シリコン・バレーの大物は、新しい国をつくることによって世界的な難民危機を解決しようとしています。

 世界は空前絶後の難民危機の時代を迎えています。世界中で頻発する混乱や暴力によって、およそ6000万人が家を失い、厳しい状況での生活を強いられています。彼らには行く場所などなく、大勢がよりよい暮らしを求めて、命の危険を冒してまでも新天地を目指しています。


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 ここにこの問題を解決しようする1人の男がいます。彼は政治家でも学者でも、NGOの職員でもありません。彼の正体は米サンフランシスコ、ベイエリアの不動産業界の大物です。その策は実にシンプルで、もしかするとあまりにも世間知らずなものにも思えるかもしれません。

 つまり、世界が団結して、難民が暮らせる国を新たに建国しようというのです。

 「この解決策を誰も考えないことには、ショックにも似た思いがします」とジェイソン・ブジ氏。「現在世界には大勢の国を持たない人々がいます。彼らに自分たちの国を与えることができたら、少なくとも安全に住む場所を手に入れて、他の人たちと同じように生活や仕事ができるようになるというのが私のアイデアです」

 新たな国を作るなど、まるで映画のような話です。これを真に受けることができない人がいるのも頷けます。彼が主張する難民問題の切り札を、この問題の複雑さが分かっていないと批判するのは簡単です。

 しかし、難民問題の専門家の中には、このコンセプトに意外なほど共感を示す人たちがいます。彼らとてたやすく新しい国ができるなどとは思っていません。しかし、ブジ氏と同様、現在の難民政策が上手くいっておらず、新しいアプローチが必要であることを痛感しているのです。

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 「解決できるはずの問題を誰も解決しようとしないという、モラルの欠如を感じる彼の感性は素晴らしいですね」と米ミシガン大学で難民亡命プログラムのディレクターを務めるジェームズ・ハサウェイ氏。

 普段のブジ氏は、ベイエリア周辺で不動産売買の事業を行なっています。また、昨年市内各地に現金を隠し、これを見つけた人にそのまま与えてしまう「ヒドゥン・キャッシュ」というイベントを行った人物でもあります。

 彼の新プロジェクトは、それと同じく無邪気な理想の下に行われているのでしょう。しかし、ヒドゥン・キャッシュよりもずっと野心的です。ブジ氏によれば、レフュジー・ネイション(難民国家)実現のためのチームとウェブサイトを設立するために、これまで120~180万円程度のお金を費やし、プロジェクトを軌道に乗せるためさらなる資金を投じる予定だそうです。


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 新国家となる土地を購入あるいは借りるための資金は、数兆円は下らないでしょう。そこで、ブジ氏は、世界の富裕層や政府の参加を望んでいます。「私のことなんて誰も知らないでしょうが、例えばアンジェリーナ・ジョリーが加われば、大勢の人に影響を与えることができます」

 歴史的には比較的最近にも国民国家は建国されています。ブジ氏の故郷イスラエルがその例の一つです。しかし、これはそう頻繁に起きることではありません。

 ブジ氏は、無人島ならある程度の予算があれば手に入るのではないかと考えています。彼がフィリピンに滞在したとき、ある人物からサンフランシスコに比べれば破格の価格で、島を買わないかという提案があったそうです。また、カリブ海の島嶼国など、人口の少ない国にお金を払って、難民を受け入れてもらうこともできるかもしれません。


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 仮にそうした場所が見つかったとしても、建国後の国家運営という問題も残ります。ブジ氏の考えでは、大規模なインフラ事業や海外投資家から仕事を確保できると言います。社会福祉や政治的インフラについては、もっと後になって考えてみるそうです。「今は好きな子との初デートの段階のようなもので、子供の名前を考えるのは性急すぎるでしょう」

 これを批判する専門家もいます。ヒューマンライツ・ウォッチ難民の権利プログラムのビル・フレリック氏は、このアイデアには「あきれかえった」そうです。「最初に思ったのは、机上の空論に過ぎないということです。一体どうやってこんなことを実現するのでしょうか?」とフレリック氏。

 重要な点として、新国家への移住は難民の意思によってなされるのか、それとも強制的なものなのかという問題があります。「グローバル化された世界において、選択の自由が与えられた人々は、究極的には生活の場として、友人や家族がいて、しかもチャンスも大きい場所を選びたいはずです」と話すのは、英オックスフォード大学難民問題研究センターのアレクサンダー・ベッツ教授です。人工的な国家建造はしばしば強制退去や暴力の問題を生み出す、と彼は説明します。そうした場所に難民が移住したいと願うとは思えないと言います。

 仮に難民を強制的に新国家へ移住させるのならば、それは深刻な人権問題となります。ミシガン大学のハサウェイ氏は、亡命者を住まわせるため太平洋の島を借りたオーストラリアの事例を挙げています。そこへの移住を強制された人々は、謂わば大規模な収容キャンプに入れられたようなもので、難民国家はすぐにガザ地区のような場所になってしまい「家庭内暴力を受ける女性は、自宅よりも刑務所の方がいい生活が送れるとでも? そう思う人もいるでしょうが、あまり人間の尊厳を尊重した解決方法とは思えません」


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 つまり、難民国家は、ユートピアにも、ディストピアにもなりうるのです。

 こうした懐疑的な意見にもかかわらず、専門家は提案そのものに対しては好意的なようです。彼らは、ブジ氏が現状のやり方における様々な問題点を正確に指摘していることを認めます。すなわち、ケニア、レバノン、ヨルダンといった国々では、現状の難民政策が重い負担になっています。西欧国家は、難民を再定住させるための支援を十分には行っていません。難民キャンプの住人は、社会からもチャンスからも見放されています。NGOや国際機関は、状況が悪化しているというのに、既存システムから財政的な恩恵を受けています。

 抜本的な変化が必要であるとの認識では一致しています。一致しないのは、どう変化させるのかということです。難民国家についてフレリック氏は以下のように問うています。「これは難民の必要性と権利に沿ったものなのでしょうか、それとも問題を片付けたい国家の利益に沿ったものなのでしょうか?」。もっともな疑問です。例えば、難民を無事帰還させることや、現在の生活を向上させるための資金提供よりも、新国家設立の方が楽である理由は何でしょうか?

 「政治的な意志がないのでしょう」とブジ氏は説明します。アメリカやヨーロッパにおける移民への強固な反発と、難民対応機関の慢性的な資金不足を考えれば、確かに彼は的を得ています。「難民国家の方がずっと簡単に実現できますよ」とブジ氏。もし彼が正しいのであれば、私たちはすでにディストピアに住んでいるのでしょう。

(The Washington Post、カラパイアの翻訳より)
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