おお永遠よ、汝おそろしき言葉よ(BWV60)

 今日聴く日曜カンタータは三位一体主日後第24主日、1723.11.7、ライプツィヒ初年度に初演されましたが、独唱がなく、最後のコラール以外は、全て二重唱で歌われる特徴あるカンタータです。


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 当日の福音社の章句は、イエスが死んだ少女を蘇らせた挿話ですが、カンタータではその内容を直接扱ってはいません。それほどの信仰を持ちきれずに死を恐れる「恐れ」に対し、主を信じて救いを待つ「希望」が語りかけ、最後には「恐れ」にも希望がもたらされるというストーリーになっています。

 なお終曲のコラールはアルバン・ベルクの「白鳥の歌」ヴァイオリン協奏曲に引用されています。


 鈴木雅明 指揮、バッハ・コレギウム・ジャパン、ロビン・ブレイズ(CT)、ゲルト・チュルク(T)、ペーテル・コーイ(B)の演奏でお聴きください。9月17日に投稿された新しいYoutubeです。録音は2000年で音質も良好です。




対辞曲  恐怖(アル卜)、希望(テノール)、キリスト(バス)

1.コラール(アルト)とアリア(テノール)

A:おお永遠、いかずちの言葉よ、

  おお、魂を貫く剣、

  おお、終わりのない始め、

  おお永遠、時のない時よ

  わたしはあまりの悲しみに

  どこに顔を向けていいかわからない。

  わたしの心は驚きで震え、

  わたしの舌は喉に貼り付いている。

T:「主よ、わたしは御救いを仰いで待ちます。」

2.レチタティーヴォ(アルトとテノール)

A:おお、最後の戦いに赴く歩みの重さよ。

T:わたしの助けはすでに居られる、

  わが救い主は慰めとともに

  わたしの側に立って居られる。

A:死の恐怖、最後の苦痛が

  わたしの心を急に襲い

  この身を苛める。

T:わたしはこの体を神の御前に

   犠牲として横たえる。

  たとえ苦難の火が熱くとも、

  満足だ、それがわたしを

   神の賛美のために浄めてくれるなら。

A:しかし罪の大きな負い目が、

   わたしの眼前に立ちはだかる。

T:神はだからといって死の判決を

   下されることはないだろう。

 神は誘惑の苦悩に終わりを与えられ、

  それに耐えることができるようにしてくださる。

3.アリア(二重唱 アルトとテノール)

A:わたしの最後の寝床がわたしを恐怖させる。

T:救い主の御手がわたしの目を覚まさせるだろう。

A:信仰は弱まり、ほとんど沈む時ほど、

T:わたしのイエスはわたしと一緒に重荷を背負ってくださる。

A:ロを開けた墓は身の毛もよだつほどだ。

T:それもわたしには平安の家となろう。

4.レチタティーヴォ(アルト)とアリオーソ(バス)

A:それでも死は人の性には

   憎むべきものであることは変わらず

  希望をほとんど断ち切り

  地にたたきつける。

B:「死ぬ人は幸いである。」

A:ああ、それでも、どれほどの危険が

  死の道を歩む魂に

  立ちはだかることか。

  もしや地獄が口を開けて

  彼らを呑み込もうとして、

  死を恐ろしいものとするかもしれない。

  もしや彼らはすでに永久の

  墜落へと呪われてしいるかもしれない。

B:「主に結ばれて死ぬ人は幸いである。」

A:わたしが主に結ばれて死ぬとき、

 幸いはわたしが受けるべき

   嗣業となるだろうか。

 肉体はまさに姐虫の餌となるのである。

  まことに、わたしの四肢は

  塵と土に還るだろう、

 わたしは死の子と呼ばれるのだから、

 わたしはまさに墓の中で朽ちてしまいそうだ。

B:「今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである。」

A:それではよし。

 今から後、わたしが幸いとなるのなら、

  おお希望よ、再び現れなさい。

 わたしの体は恐怖もなく眠りに憩い、

 霊は約束の喜びを見ることができよう。

5.コラール(合唱)

満足しています。

主よ、御心に叶うなら、

どうかわたしを解き放ってください。

わたしのイエスがおいでになる、

いざさらば、おお、この世よ。

わたしは天の家をめざし、

たしかに平安のうちに参ります、

わたしの大きな不幸は下界に置いたまま。

満足しています。

訳詞:磯山 雅


 アルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲も少しお聴きください。この部分でコラールの旋律がオーケストラで演奏されます。

 

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