新・遺伝子改変技術でマッチョな豚が誕生…日本の食卓にも!?

マッチョな豚はなぜ生まれた?

 「ベルジアン・ブルー」と呼ばれるマッチョな牛をご存知ですか? ベルジアン・ブルーは、筋肉細胞の発達を抑えるミオスタチンを作る遺伝子が変異しているため、全身の筋肉が発達していて、軟らかく脂肪が少ない食用肉を多く生産できます。


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 このベルジアン・ブルーは、数十年の交配による品種改良の結果誕生した牛です。ところが先日、韓国と中国の研究者が、従来の品種改良よりはるかに早い方法でマッチョな豚を作り上げ、2015年6月30日の「ネイチャーニュース」に取り上げられました。このマッチョな豚は近い将来、私たちの食卓にも登場する可能性があります。


遺伝子改変技術は“自然に起こる遺伝子の変異を加速しただけ”なのか

 研究者らは、新しい遺伝子改変技術を用いて、マッチョな豚を作りました。これは「ゲノム編集」という、最近、非常に注目されている技術です。簡単に言えば、生物をデザインする遺伝子を“編集”する技術で、目的のゲノム部位(塩基)の削除、置換や挿入などを、ゲノムを切断するタンパク質を用いて行うものです。

 従来の遺伝子組み換え技術は、外から目的のゲノムを切り取って、動植物細胞のゲノムDNAに組み込むのですが、ゲノム編集は外からの遺伝子を組み込まず、その生物のゲノム自体を編集するので、変化がはるかに小さくて済みます。

 マッチョな豚研究の主導者である、ソウル大学校のジン・ス・キム博士は、この遺伝子改変技術は、原則的に自然に起こる遺伝子の変異を加速しただけと主張しています。


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 このため、博士らはマッチョな豚が、遺伝子組み換え食品の規制対象にならず、人間が消費しうる、遺伝子操作された最初の動物になることを期待しています。

 遺伝子はDNAの一部(数パーセント)であり、髪や目の色や背の高さといった、ヒトの設計図となる遺伝情報が書かれた領域です。DNAの遺伝子以外の部分は、以前は無駄なDNA(=ジャンクDNA)だと考えられていましたが、最近、 遺伝子を調整するなどの役割があることが分かってきました。

 そこで、遺伝子と遺伝子以外の部分を含めた遺伝情報全体を「ゲノム」と呼ぶようになりました。


遺伝子組み換え動物が承認された国はまだない

 ところで、今から約20年前、1994年に遺伝子組み換え食品として初めて市場に「日持ちのよいトマト」が導入されました。その後、大豆、トウモロコシ、菜の花、ジャガイモ、トマト、綿など多くの作物の遺伝子組み換え食品が次々と製品化されていきました。

 実は同じころ、動物で初めての遺伝子組み換え食品である「遺伝子組み換え鮭(アトランティックサーモン)」が誕生しています。この遺伝子組み換え鮭は、米国マサチューセッツ州に本社があるバイオテクノロジー企業、アクアバウンティ・テクノロジーズ(AquaBounty Technologies)が開発したもので、市場に出回る従来の鮭のサイズになるまでの時間が、半分で済むというものです。これは別種の大型の鮭(キングサーモン:Chinook salmon)が持つ成長ホルモン遺伝子を組み込んだからで、成長がとにかく早いといいます。


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 アクアバウンティ・テクノロジーズは、1993年からこの鮭の市場解禁をめぐり、米食品医薬品局(FDA)と戦っています。結局2012年にFDAは、遺伝子組み換え鮭について、環境への影響はない、この鮭について「食べても大丈夫」と安全性を発表しました。

 ところがこの鮭、人体への安全性については不明な点が多く、たくさんの問題が議論され、米国内では反対運動が活発になっています。

 現在、遺伝子組み換え鮭は、野生の鮭との接触を防ぐため、パナマにある地上のタンクの中で育てられています。遺伝子組み換えによって人為的に作り出された鮭が万が一自然界に放されると、従来の鮭への汚染が危惧されるからです。

 「Bloomberg Business」によれば、結局現状では遺伝子組み換え鮭は、パナマ共和国にある埋立地に、62トンも投棄されているといいます。

 つまりこれまで、遺伝子組み換え動物は、環境や人体の健康に対する悪影響への懸念から、世界中どこでも承認されていません。


32匹のクローン化されたマッチョな子豚を作ることに成功

 ところがキム博士らは、新しいゲノム編集技術は、従来の遺伝子組み換え技術で懸念されるような悪影響を避けられると期待しているのです。

 例えばゲノム編集は農業において、ウシなど家畜の角をなくす、アフリカ豚コレラウイルスに対する免疫があるブタにするといった適用方法が報告されています。

 マッチョな豚を作るための鍵は、ベルジアン・ブルー牛のように、ミオスタチン(筋抑制因子)遺伝子の突然変異です。ベルジアン・ブルーは交配による品種改良によって人為的に、同じ品種間でも違う性質の個体同士を、あるいは突然変異で発生した品種と掛け合わせることで、両者の長所を兼ね備えた新たな品種を作りだすという古典的な方法を取ってきました。


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 ところがキム博士は、中国延辺大学のシー・ジュン・イエン博士らと共同で、TALEN(転写活性化様エフェクターヌクレアーゼ)と呼ばれるゲノム編集技術を使用して、ゲノム編集を行ったミオスタチンの遺伝子を受精卵に移植し、32匹のクローン子豚を作りました。

 キム博士らのチームはまだこの結果を論文で発表していませんが、この分野の先駆者であるドイツのフリードリヒ・レフラー研究所のハイナー・ニーマン博士は、この豚の写真をみて、マッチョなな動物に典型的な体型だと述べています。


肉の質量は良くても、出産の困難さや生存率で問題がある

 イエン博士は、このマッチョ豚は、マッチョな牛と同じように、肉の量や質などの利点があると述べています。ただし欠点もあり、例えば豚のサイズが大きすぎて出産が困難であることや、さらに32匹のうち8カ月まで生き延びたのは13匹のみでした。さらに現時点では13匹のうち生存しているのは2匹だけで、健康なのは1匹だけだと見なされています。

 キム博士とイエン博士は、このマッチョ豚から肉を生産するより、マッチョの雄豚の精子を農家に売って、正常な雌豚と交配させることを考えています。この交配による子孫の2つのミオスタチン遺伝子は、1つが変異のある遺伝子(マッチョのもと)で、もう一つが正常遺伝子となり、2つとも変異遺伝子であるマッチョ豚よりも、筋肉は少なくなっても健康になると予想できます。

 研究者らは、「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)」というさらに新しいゲノム編集技術を用いて、同じ実験を始めています。CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)は、TALENよりさらに迅速に効率よく、目的とする遺伝子のDNA配列の、好きな場所を編集できます。


中国が最初のマッチョ豚を売る

 それぞれの国が、新しい遺伝子改変技術を利用した農業用の植物や動物への応用について、どのように規制するかを考え始めています。すでに従来の遺伝子組み換えよりも規制が緩やかになっている国もあります。米国とドイツでは、この方法の場合、新しいDNAがゲノムに組み込まれていないため、いくつかの作物が規制から外れると宣言しています。

 これに対し、北海道大学の石井哲也博士は、ゲノム編集が動物に利用されるようになると、人々の懸念は強まると、ネイチャーニュースに対しコメントしています。また「遺伝子編集に多額の投資をしている中国は、歴史的に見ても規制がゆるい」ということもありそうです。

 それでもキム博士は、マッチョ豚の精子を、豚の需要が増えている中国で売ることを期待しています。キム博士は「中国が最初のマッチョ豚を売る」とコメントしています。

(Nikkei Trendyより)
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