自らの神によれる者は幸いなるかな(BWV139)

 三位一体主日後第23主日に聴くカンタータは、1724.11.12、ライプツィヒで初演されました。ヨハン・クリストフ・ルーベの同名のコラール歌詞に、トマス・カントルを務めたBACHの先輩、ヨハン・ヘルマン・シャインの旋律を組み合わせたコラールを基にしたコラール・カンタータです。


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 コラールの原詩をそのまま用いているのは、冒頭曲と終曲で、作者不詳の第2曲から第5曲の台本は、当日朗読された福音書の章句とは深く結びついてはおらず、「幼子の如き神への信頼」を主題とし、この世の苦しみや罪の重さには余り言及されていないので、BACHの音楽も明るい曲調の作品となっています。


 ニコラス・アルノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、テルツ少年合唱団、アラン・ベルギウス(BS)、ポール・エスウッド(CT)、クルト・エクビルツ(T)、ローベルト・ホル(B)の演奏でお聴きください。

 なお、第2曲のアリアの第2ヴァイオリンのパート譜が欠落していますが、アルノンクールは補筆せずに演奏しています。掛け合いだったと思われるパートが無いので、少し間延びした感じがします。




1.合唱

幸いなのは、神に

子供のように身を委ねられる人だ。

たとえ罪と世と死と

全ての悪魔がその人を憎んでも、

それでも彼は心楽しくあり続ける、

ただ神を友として得るならば。

2.アリア(テノール)

神はわたしの友だ、怒り狂っても無駄だ、

敵がわたしに怒り狂っても。

たとえ嫉妬され憎まれても、わたしは安心。

  そうだ、たとえ真理を語ることわずかであり、

  つねに偽ろうとも、それがわたしに何だろう。

  おまえたち嘲る者どもも、わたしに危険を及ぼしはしない。

3.レチタティーヴォ(アルト)

救い主は確かに彼を信じる者たちを

猛り狂う狼のただ中に送られる。

悪者たちの群は救い主を取り囲み

傷つけ嘲ろうと

奸計をめぐらす。

しかし主の御ロが賢い御言葉草を発せられると、

主はわたしをも世から守られる。

4.アリア (バス)

不幸は四方八方から

わたしの周りに重い枷を打ち込む。

しかし突然、救いの御手が現れるのだ。

救いの光が彼方からわたしを照らす。

そのとき初めてわたしは悟る。神のみが

まさに人間の最良の友だと

5.レチタティーヴォ(ソプラノ)

そうだ、たとえわたしが自分のなかに最大の敵を、

罪の重荷を担っていても、

わが救い主はわたしを安息に導かれる。

わたしは神に、神のものをお返しする、

魂の最も奥にあるものを。

主がそれを選ばれるならば、

罪のとがは失せ、サタンの奸計は滅びる。

6.合唱

それゆえ、たとえ陰府の軍団でも。

たとえ死の復讐でもし。

たとえあらゆる世でも。らはや

おまえたちの攻撃がわたしを悲しませることはない。

神がわたしの守りであり、救いであり助けだから。

幸せなのは、神を友とする人である。

                          訳詞:磯山 雅

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