エフライムよ、われ汝をいかにせん(BWV89)

 昨日は宗教改革記念日でしたが、今日も日曜カンタータを聴くことにします。

 この曲は三位一体主日後第22主日、1923.10.24にライプツィヒで初演された、アリアに始まり、合唱は最後の短いコラールのみの小編成のカンタータです。
 1723年後半には小編成のカンタータが集中的に作られましたが、その最初の作品です。


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 当日の福音書の章句は、自分が主人に負債を赦されながら、自分に負債がある仲間を投獄した「悪の下僕」のたとえを語るものです。カンタータの台本では、これを密接にふまえながら世の人への神の憤りを伝え、裁きと報復を繰り返し警告します。それへの恐れは、イエスの血が負債を消し去るという認識によって鎮められ、罪深い私はやがて神の決済を待ち臨む心境へと達します。


 鈴木雅明 指揮、バッハ・コレギウム・ジャパン、鈴木美登里 (S)、ロビン・ブレイズ(CT)、浦野智行(B)の演奏でお聴きください。9月17日に投稿された新しいYoutubeです。録音は2000年で音質も良好です。




1.アリア(バス)

「ああ、お前をどうすべきだろうか、エフライムよ。

 お前を守るペきだろうか、イスラエルよ。

 本当は、アドマのように

 お前をなし、お前を

 ツェボイムのように裁くぺきではなかろうか?

 しかし私の心には、別の思いが湧く。

 憐れみが燃え上がっているのだ。」

2.レチタティーヴォ(アルト)

そうだ、当然神は

裁きの言葉を語り、

御名を嘲った罪で

敵どもに報復されていいはずだ。

かぎりがないのだから、お前の罪を数えるなら。

神が堪え忍んでくださるのをいいことに、

お前の敵意に満ちた心は

施された慈しみを投げ捨て、

咎を口実に、隣人を責め立てるのだ。

報復が燃え上がらざるを得ないではないか。

3.アリア(アルト)

情け容赦ない裁きが

お前に必ずやふりかかるだろう。

  報復が始まる、

  憐れみを施さぬ者たちに。

  それは彼らをソドムのように

   根絶やしにしてしまう。

4.レチタティーヴォ(ソプラノ)

よろしい! 私の心は

 怒り、いさかい、不和と決別しよう

隣人を許す備えはできた。

しかし、私は恐ろしくてならない、

 罪にまみれた私の生が。

私は、神に負債があるのだ!

しかし、イエスの血が

この負債を帳消しにしてくれる。

律法の終わりであるイエスに、

信仰を持って向き直るその時に。

5.アリア(ソプラノ)

義しい神よ、ああ、決済をなさるのですか?

それならば私は、魂の救いのために

イエスの血のしずくを数えましょう。

ああ、私にその総計を負わせてください!

そう、その数は誰にも数え尽くせぬゆえに、

私の咎と罪を覆い隠してくれるのです。

6.コラール

思えば私には、足りぬものばかり。

でも持ちたいものは

みな、私の益になるようにと

あなたの血で獲得されている。

それによって私は打ち勝つのだ、

死と、悪魔と、地獄と罪とに。

訳詞:磯山 雅


マタイによる福音書 18,23-35

 そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れてこられた。

 しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。

 その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。

ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。

 仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。

しかし、承知せず、その中間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。

 仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。

 そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。私がお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』

 そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。

 あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。
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