来たれ、汝甘き死よ(BWV161)

 今日聴く日曜カンタータは三位一体主日後第16主日、1716.9.27、ヴァイマールで初演され、1735年頃ライプツィヒでも再演されました。

 テクストはヴァイマール時代の多くのカンタータ同様、ザロモン・フランクのカンタータ集「福音主義礼拝の捧げ物」からとられています。


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 当日の福音書の章句は、ナインの街でイエスが死んだ若者を蘇らせた物語ですが、テクストは旧約聖書土師記にある、サムスンに殺された獅子の屍から蜜が溢れた逸話を交えながら、キリスト者にとっては死もまた喜びだと、死への憧れを甘味なまでの言葉に乗せて歌い上げます。死を扱った曲なのですが、全体的に非常に穏やかで落ち着いた曲想です。


 フィラデルフィアをベースとするテンペスタ・ディ・マーレ(フィラデルフィア・バロック・オーケストラ)、ローラ・ハイメス(S)、ドリュー・ミンター(CT)、アーロン・シーハン(T)、デヴィッド・ニューマン (B)の演奏会録画でお聴きください。OVPP(One Voice Per Part)による演奏です。

 なおこの演奏では、リュート族の撥弦楽器テオルボが使われています。




1.アリア(アルト)

来たれ 汝、甘き死の時よ

死の時 私の(に宿る)霊は

蜜を味わうのだ

その(死という)獅子の口から

わたしの別れを甘美なものにしてください

引き留めないでください

最期の光よ

わたしが救い主と口づけするのを

2.レチタティーヴォ(テノール)

この世よ、おまえの享楽は重荷だ

おまえの砂糖はわたしには毒のよう

おまえの喜びの光は

流れ星のごとくはかなく

誰かがおまえのバラを摘むなら

その無数のとげが

わたしの魂の痛みとなる

蒼ざめた死はわたしにとって朝焼けのよう

死とともにわたしには太陽が昇る

栄光と天の歓びの太陽が

故にわたしは深い溜め息をつく

ただ最期の死の時を想って

わたしは喜ぶ、やがてキリストのもとに向かうことを

わたしは喜ぶ、この世との別れを

3.アリア(テノール)

わたしの切なる願いは

救い主とともにあり

やがてキリストのもとに生きること

ちりと土にかえるわたしに

死が訪れても

無垢な魂の輝きは

天の御使いと同じように光り輝く

4.レチタティーヴォ(アルト)

すでに終わりは来た

この世よ さようなら!!

わたしは慰めのみは得た

間もなくイエスの腕の中で死ぬという慰めを

イエスこそわたしの安らかな眠り

冷たい墓がわたしをバラで覆うだろう

イエスがわたしを目覚めさせる(甦らせる)日まで

イエスが忠実な羊たちを

甘美な天の御国へと導くまで

死がわたしをイエスから離すことのないように

来るがよい、喜ばしい死の日よ

そして打つのだ、最期を告げる鐘よ!

5.合唱

それが神の御心ならば

わたしは望む、肉体の重荷が

今日にも地を満たし

肉体に宿る霊が

永遠の命の衣をまとうことを

甘き天の喜びのうちに

イエスよ、疾く来たりて連れ去りたまえ!

これがわたしの最期の言葉

6.コラール(合唱)

肉体は土の中で

虫に食い尽くされても

必ずよみがえる

(信仰により)キリストに美しく変えられ

太陽のごとく光を放ち

もはや苦しみはない

天の喜びと歓喜のうちに

ならば死はわたしの何を損なうというのか?

(訳:バッハクライス神戸)
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