されど同じ安息日の夕べに(BWV42)

 今日の日曜カンタータは、昨年も聴いた1725.4.8、BACHがライプツィヒでトマス・カントルとして活動を始めて2年目の復活祭後第1主日のために新たに作曲された作品です。

 教訓的な内容の詩の作者は不明ですが、トマス教会の牧師クリスチィアン・ヴァイスではないかといわれています。


無題.png


 詩の内容は、イエスの弟子たちが、ユダヤ人たちを恐れ、大罪人イエスの一味として逮捕されるのではないか、あるいはイエスの遺体を盗み出したという嫌疑を受けて危害を加えられるのではないかという疑心暗鬼にとらわれています。不安に駆られてイエスから離れてしまうなどの自滅行為に走らないように、という当座の心構えが示されています。やがてやってくるイエスの出現に備えるように、という一見消極的な、しかし粘り強さの要求されるメッセージが込められています。


 今回はジョン・エリオット・ガーディナー指揮、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、ジリアン・マッキース(S)、ダニエル・テイラー(CT)、チャーリー・ダニエルズ(T)、ステファン・バーコー(B)の演奏でお聴きください。




第1曲 シンフォニア

第2曲 レチタティーヴォ(テノール)

Am Abend aber desselbigen Sabbats,

さて、その同じ安息日(復活の日曜日)の夕暮れに、

 da die Jünger versammlet

 弟子たちが集まっていた。

und die Türen verschlossen waren

戸に錠を下ろして

 aus Furcht für den Jüden,

 ユダヤ人たちを恐れていたところへ、

kam Jesus und trat mitten ein.

イエスが入ってこられ、彼らの中に立たれた。

第3曲 アリア(アルト)

Wo zwei und drei versammlet sind

二人あるいは三人が集まり、

 in Jesu teurem Namen,

 イエスの尊い名のもとに留まっているなら、

da stellt sich Jesus mitten ein

彼らの中にイエスは姿を現わし、

 und spricht darzu das Amen.

 アーメンという同意の言葉を与えて下さる。

Denn was aus Lieb und Not geschicht,

愛と苦悩とから生じたことがらが

 das bricht des Höchsten Ordnung nicht.

 いと高き神の摂理を破ることはないのだから。

Wo zwei und drei....

二人あるいは三人が . . .

第4曲 二重唱(ソプラノとテノール)

Verzage nicht, o Häuflein klein,

ひるむな、おお、小さな群れよ、

obgleich die Feinde willens sein,

確かに、敵の狙いは

 dich gänzlich zu verstören,

 あなたがたの心を乱すことにあり、

und suchen deinen Untergang,

あなたがたを自滅させるために

davon dir wird recht angst und bang,

不安と心配とに落ち込ませることにあるけれど、

 es wird nicht lange währen.

 それは決して長続きしないのだから。

第5曲 レチタティーヴォ(バス)

Man kann hiervon ein schön Exempel sehen

今の私たちにもよくわかる実例が、

 an dem, was zu Jerusalem geschehen;

 かつて、エルサレムで起こっていたのです。

denn, da die Jünger sich versammlet hatten

つまり、その時弟子たちが集まっていたのは

 in finstern Schatten

 暗い物陰の中であり、

 aus Furcht fur denen Jüden,

 それは、ユダヤ人たちへの恐れのためでした。

so trat mein Heiland mitten ein,

しかし、救い主はその中に現れることによって、

zum Zeugnis,

証明して下さったのです、

 daß er seiner Kirche Schutz will sein.

 主はどんな時もその教会の保護者であると。

Drum laßt die Feinde wüten!

敵には勝手に吠えさせておけばよいのです。

第6曲 アリア(バス)

Jesus ist ein Schild der Seinen,

イエスは信徒たちの盾となって、

 wenn sie die Verfolgung trifft.

 迫害の嵐を身をもって防いで下さる。

Ihnen muß die Sonne scheinen

信徒たちを照らす太陽には、

 mit der güldnen Überschrift:

黄金色に輝く銘が掲げられている。

Jesus ist . . .

イエスは信徒たちの盾 . . .

第7曲 コラール(合唱)

Verleih uns Frieden gnädiglich,

慈しみ深く、私たちに平安をお与え下さい、

 Herr Gott, zu unsern Zeiten,

 主なる神よ、今の時代を生きる私たちに。

es ist doch ja kein ander nicht,

もはや他の誰もあてにはできません、

 der für uns könnte streiten,

 私たちのために戦って下さる方は、

denn du, unser Gott, alleine.

私たちの神よ、あなたしかいないのです。

Gib unsern Fürsten und aller Obrigkeit

私たちの君主たちと公務を担うすべての者たちに

 Fried und gut Regiment,

平和と善政との道を示して下さい。

daß wir unter ihnen

私たちがその下にあって

 ein geruhig und stilles Leben führen mögen

 安らかで静かな生活を送り、

in aller Gottseligkeit

神のもとにある幸福と

und Ehrbarkeit.

 誇りとをもって暮らすことができますように。

Amen.

アーメン。

                       対訳:小林英夫


ヨハネによる福音書 20章 19~31
 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。

スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する