わが主キリストはヨルダン川に来たれり(BWV7)

 6月24日は洗礼者ヨハネの誕生日とされ、正教会、カトリック、聖公会、ルーテル教会それぞれの祭日となっています。イエス・キリストの半年前に生まれたとされるため、クリスマスの半年前の6月24日に誕生日が定められました。

 キリスト教で、誕生日が聖名祝日となっているのは、イエス・キリスト、聖母マリア、そしてこの洗礼者ヨハネだけです。イエスに先駆けた洗礼者ヨハネは、聖人の中でも特別な存在で、ヨルダン川で人々に洗礼を施し、イエスにも洗礼を施したため、正教会では「前駆授洗者」と呼ばれます。


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キリストの洗礼(ヨアヒム・パティニール)


 この曲の基になるコラールは1514年にマルティン・ルターによって書かれたもので、第1節と第7節の詞がそのまま冒頭合唱と終結コラールの歌詞として使われています。このカンタータはヨハネではなく、ヨハネの洗礼を受けにヨルダン川を下ってくるイエスに焦点を当てて始まります。1724.6.24ライプツィヒで初演されました。


 エリック・ミルンズ指揮、モントリオール・バロック、スージー・ルブラン(S)、ダニエル・テイラー(CT)、チャールズ・ダニエルズ(T)、ステファン・マクラウド(B)の演奏でお聴きください。合唱は各パート一人づつのOVPPです。




わが主キリストはヨルダン川に来たれり(BWV7)


第1曲 合唱

Christ unser Herr zum Jordan kam

私たちの主キリストは、ヨルダン川に来た、

nach seines Vaters Willen,

それは父なる神の御旨に従つて、

von Sankt Johanns die Taufe nahm,

聖∃ハネから洗礼を受け、

sein Werk und Amt zu erfüllen;

そのわざと使命とを全うするためであつた。

da wollt’ er stiften uns ein Bad,

それによって、私たちは洗礼の水を注がれて、

zu waschen uns von Sünden,

罪から洗い清められるだけでなく、

ersäufen auch den bittern Tod

つらい死の定めを水に沈めて無効とし、

durch sein selbst Blut und Wunden,

主御自身の血と傷を通して、

es galt ein neues Leben.

新しい命を生きるものとされた。

第2曲 アリア(パス)

Merkt und hört, ihr Menschenkinder,

心して聞きなさい、人として生まれた者たちよ、

was Gott selbst die Taufe heißt.

神が洗礼をどのように定められたのかを。

Es muß zwar hier Wasser sein,

もちろんここには水が必要だが、

doch schlecht Wasser nicht allein.

ただ普通の水さえあればよいのではない。

Gottes Wort und Gottes Geist

神の言葉と神の霊とが、

tauft und reiniget die Sünder.

罪びとに洗礼を授け、清めて下さるのだから。

Merkt und hört, . . .

心して聞きなさい、

第3曲 レチタティーウオ(テノール)

Dies hat Gott klar

このことを神ははっきりと

mit Worten und mit Bildern dargetan,

言葉と形で明らかにして下さった。

am Jordan ließ der Vater offenbar

ヨルタン川のほとりで御父は御自身を啓示して

die Stimme bei der Taufe Christi hören;

キリストの洗礼に際して声を聞かせた。

er sprach:

神は言われた、

dies ist mein lieber Sohn,

これは私の愛する息子、

an diesem hab ich Wohlgefallen,

私の喜びとする者である。

er ist vom hohen Himmelsthron

彼はいと高き天の玉座を離れ、

der Welt zu gut

世のために良かれと、

in niedriger Gestalt gekommen

へりくだった姿で現れ、

und hat das Fleisch und Blut

肉と血を受けて

der Menschenkinder angenommen;

人間として生まれて来たのだ。

den nehmet nun als euren Heiland an

あなたたちは救い主として彼を受け入れ、

und höret seine teuren Lehren!

その尊い教えに聞き従いなさい。

第4曲 アリア(テノール)

Des Vaters Stimme ließ sich hören;

父なる神はその声を聞かせ

der Sohn, der uns mit Blut erkauft,

子なる神 やがて私たちをその血で買い戻す方は

ward als ein wahrer Mensch getauft.

まことの人として洗礼を受けられた

Der Geist erschien im Bild der Tauben,

さらに聖霊が鳩の姿で現れたことによって

damit wir ohne Zweifel glauben,

私たちは疑いなく信じることができる

es habe die Dreifaltigkeit

三位一体の神が

uns selbst die Taufe zubereit’.

私たちの受ける洗礼を整えて下さったのだと

第5曲 レチタティーウオ(ハス)

Als Jesus dort nach seinem Leiden

イエスがその受難ののち

und nach dem Auferstehn

復舌を成し遂げ

aus dieser Welt zum Vater wollte gehn,

この世力b御父のもとに行こつとした時

sprach er zu seinen Jüngern:

弟子たちにこのよっに言い残された

Geht hin in alle Welt

全世界へ行つて

und lehret alle Heiden,

すへての民を数えなさい

wer glaubet und getaufet wird auf Erden,

この世で信じて洗礼を受ける者は

der soll gerecht und selig werden.

正しき者とされ 幸福を受ける

第6曲 アリア(アルト)

Menschen, glaubt doch dieser Gnade,

人々よ、ぜひともこの恵みを信じなさい、

daß ihr nicht in Sünden sterbt,

あなたたちは罪の内に死ぬのではなく、

noch im Höllenpfuhl verderbt.

地獄の底で朽ちてしまうのでもありません。

Menschenwerk und heiligkeit

人間の行ないや名誉は

gilt vor Gott zu keiner Zeit.

神の前では何の価値もありません。

Sünden sind uns angeboren,

罪は私たちに生まれつきのものであり、

wir sind von Natur verloren;

私たちは本来なら滅びるペきものなのです。

Glaub und Taufe macht sie rein,

けれど、信仰と洗礼の恵みは私たちの罪を清め、

daß sie nicht verdammlich sein.

もはや罰せられることのないものとするのです。

第7曲 コラール〔合唱)

Das Aug allein das Wasser sieht,

目だけで洗礼の水を見るなら、

wie Menschen Wasser gießen,

人が水を注いでいるに過ぎない。

Der Glaub allein die Kraft versteht

信仰だけがそこに恵みの力を理解する、

des Blutes Jesu Christi,

イエス キリストの血の力を。

und ist für ihn ein rote Flut

一筋の赤い流れ、

von Christi Blut gefärbet,

キリストの血によって染められた水の流れが、

die allen Schaden heilet gut

すべての過ちをすっかり癒して、

von Adam her geerbet,

アダムから受け継いだ罪も

auch von uns selbst begangen.

私たち自身が犯した罪も清めて下さる。

対訳:小林 英夫

ルカによる福音書 第1章 57~80
 さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。 近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。 八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名を取ってザカリアと名付けようとした。ところが、母は、「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言った。 しかし人々は、「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」と言い、 父親に、「この子に何と名を付けたいか」と手振りで尋ねた。 父親は字を書く板を出させて、「この子の名はヨハネ」と書いたので、人々は皆驚いた。 すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。近所の人々は皆恐れを感じた。そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。 聞いた人々は皆これを心に留め、「いったい、この子はどんな人になるのだろうか」と言った。この子には主の力が及んでいたのである。 父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。 「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、 我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた。昔から聖なる預言者たちの口を通して語られたとおりに。 それは、我らの敵、すべて我らを憎む者の手からの救い。 主は我らの先祖を憐れみ、その聖なる契約を覚えていてくださる。これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、 敵の手から救われ、恐れなく主に仕える、 生涯、主の御前に清く正しく。幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、 主の民に罪の赦しによる救いを知らせるからである。  これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、 暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。」 幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。

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