平和と歓喜もてわれは逝かん(BWV125)

 今日はマリアの潔めの祝日で、キリスト教の固定祝日の一つです。聖燭祭(キャンドルマス)とも呼ばれ、日々の使用に供される蝋燭一年分が教会で聖別され、聖別された蝋燭は特に夜聖書を読んだり、死者に灯したりするために使用さました。 今日聴くカンタータは1725.2.2にライプツィヒで初演されたコラール・カンタータで、受難を先取りするような厳粛な雰囲気が全体を支配しています。



 マリアの潔めの祝日のためのカンタータは全部で4曲作られましたが、BWV125はシメオンの頌め歌を敷衍(ふえん)したラテン語讃歌の、ルターによるドイツ翻訳コラールに基づいています。ドリア旋法による荘重な旋律のコラールは「安らかな死」への祈りとして広く歌われ、BWV83の終曲にもなっています。

 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮、コレギウム・ヴォカーレ・ゲント&オーケストラ、インゲボルク・ダンツ(A)、マーク・パドモア(T)、ペーター・コーイ(B)の演奏でお聴きください。




平和と歓喜もてわれは逝かん(BWV125)

1.合唱

Mit Fried und Freud ich fahr dahin

平和と喜びのうちにわたしはあの世へまいります

In Gottes Willen;

神の御心のままに

Getrost ist mir mein Herz und Sinn,

わたしの心はなぐさめられました、

Sanft und stille;

安らかに、そして静かに。

Wie Gott mir verheißen hat,

神がわたしに約束された通り、

Der Tod ist mein Schlaf worden.

死はわたしの眠りとなりました。

2.アリア(アルト)

Ich will auch mit gebrochnen Augen

わたしは不自由な目でも

Nach dir, mein treuer Heiland, sehn.

貴い救い主よ、あなたを見たいのです。

 Wenngleich des Leibes Bau zerbricht,

 たとえ肉体は壊れても、

 Doch fällt mein Herz und Hoffen nicht.

 心と願いは崩れません。

  Mein Jesus sieht auf mich im Sterben

 わたしのイエスは死んでゆくわたしを顧みられて

  Und lässet mir kein Leid geschehn.

 わたしが悩むことを許されない。

3.レチタティーヴォとコラール(バス)

O Wunder, dass ein Herz

おお、奇跡ではないか。

Vor der dem Fleisch verhassten Gruft und gar des Todes Schmerz

肉体が嫌う墓穴や死の苦痛にさえ

Sich nicht entsetzet!

心が驚きをおぼえないとは。

Das macht Christus, wahr' Gottes Sohn,

それは誠の神の子、誠の救い主である

Der treue Heiland,

キリストのため、

Der auf dem Sterbebette schon

死の床にあっても

Mit Himmelssüßigkeit den Geist ergötzet,

天国の喜びで霊を楽しませるひと、

Den du mich, Herr, hast sehen lan,

主よ、あなたはその人を見せて下さった。

Da in erfüllter Zeit ein Glaubensarm das Heil des Herrn umfinge;

時が満ちて信仰の腕が主の救いを抱くから。

Und machst bekannt

そして教えて下さる。

Von dem erhabnen Gott, dem Schöpfer aller Dinge

万物の造り主である至高の神、

Daß er sei das Leben und Heil,

あの方は生命であり救い、

Der Menschen Trost und Teil,

人の慰めであり味方であり、

Ihr Retter vom Verderben

罪から人を救うお方だと、

Im Tod und auch im Sterben.

死においても臨終においても。

4.アリア(二重唱)テノールとバス

Ein unbegreiflich Licht erfüllt den ganzen Kreis der Erden.

人智を超える光が全地を満たす。

  Es schallet kräftig fort und fort

 力強く響きわたるのは

  Ein höchst erwünscht Verheißungswort:

 望まれる限りの約束の御言葉。

  Wer glaubt, soll selig werden.

 信じる者は幸いとなろう。

5 .レチタティーヴォ(アルト)

O unerschöpfter Schatz der Güte,

おお、限りない慈愛の宝庫が、

So sich uns Menschen aufgetan: es wird der Welt,

こうしてわれら人間に開かれた。

So Zorn und Fluch auf sich geladen,

怒りと呪いに満ちていたこの世に、

Ein Stuhl der Gnaden

恩寵の玉座と

Und Siegeszeichen aufgestellt,

勝利の御しるしとが打ち立てられ、

Und jedes gläubige Gemüte

信仰ある人々 はみな

Wird in sein Gnadenreich geladen.

主の恵みの国に招かれるのである。

6.コラール

Er ist das Heil und selge Licht

あのかたこそは異邦人には

Für die Heiden,

救いであり幸いの光、

Zu erleuchten, die dich kennen nicht,

あなたを知らない人々 を

Und zu weiden.

照らし養います。

Er ist deins Volks Israel

あのかたはあなたの民イスラエルの

Der Preis, Ehr, Freud und Wonne.

賛美、栄光、喜び、歓喜なのです。

                     対訳:樋口隆一

ルカによる福音書 2章 22-32

 さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に捧げるため、エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。シメオンが”霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定通りにいけにえを献げようとして、イエスを連れてきた。シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」

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