人が眠る本当の理由は何なのか?

 睡眠には記憶の整理や感情の調整といった多くの役割があり、脳だけでなく、体温調節、免疫システムなど体のあらゆる機能にとって重要であることが過去の研究から分かっています。しかし、「なぜ人は眠るのか?どうして眠るようになったのか?」ということは現在でも謎に包まれたままです。「睡眠の起源」は一体何なのかということについて、BBCがさまざまな仮説を検討しています。


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 「なぜ生き物は眠るのか?」という疑問について、まず検討していくのは「食事を終え、天敵もいなくなり、交尾のタイミングでもなく、スケジュールが空いたために動物は数時間にわたって意識を手放す」という、いわば睡眠の「怠惰理論」です。ユニークな理論ですが、基本的に眠っている動物は眠っていない状態よりもはるかに敵に襲われる可能性が高いため、生き物にとって睡眠は例え1日数時間であっても不利な行為です。そのため、怠惰理論を「なぜ生き物は眠るのか?」という問いの答えにするのは不合理と言えます。また、眠ることでエネルギー消費を抑えているという説も存在しますが、「人間が意識を手放し眠っている状態」と「起きたまま横たわっている状態」を比べると微々たる差しかないため、この説明も合理的な説明ではありません。


レム睡眠は進化の副産物だった?

 ノースウェスタン大学のRavi Allada教授によると、「眠り」を識別する要素で最も重要視されているのが「静かであること」と「筋肉が活性化していないこと」です。そして、意識のある状態に比べて反応が遅いこと、眠りによって疲れを回復できていること、なども識別に利用される要素となっています。人間は他の人や犬・猫の睡眠を識別できても、ハエやミミズの睡眠は識別できませんが、上記の要件を使えば、ハエや線虫であっても「眠っている」と断言することが可能です。

 現在、地球上の多くの生き物がこの要件を満たして「睡眠」を取っています。睡眠の不思議なところは、生き物にとって不利であるにも関わらず、自然淘汰されず、むしろ発達してきました。眠りにはレム睡眠とノンレム睡眠が存在しますが、先史時代の生き物はノンレム睡眠しか取らず、その後になぜかレム睡眠を取る生き物が現れたのです。

 「生きた化石」と呼ばれるカモノハシは、ほ乳類でありながら卵を産む動物です。恐竜の栄えた中生代には既に存在したと言われているカモノハシもレム睡眠を取ります。これはつまり、2億2000万年前の地球で生きていた初期のほ乳類もレム睡眠をとっていたという可能性があるということ。同時期に生息していた恐竜は絶滅しましたが、一部の恐竜の子孫である鳥もまた、ほ乳類と同じくレム睡眠をとります。このことから、レム睡眠はほ乳類と鳥類に起源すると考えられています。


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 では、なぜレム睡眠が生まれたのでしょうか?この質問に対して、レム睡眠の発生は進化の副産物だという説もあります。ほ乳類の先祖である単弓類とハ虫類の先祖は同じ有羊膜類です。もともと有羊膜類は昼間に活動していましたが、恒温性を獲得してくことで夜行性の動物へと進化します。

 夜行性の単弓類は昼間に数時間の睡眠を取り、夜に活動することで捕食者や強烈な日光から身を守っていましたが、一方で神経メカニズムは進化前のままでした。つまり、有羊膜類はもともと「じっとして体を温める」という時間帯と、餌をとったり社会的活動をしたり捕食者から身を守ったりというような「活動」の時間帯があり、単弓類の脳にはこれらの先祖から受け継いだ脳のパターンが存在し続けたわけです。脳の進化によって実際の行動には変換されないものの、有羊膜類がじっと体を温めている時の脳の状態がノンレム睡眠に、昼間の活動がレム睡眠として受け継がれたため、体が麻痺を起こし、それが「夢」として現れたとのこと。ただし、この「進化の副産物としてレム睡眠が生まれた」というに説は賛否両論があります。


レム睡眠の発生は脳の発達によるもの説

 ノンレム睡眠の際に人の脳が休息状態になるのとは逆に、レム睡眠の最中、脳は活性化します。レム睡眠の間、脳はさまざまな処理を行います。記憶に関するものはもちろん、感情の調整も行っていると言われています。例えば子ども時代のことを思いだそうとすると、わくわくする誕生日や、初めて学校に行って両親と離ればなれになった時の怖さなど、現れる記憶の多くは感情的なイベントのはず。一方で、記憶は感情に基づくものでありながら、現在の私たちを感情的にゆさぶるものではありません。これはレム睡眠が、もともとの出来事で抱いた感情を付属させない形に記憶を作り替えているため。情報が熟したオレンジだとすると、レム睡眠は苦い皮の部分をとってから保存してくれるわけです。


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 脳と記憶の関係で起こるものの1つが、フラッシュバックを通じて出来事やその時に抱いた感情をそのまま再体験するPTSDです。PTSDを患う元兵士は車のバックファイアを聞いた時、フラッシュバックで戦地の様子を思い出すだけでなく、鼓動や手のひらの汗といった情緒的な反応までも再体験しますが、これは脳が感情と記憶を分離できていないため。PTSDを患う人が悪夢を繰り返し見るのは、レム睡眠がいわゆる「オレンジの苦い皮」をむけないためだとも言われています。

 また、心理学者のRosalind Cartwright氏は離婚を原因とする「うつ」の兆候がある人々が見る夢について調査しました。1年にわたる調査の結果、うつ状態から回復した人は最も長期にわたって惨めな夢を見ていたことが判明。反対に、うつっぽくない夢を見ていた人は長期にわたってうつ状態に苦しむことがわかりました。

 上記の研究結果から、「ほ乳類や鳥類だけがレム睡眠を取る」のは進化の過程で起きた「恒温性の獲得」が理由ではなく、社会的にも認識力的にも発達しているからだと考える研究者もいます。動物の多くはレム睡眠を睡眠全体の10~15%しか取らないのに対し、人間は睡眠のうち25%ほどがレム睡眠なのは、人間の社会的な相互作用が複雑であるためだとのことです。


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ノンレム睡眠の起源とは?

 ではレム睡眠に先立って発展し、現在でも多くの生き物に見られる「ノンレム睡眠」の起源についてはどのような説があるのでしょうか。

 ノンレム睡眠の起源として考えられているのが、「脳の洗浄作用」に起因するもの。脳の神経細胞の間にはシナプスが存在し、神経伝達物質が放出され受容体に結合することによって情報伝達が行われています。神経伝達物質はシナプスの中で構築されていくのですが、時間の経過とともに「渋滞」が起こります。そこで、神経伝達物質を「洗い流す」作業が必要になるわけです。

 2012年、脳の中に「Glymphaticシステム」と呼ばれる洗浄のメカニズムがあることが発見され、2013年にはGlymphaticシステムがノンレム睡眠の時に活発化することが判明しました。Glymphaticシステムによって「洗浄」された溶質の中に何が含まれているのかはまだ解析されていないそうですが、研究者の中には「溶質の中には神経伝達物質が多く含まれているのでは」と仮説を立てている人もいます。もしそうであれば、「なぜ不利な点が多いにもかかわらず生き物は眠るのか?」という謎に、「神経伝達物質を洗い流すため」という合理的な説明がつきます。

 ただし、「『眠り』のシステムが先に発達し、副次的に脳が『洗い流す』システムを得た」という可能性もあります。この種の疑問は多くの進化生物学者が直面すること。例えば「酸素を吸って二酸化炭素を吐くために呼吸が生まれたのではなく、まず言葉が生まれ、副次的に呼吸が生まれた」という説に対して間違っていると言うことは誰にもできません。

 睡眠の起源を解明するため、現在はクラゲなど原始的な生き物について調査されるとともに、「じっとする」「活動する」という2つの時間帯を持つ単細胞の生き物が眠りの起源を解明するヒントになるとして研究が行われているとのことです。

 一方で、上記の考えは全て「眠りは、起きている間にストレスにさらされた私たちのシステムを修復する」という発想に基づいており、スタート地点が間違っている可能性ももちろんあります。「睡眠が大切ならば、なぜ私たちは起きなければならないのだ?」と逆に考えることも可能であり、「睡眠の起源」がまだ多くが謎に包まれている以上、「眠っている状態がまず存在し、進化の過程で生き物たちは覚醒してきたのだ」という一聴すると馬鹿げていると感じられる仮説も、完全に否定できるわけではありません。

(BBC Earth―Gigazineより)
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