汝ら泣き叫ばん(BWV103)

 復活祭後第3主日に聴くカンタータは、1725.4.22にライプツィヒで初演された、女流詩人ツィーグラーの台本よって作られた作品です。

 当日の福音書から引用された章句に含まれる「悲しみ」と「喜び」の情念の対比はカンタータを展開するための絶好の素材で、BACHも両者の対比を発想のかなめに置き、情感に富んだ作品を作り上げています。


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 この曲の特徴は、フラウト・ピッコロ(ソプラニーノ・リコーダー)の可憐な響きが特徴で、初演の時この楽器の名手の参加があったためと思われます。再演時にはヴァイオリン又はフラウト・トラヴェルソに置き換えられました。


 昨年はトン・コープマンの演奏を聴きましたが、今回はピーテル・ヤン・ラウシンク指揮、オランダ・バッハ・コレギウム 、シツェ・ブワルダ(CT)、クヌート・ショッホ(T)、バス・ラムセラール(B)の演奏でお聴きください。




1. 合唱とアリオーソ (バス)

„Ihr werdet weinen und heulen,

「お前たちは大声で泣き叫ぶだろう。

aber die Welt wird sich freuen.

しかし、世の人々は喜ぶだろう。

Ihr aber werdet traurig sein.

お前たちは悲しむだろう。

Doch eure Traurigkeit soll in Freude

だが、お前たちの悲しみは喜びに

verkehret werden.“

変わるであろう」

2. レチタティーヴォ (テノール)

Wer sollte nicht in Klagen untergehn,

誰が悲しみに沈まずにいられようか、

Wenn uns der Liebste wird entrissen?

愛する方が私たちから奪われようとしている時に。

Der Seelen Heil, die Zuflucht kranker Herzen

魂の救いで、病んだ心の逃げ場である方が、

Acht nicht auf unsre Schmerze.

私たちの痛みを気にかけないとは。

3. アリア (アルト)

Kein Arzt ist außer dir zu finden,

あなた以外には、心の医者は見つかりません、

Ich suche durch ganz Gilead;

ギレアド中を探しても。

Wer heilt die Wunden meiner Sünden,

誰が、罪によるこの傷を癒してくれるのでしょうか、

Weil man hier keinen Balsam hat?

ここには、乳香もないというのに。

Verbirgst du dich, so muß ich sterben.

あなたが姿を隠せば、私は死ななければならないのです。

Erbarme dich, ach, höre doch!

憐れんでください、ああ、聞いて下さい!

Du suchest ja nicht mein Verderben,

あなたが決して、私の破滅を望まないのなら、

Wohlan, so hofft mein Herze noch.

それならば、私の心はまだ望を持ちえるのです。

4. レチタティーヴォ (アルト)

Du wirst mich nach der Angst

あなたは私を心配の余り

auch wiederum erquicken;

再び、元気づけて下さるでしょう。

So will ich mich zu deiner Ankunft schicken,

だから私は、あなたの来臨を望むのです。

Ich traue dem Verheißungswort,

私は約束の御言葉を信じます、

Daß meine Traurigkeit

私の悲しみが、

In Freude soll verkehret werden.

喜びに変わるだろうという御言葉を。

5.アリア (テノール)

Erholet euch, betrübte Sinnen.

元気を取り戻せ、濁った心よ。

Ihr tut euch selber allzu weh.

お前たちは自分を傷つけ過ぎるのだ。

Laßt von dem traurigen Beginnen,

私が涙に沈む前に、

Eh ich in Tränen untergeh.

悲しい始まりから離れなさい(悲しい始まりを忘れなさい)。

Mein Jesus läßt sich wieder sehen,

私のイエスはふたたび現れるのです、

O Freude, der nichts gleichen kann!

おお喜びよ、比べるものがないくらいの!

Wie wohl ist mir dadurch geschehen,

なんという幸せがそれを通じて私に起こるのだろうか、

Nimm nimm mein Herz zum Opfer an!

取りなさい、私の心を捧げものとしてお受け取り下さい!

6.コラール

Ich hab dich einen Augenblick,

私はお前をしばしの間、

O liebes Kind, verlassen;

おお愛する子よ、置き去りにした。

Sieh aber, sieh, mit großem Glück

しかし、さあ見なさい、大いなる幸運と

Und Trost ohn alle Maßen

無限の慰めでもって

Will ich dir schon die Freudenkron

必ずやお前に歓喜の冠を

Aufsetzen und verehren;

いただかせ、褒め称えよう。

Dein kurzes Leid soll sich in Freud

お前のつかの間の苦しみは、喜びと

Und ewig Wohl verkehren.

永遠の幸福に変わるだろう。

                   対訳:ターフェルムジーク鎌倉


ヨハネによる福音書 16章 16節~23節
 「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」そこで、弟子たちのある者は互いに言った。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』とか、『父のもとに行く』とか言っておられるのは、何のことだろう。」また、言った。「『しばらくすると』と言っておられるのは、何のことだろう。何を話しておられるのか分からない。」イエスは、彼らが尋ねたがっているのを知って言われた。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』と、わたしが言ったことについて、論じ合っているのか。はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない。ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。

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