高速セクションを撤去しました。そこに取って代わった大通りの交通量は、いまでは1日わずか4万5千台となっています。

 同様の取り組みのなかでいちばんのサクセスストーリーは、韓国・ソウルのものです。同市は、1日の交通量が16万8千台もあって、欠かせないものと思われていた高速道路を解体しました。代わりに川や公園、いくつかの小規模道路を設置しましたが、交通が悪化することはなく、大気汚染の改善やさまざまな面で良い効果を生み出しました。


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それは旧ソ連のパン配給に似ている

 しかしこれにも限度はあります。10車線の高速道路を1車線にすれば、当然クルマはどん詰まりになります。逆に、10車線の高速道路を100車線にすれば、二度と渋滞を目にすることはないはずです。「根本原理」は万有引力の普遍的法則とまったく同じというわけではありません。

 現代のわたしたちの道路利用法は、旧ソ連の食パン配給に似ているところがあるといいます。かつてこの共産主義国家においては、中央政府が各製品に対する価格を決定し、物資はすべての人に平等に配られていました。その設定価格は人々の予想額より遥かに低いことが多かったため、商品を買うおうと行列ができていました。人々が欲しがるものをタダ同然で与えるという点で、いまの道路のありようも同じです。

 より合理的な交通政策を求める多くの人々が提唱しているのは、通行料制度と呼ばれるものです。

 これは、道路交通の需要が高まれば料金も上昇する仕組みです。ラッシュアワー時には、最も混んでいる道を利用するドライヴァーは利用料を支払わなくてはならない。そうすると、その価格に二の足を踏んで「いまは行く必要がないな、あとにしよう」と考える人が出てくる、というわけです。

 実際、多くの道路が、そのキャパシティを十分に生かしていません。時間帯によっては、道路にほとんどクルマが走っていないことがあります。最も混んでいる時間帯を避けるために、ドライヴァーにインセンティヴを与えれば、もっと道路を有効利用でき、また道路利用に追加料金が発生すれば、公共交通機関はより魅力的な選択肢となり、利用率の増加にもつながるはずです。

 通行料制度は、ロンドン、ストックホルム、シンガポールといった都市でうまく機能しています。他の都市でも、この改善策を取り入れようという動きが出はじめています。

 ニューヨーク市では、2008年に通行料制度計画が却下されていますが、サンフランシスコではこの制度を市内に導入しようという動きがたびたび見られます。問題は投票者です。例えそうすることが自分たちにとって得策だとしても、いままで無料だったものに金を払いたがる人はいません。

 通行料制度が第一歩にならないのであれば、駐車に関するより合理的なアプローチが、渋滞緩和への二次的なステップになるだろうといいます。大半の都市において、駐車料金は本来あるべき料金よりも遥かに安く、多くの場合無料です。

 無料なので人々は濫用し、常に満車状態です。駐車スペースを探すドライバーは、交通渋滞の大きな要因です。いくつかの統計では、都市中心部における交通の30パーセントは、駐車スペースを探しまわっているドライバーだというデータも出ています。

 需要が高まっている時に駐車料金を上げることで、人々はいままでよりも速くその場を離れるようになり、より多くのドライバーが駐車スペースを利用できるようになります。サンフランシスコはまさにこれと同じことを2011年にスタートさせ、結果として、より多くの客が駐車場を利用できるようになった小売業の売上が増加しました。需要が低い時には料金も下がるため、この計画はドライバーの節約にもつながります。市内周辺地域やその他のエリアへの駐車メーター拡大のために同市が行った駐車調査によれば、市内には44万以上の公共駐車スポットがあり、それを端から端まで並べると、カリフォルニアの海岸線よりも長くなるといいます。

 つまり、渋滞に巻き込まれるのは、運転の仕方を知らない愚か者のせいではないということです。それは、走っている道路のせいなのです。

(WIRED NEWS(US)より要約)
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