見よ、われ多くの漁師を遣わさん(BWV88)

 今日聴く日曜カンタータは、三位一体主日後第5主日、1726. 7.21にライプツィヒで初演されました。台本は近郊都市ルードルシュタットで出版された「正福音書に基づく主日・祝日の祈り」と題される歌詞集ですが作者は不詳です。BACHはこの台本を高く評価し、何度も使っています。


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 この日の福音書の章句は、ケネサレト湖畔においてイエスが「漁師を弟子に」したことを語っています。

 カンタータの冒頭に置かれた「見よ、われは多くの漁師を遣わさん」という言葉は、旧約のエレミヤ書からの引用で、イエスが弟子を「釣り上げて」漁師とするのは、人間に救いと庇護を与えるためで、漁師の比喩が福音として捉え直されるプロセスを描いています。


 トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・オーケストラ、ヨハネッテ・ゾマー(S)、ボグナ・バルトシュ(A)、クリストフ・プレガルディエン(T)、クラウス・メルテンス(B)の演奏でお聴きください。




第1部

1.アリア(バス)

「見よ、私は多くの漁師を遣わそう、

 と主は言われる、彼らを釣り上げさせる漁師を。

 その後、私は多くの狩人をつかわして

 彼らを狩り出させるのだ、すべての山、

 すべての丘、

 すべての石の裂け目で。」

2.レチタティーヴォ(テノール)

その気になれば簡単だ、いと高き者が

 私たちを不要とし

恵みを召し上げることなど。

それは逆心が

 悪意をもっていと古き者から離れ、

かたくなな強情で

滅びへの道をひた走るときに起こる。

だが何をなされるのか、

父の信実をもつ、あの方の御心は?

神は慈しみともども

私たちから、私たちがあの方から離れたのと同じように、

 遠ぎかるのだろうか?

そして私たちを委ねるのだろうか、

 敵の悪だくみと謀りへと?

3.アリア(テノール)

そうではない。

 神はいつもつとめておられる、

よき道を歩み、

恵みの輝きのもとにある私たちを知るようにと。

そうだ、私たちが迷い、

正しい道を離れるとき、

神は私たちを、探させようとさえしてくださるのだ。


第2部

4.レチタティーヴォとアリオーソ(テノールとパス)

(テノール〉「イエスはシモンに言った。

(バス)恐れるな、

今から後、お前は人間を生け捕るのだから、と。」

5.アリア(二重唱 ソプラノとアルト)

神みずからお召しになったからには、祝福は必ずや

私たちのあらゆる行いの上に、

あふれるばかりに宿ることだろう。

たとえ私たちを

 恐れと煩いが妨げても、

神は私たちにお預けになったムナを

儲けとともに取り戻そうとなさる。

私たちがそれをみずからしまいこまぬ限り、

神は進んで助けてくださるのだ、

 実りが得られるようにと。

6.レチタティーヴォ(ソプラノ)

いったい何がお前を

 日々の営みの中で驚かすことができるのか、

私の心よ、お前に

 神がみずから手を差し伸べてくださるからには。

神が一瞥してくださるだけで

 あらゆる不幸が退く。

神のまなざしは、お前を力強く

 守り、庇護することができるのだ。

労苦や重荷、

 妬み、厄災、偽りがやってきて

お前のしていることを

 妨害し、妨げようとしても、

少々の面倒に

 志を衰えさせることのないように。

神の定めてくださった仕事は

 誰にも、過ぎる重さにはなることはない。

いつも喜ばしく前進しなさい、

 そうすれば最期に見ることだろう、

お前をかつて苦しめたものが

 お前の益になったことを。

7.コラール

歌い、祈り、神の道を歩みなさい。

自分の務めをひたすら忠実に果たし、

天の豊かな祝福に信頼しなさい。

祝福はあなたのもとで、日々新たになるだろう。

なぜなら信頼を

神に置く者を、神はお見捨てにならないのだから。

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