ヨハネ受難曲(BWV245)

 今日は教会暦の聖金曜日で、復活祭前の金曜日にキリストの受難と死を記念する日です。プロテスタントの教会でもこの日は特別な典礼を行います。16世紀以降、ドイツのルーテル派教会では一年のうちでもっとも重要な日で、聖餐を受けるべき日とされ、受難曲などが教会で演奏されてきました。

 受難曲は、新約聖書のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書に基づくイエス・キリストの受難を描いた音楽で、BACHは聖金曜日のためにすべての福音書に基づく受難曲を作曲したと言われますが、現存するのはマタイ受難曲とヨハネ受難曲のみで、マルコ受難曲は歌詞のみ残され、音楽は失われてしまいました。


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サルバドール・ダリ「十字架の聖ヨハネのキリスト」部分


 今日はヨハネ受難曲(BWV245)を聴くことにします。BACHがライプツィヒのトーマス・カントルに着任して初めて迎える聖金曜日、1724.4.7に初演されました。この年の2月13日の礼拝を最後に、カンタータの作曲を休止してこの受難曲の作曲に充てたといいます。その後、少なくとも3回、ヨハネを改訂しつつ再演しています。現在の演奏は1749年稿で行われています。なお、ヨハネ受難曲の台本は誰の手によるものか判明していません。


 フランスのカウンター・テナーで指揮者のラファエル・ピションが2005年に設立したアンサンブル・ピグマリオンの演奏会の録画でお聴きください。歌手はレイラ・クレア(S)、ダミアン・ギヨン(CT)、ウェルナー・グーラ(T、福音史家)、エミリアーノ・ゴンザレス・トロ(T)、コンスタンチン・ウルフ、ベネディクト・アーノルド (B)です。



ヨハネ受難曲の筋書き

 裏切り者の使徒ユダが、ユダヤ教の祭司や兵士たちを引き連れてイエスのところへやって来るところから始まります。最初からイエスの身に危険が及ぶ場面です。そしてイエスが「誰を探して いるのか」と問い、捕まえる者たちが「ナザレのイエスだ」と言うと、イエスは「それは私だ」と答えます。それから使徒ペテロが剣を振り回して抵抗し、祭司の手下の耳を切り落としますが、イエスが諌めます。

 イエスは捕まって縛られ、ユダヤ教の大祭司のところへ連れて行かれます。そしてその先で、同行していたペテロが女中に「あなたもあの人の弟子の一人ですか」と聞かれ、違うと答えます。それからイエスは平手打ちを食らう一方、ペテロは三回目のイエス否認の直後に鶏が鳴くのを聞いて、イエスの予言を思い出して激しく泣きます。

 その後イエスはローマの総督ピラトのところに連れて行かれ、「おまえはユダヤ人の王か?」と聞かれます。神の国について人々に教えを説いてきたからです。イエスは「この世の国の王ではない」と答えますが、ユダヤ教徒たちのある者はイエスを聖書が予言するキリストとは認めず、自分たちの権威を失墜させないために彼を抹殺したかったので、イエスがユダヤの王を自称していると主張していたのです。当時ユダヤ州はローマ帝 国の支配下にあり、王はローマ皇帝(ティベリウス)以外にあり得なかったため、ユダヤの王だと自称すれば罪になるということなのです。やりとりが詳しく述べられ、ピラトは裁きたくないのに処刑へとなだれ込んで行きます。バラバのエピソードが語られ、そして十字架にかけられます。


ヨハネ受難曲 第一部 歌詞対訳

ヨハネ受難曲 第二部 歌詞対訳

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